終幕
果てのない暗闇の中を、一人の男が進む。
白髪だらけの灰色の頭に、眼鏡の奥に隠された灰色の瞳、人は彼を「灰色の音楽家」と呼ぶ。
──あるいは「神」と、呼ぶ者もいるのもしれない。
「ふん、よくやったものじゃ」
ずるずる、と、おおよそ人の足音とは呼べない音を立て、長い髪の男が「灰色の音楽家」の元へと歩み寄る。その髪は「灰色の音楽家」の灰色とは違い、輝くほどに真っ白だ。
先が二つに割れた舌をちろちろと見せながら、真っ白な髪に朱い瞳の「蛇神」は語り始める。
「縁を通じて異なる世界にげぇむとして『認知』させ、新たな可能性を生む……か。突飛な発想じゃと思うたが、結果を見れば馬鹿にできぬな」
「ヒヒッ、キミだって、似たようなことを試したんだろう? 黒沼の存在がその証だ」
「その名を呼ぶな。頭が痛うなる」
「蛇神」はやれやれとかぶりを振り、ため息をつく。
「危うく、びぃえるげぇむとやらに改変されるところじゃった」
「ヒヒッ、嗜好までが『神』の意図通りになるとは限らないよ? ……そういう意味でいえば、ジブンの世界だって大失敗だ」
「ほう? 儂から見れば、ずいぶん呑気な世界に見えるがのう?」
「……だから、だよ」
「灰色の音楽家」は眼鏡を取り、暗闇の中へと投げ棄てる。
途端に白髪だらけの灰色の髪が漆黒へと色を変え、灰色の瞳が黒々とした闇を映す。
「愛が世界を救う……陳腐でつまらない展開だ」
そのまま「ニコラス」の肉体は黒い霧と化し、あっという間に離散していった。
ニコラス・アンソニーという存在は偽物だ。
そんな名前の音楽家が実際に存在していたか……それすら、定かではない。
彼の正体は死にゆく人々の願いが姿を為した者。定まった姿もなければ、名前もない。彼を象った死者たちの願いが、彼を構成するすべてだ。
もし、彼を造り上げた死者が笑って死んでいった者たちであれば、彼の在り方も違ったのかもしれない。
彼の生まれた世界線が、破綻した行き詰まりの世界でなければ、あるいは──
「やれやれ。捻くれた神じゃのう」
「蛇神」はため息をつきながら、懐から取り出した写真を眺める。
「灰色の音楽家」のポケットからこっそり抜き取ったそれには、黄昏に染まる空の背景に、口付ける男女の姿が映っている。
片方は桃色の髪の少女。片方はオレンジ色の髪の少年。……ぎこちなく、初々しい仕草が、静止画であるはずの写真からありありと伝わってくる。
「良い肖像ではないか」
「蛇神」はにやりと笑うと、空間に現れた裂け目の中へ身を投じる。
かくして「神」はそれぞれの世界へと戻り、暗澹たる回廊に静寂が訪れた。
もし、乱れた世の理が、狭間の世界といびつな「神」をいくつも生み出したとするならば。
あなたが物語として認識している作品も、あるいは……
(「レディ・ナイトメアの奮闘」完)




