59.「出会い頭のアクシデント」
落ち着け、落ち着くんだチェルシー。
不安材料しかないとはいえ、希望が潰えたわけじゃない。
むしろ、大切なのはこれからなんだから。
「さぁさぁ、おいで。キミみたいな子は久しぶりだ。丁重にもてなさないとねぇ……ヒヒヒッ」
ゴードンを連れ、急いで玄関に向かう。
ニコラスの愉しそうな声が聞こえて、思わず固唾を飲んだ。
ついに、始まるんだ。
「ホーンテッド・ナイトメア」の物語が。
大人しそうな少女が、おどおどと重厚な扉の向こうから姿を現す。
……彼女が「怪異喰」。見た目も、態度も、少し内気寄りとはいえごく普通の少女に見えるし、実際に本人の外見もどこかの誰かを素体にしているのだろう。
けれど、中身は継ぎ接ぎだ。通常の「怪異」とは異なり、「集合体」である彼女には自我すら存在するかどうか……。
思わず、足が竦んでしまう。
「あら、お客様ですの?」
ありったけの勇気を奮い立たせ、平然と振る舞う。
堂々としなきゃ。
わたしは「レディ・ナイトメア」。……この館の主なんだから。
「ごきげんよう、歓迎させていただきま──」
あれ、待って。なんかここ、ゲームでは別のセリフだったような。
いや、別にどうでもいいことではあるんだけど、「来てくれて嬉しいですわ」みたいなこと言ってなかったっけ……
一瞬、気が散ったのが良くなかったのか、それとも緊張で身体が強ばっていたのが良くなかったのか。
わたしの足が、思いっきり何もない空間を踏んだ。
要するに、階段を踏み外した。
「うぎゃあっ!?」
「お嬢っ!?」
間抜けな声を上げて落下しかけるわたしを、ゴードンが慌てて支える。
「だ、大丈夫ですか……!?」
怪異喰には心配そうに見上げられてしまった上、ニコラスに至っては肩を震わせて笑いを堪えている始末。
うん、さっそく原作とは違う展開になったよ。……悪い意味で!
「ぜ、全然大丈夫ですわ!」
ゴードンに小声で「ありがと」と伝え、体勢を立て直す。
気を取り直し、精一杯の笑顔を取り繕った。ひとまずは、歓迎の素振りを見せておかないとね……!
「わたしはチェルシー・ブロッサムと申しますの。あなたは?」
「え、わたし……僕……。……い、いお……は……」
突然のハプニングが「何か」を揺さぶったのか。
「ごく普通の少女」としての挙動に、わずかに亀裂が入る。
いいや、本来「怪異」としてはこれが正しい。
彼女は、相手に合わせて望ましい自分を創り上げていく怪異。わたしが変われば、彼女が変わるのも当然のことなんだ。
「……いお、は、ね。ジョウジマイオリ……って、言うの。お城の城に、島。イタリアの伊に、織物の織」
それは、本来であれば、プレイヤーが考えて入力するべき名前。
デフォルトネームが存在する乙女ゲームもあるけれど、「ホーンテッド・ナイトメア」はそうじゃない。
「城島伊織」……その名が何を意味するのかは分からないけれど、この怪異の「核」にとって、重要な意味を持つのは間違いない。
「そうですの! 伊織さん、ですのね。どうぞ、仲良くしてくださいまし」
「う……うん! いおの方こそ、よろしくっ!」
……さぁ。
もう、ここからは腹を括るしかなくなった。
や、やってやろうじゃない。
ハッピーエンドをもぎ取ってやる……っ!




