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後藤から応接間に来るよう呼ばれたマイロと麗奈は、一礼して中へ入ると、すでに河越衆議院議員がソファで寛いでいた。
「よぉ。国の影武者」
手を挙げて挨拶する河越へ、2人は再度一礼した。
「追悼式のあった日の火事だが、焼け跡から2人の死体が見つかったそうだ。この件に関してはもうお前たちの耳に入っているか?あとそれから、大松孝太衆議院議員と柿谷一郎衆議院議員の消息が不明な件も併せてだ」
まだ表に出ていない情報に、2人は返事をせず瞬きだけで反応を示した。
――5か月前に、空き家の火災現場から発見された遺体の身元が、屋奥田和美・元文部科学大臣と佐久川実洋・元財務大臣と判明したのは2か月前の出来事である。
2人は手と足を拘束された状態だった。
著名人の凄惨な殺人事件は、衝撃の程が図り切れないため事実を隠蔽し、2人をそれぞれ事故死・病死と公表した。
そのわずかの間に、またもや焼死体が発見された。
「今回の事件も、手足を拘束された遺体だったそうだ。警察が遺体の身元と犯人捜しをしているところだが、犯人の足取りは今のところ殆どつかめてない。令和の時代になっても手がかりが殆どないとか、まったく、犯人は用意周到なやつだよなぁ」
そう言って河越は頬をかくしぐさをすると、テーブルに置かれたお茶に手をつけた。
「オレの言いたいこと、優秀なお前たちなら分かるよな?」
上目遣いで、直立する2人をじっと見る。
多くの議員や政府関係者は、淡々と言い放つ河越の言葉とその表情を苦手としていた。
彼のペースに飲まれないように議員たちは必死になるが、この得体の知れぬ恐怖を払拭できた者はいるのだろうか。
ただ、マイロと麗奈にこの話術はあまり効果がなかった。
「仕事の範囲内でやれるだけのことはします」
マイロがいつもの口調で言い放ち、同感の意を示すかのように麗奈が軽快に頷いた。
数秒の間の後、河越はガハハと声を上げて笑った。
「お前たち、この仕事に飽きたら俺の警護人にならないか?高給で雇うぞ」
お茶を一気飲みした河越は、上機嫌でソファーから立ち上がり、マイロの肩をポンと叩いて退出した。
「まったく、いつまでも元気なじいさんだ」
髪をくしゃくしゃかき上げてため息をついた後藤は、次に腕を組んでマイロと麗奈の正面に立った。
「犯人逮捕まで、河越議員への同行任務はこれで確定だ」
――――――
スーツ用のスカート以外で、スカートを履くのは久しぶりだった。
スカートだと身動きが取り難いし、足の広げられる角度の範囲も狭まる。
これが野希羽にとってかなりのストレスである。
しかし灯凜と巡ったフリーマーケットのとあるブースに、たまたま野希羽好みの服が多く並んでいて、その中にスカートも並べられていた。
そこにあったパステルカラーのスカートを灯凜にごり押しされたため、ストレス覚悟でスカートを購入してしまった。
そのスカートを履いている自分になんだか違和感を覚えつつ、待ち合わせ場所へと急いだ。
「野希羽さん」
そう呼ぶ声の方を向くと、周りの女性たちが声の主へ眼を奪われていることに気付く。
先日、食堂でみんなと昼食を食べた時、灯凜が儚げなイケメンだと吹聴していたのを思い出す。
言われてみると、そうかもしれない。
周囲の反応で初めてそう感じさせられた野希羽は、納得したと言わんばかりに大きく頷きながら曾村へ手を振った。
銀座にある中華レストランで食事をしたあと、2人は展覧会の会場へ向かった。
有名な画家たちの絵の展示期間なだけあり、会場は訪日観光客を含め、多くの人で混雑していた。
ゆっくりと鑑賞できる雰囲気ではなかったが、曾村はとある画家の絵画をじっと見つめていた。
美大生相手に率先して絵の話をするのは失礼な気がして、その手の話を振るのは控えておこうと決めていた。
絵画を見つめる曾村の様子をみて、その判断は正解だったと確信した。
曾村は絵画の前に立ち、すでに5分ほど経過するが、まだ離れる気配がない。
絵を見る曾村を斜め後ろで見ていると、それに気づいた曾村は野希羽のそばに寄ってきた。
「この画家の絵が取り分け好きとかでは無いのですが、彼の絵の中では、これが一番好きな絵なんです」
穏やかな風景画の代表作が多い画家だが、戦争に関する絵も世に数点残しており、その1枚を曾村は現在鑑賞している。
人々が血を流して助けを求める様子が描かれている絵だ。
「僕には、この絵の被写体が戦争犯罪人に見えるんです。僕の願望からくる見え方かもしれません。でもその方がしっくりくるし、その解釈だと、ますますこの絵が魅力的に映るんです」
どちらかというと抽象的な作品のため、見る人によって捉え方は異なる事が多くなりそうな絵である。
そんな絵を目の前にして、曾村の意見に対し共感ができなかったため、野希羽は黙ってその絵を眺めた。
曾村がようやくその絵から離れようとした時、野希羽が曾村に向けて口を開いた。
「私は、絵に関しては良く分かりませんが・・・作者は悲惨な体験を絵に表すことで、心の蟠りを鎮めようとしているんじゃないか、と思いました」
美術館に来て、初めて野希羽が絵に対する己の意見を曾村に述べた。
「自身の悲しみを絵に描くことで、心の安定を保っていたのかもしれません。いわゆるジャーナリングですね。悲しみの原因が、たまたま戦争だった。それが絵になっただけ」
抑揚なく話す野希羽を静観すると、曾村は頬を緩めた。
「ご、ごめんなさい。私、本当に絵のことが良く分からなくて・・。作者の生涯を見て、ふとそう感じただけです」
作者と作品の説明が表示された自身のスマホを指で指して必死に弁解するが、少し後悔するような感覚に捉われて、野希羽は下を向いた。
「彼は、一時的に戦争にまつわる作品を描いていたようですが、その後はまた風景画を好んで描いたそうです。その時に描いた風景画が、彼の一番の有名な作品ですね」
そう言いながら曾村が指さす方向に、世界中の誰もが知る彼の代表作が飾られてあった。
多くの人がその作品を鑑賞していたため、2人は遠くからその絵を見た。
間接照明にほんのりと照らされたその作品は、初期の頃の風景画には見られないビビットカラーが印象に残る。
2人はしばらくの間、圧倒的な存在感を放つその絵を、遠くから黙って見つめていた。




