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貿易で財を成した佐藤清彦の祖父は、渋谷に多くの土地を所有し、渋谷に屋敷を設けた。
現役を引退すると、清彦の父である嫡男の清に社長の座を託したが、清に祖父のような商いの才は皆無だった。
経営破綻に陥ると、親族から非難を受けてその座を次男に譲り渡す事態となった。
自尊心が人一倍強かった清は、ズタズタの心を埋めるかのように毎日浴びるように酒を飲んだ。
アルコール依存症になると、妻の永子へ日常的に暴力を振るうようになり、永子は清の暴力が清彦に及ばぬよう、清が飲むたびに清彦へ隠れるよう促した。
清の暴力により永子が息絶えると、清は屋敷に火を放ちそのまま帰らぬ人となった。
幸い、清彦は火事の被害から免れたが、永子の息絶える現場を目撃した事により、心に深い傷を負った。
祖父に引き取られ何不自由なく生活出来たが、あの事件以降、様々な場面で恐怖する少年となり、いつからか引きこもるようになった。
清彦は友人はおろか、世間を知らずに育った。
数年前に祖父が老衰すると、遺言の通りに屋敷と財産は全て清彦の手に渡った。
親族は遺言に対し、弁護士を通じて意義申し立てを行った。
しかし、異議を唱えた親族らは後日行方不明となった。
「敏叔父さんも、俊夫叔父さんも姿が酷すぎて本当に使えなかったなぁ。敏郎叔父さんに至っては、太りすぎて材料の候補にもならないし。唯一、正子叔母さんの歯だけは良かった」
居間に飾られた剥製を見ながら清彦は呟く。
晴天でも薄暗い屋敷内は、外の暑さをあまり感じさせることなく、どこかじっとりした雰囲気を持つ。
蝋燭の明かりに照らされた剥製は、鹿のような動物に見えるが、口元にはヒトの歯が埋め込まれている。人間のような瞳が、清彦を見つめている。
その動物と目が合うと、清彦は微笑んだ。
清彦の趣味は裁縫だった。
幼い頃から母親の側を離れなかった清彦は、母の趣味である裁縫を見て育った。
裁縫をする時は、針が危ないからと触るのを禁止されていた。
清彦は、母が作る姿をずっと眺めいていた。
そして現在、その美しい光景を鮮明に思い出すため、皮膚や髪、歯を組み合わせて『お母さん』の制作に没頭している。
「お母さん、次は『目』だね」
チリンと遠くから音がすると、佐藤清彦は店へ向かった。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは、容姿端麗なカップルらしき2人組だった。
身元がばれないように黒縁眼鏡で変装をしている男性が、ニュース番組で司会を務める人物だと佐藤は瞬時に理解した。
この店には、よくお忍びで色んな人が来店する。
一般人はもちろん、バイヤーや富裕層まで、さまざまな人が訪れる。
影を帯びた自身の作品が、一定の評価を得ている自負があった。
しかし佐藤は評価される喜びよりも、作り出す喜びの方が、自身の中で圧倒的に強かった。
時間をかけてゆっくりと、満足いく作品を作り出す。それが佐藤の美学である。
「これ、色使いが綺麗」
髪ブローチを手にした女性の目に、佐藤は目を凝らした。
優しそうな大きな目。
ただ、彼女の持つ雰囲気から、芯の強そうな印象を感じ取った。
目だけみれば、母親に被さるところがある。
あぁ、今すぐ欲しい・・。
5日前、森林公園で見かけた女性の腕に目が引き付けられた。
綺麗な腕だ。作品の腕にしなければ。
一人奥へと散策を進める女性の後を追い、眠らせて、車に詰め込んだ。
白い陶器のような肌は、正にお母さんの腕だった。
丁寧に両腕を切り離した4日前の作業工程を思い出す。
佐藤は、綺麗な腕を施したあの作品に、一刻も早く目玉を与えたい欲求にかられた。
「っと、会社から電話だから、少し出る」
男は女にそう伝えると、スマホを耳に当てながら、静かな店内を退店した。
女は、物思いにふける様子で、髪ブローチを見つめている。
その姿さえも美しい絵になることを確信できた佐藤は、目以外の部分も用途がありそうだと考えながら背中に鉈を隠し持ち、女にゆっくりと歩み寄った。




