51.「頑張れゴードン」
甘美な誘惑が、わたしの心をかき乱す。
アルバートは最低で最悪な外道だけど、だからこそ「怪異」になったことに何一つ後悔を抱いていない。
……もちろん、生前の凶行ですらも。
その在り方は、少しだけ羨ましくも見えた。
遠い過去の叫びが、頭の中で反響する。
歪んでいても、醜くても、愛して欲しい。受け入れて欲しい。認めて欲しい。……その気持ちは、痛いほどわかる。
「……でも」
拳を握り締める。
ぽたぽたと床に落ちる黒い液体に、わずかに透明なものが混じっているように見えた。
「そのために、何人犠牲になったの?」
残ったのは、到底背負い切れないほどの罪。
わたし達を、死してなお縛る宿業。
「それが、何だと言うんだ」
アルバートは眉をひそめ、冷淡に言い放つ。
「彼らが僕らを助けてくれたかい? 僕らが深い絶望と苦しみの中にいた時、少しでも手を差し伸べてくれたかい」
「だからって! 殺していい理由にはならないよ!」
場が、シーンと静まり返る。
気まずい空気の中、最初に動いたのはゴードンだった。
すたすたとわたしの方に歩み寄り、ハンカチを差し出してくれる。
「……え?」
「いや、その、俺……従者なんで。こういうのも、仕事ッスよね」
照れたようにわたしから目線を逸らしつつ、ゴードンは真剣な表情でアルバートに向き直る。
「お前がお嬢のこと、思ったよりよく見てたのは分かった。正直、俺なんかよりもずっと賢くてすげぇなって思ったよ」
悔しそうに眉をひそめつつ、ゴードンはアルバートの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「でもさ……やっぱ、なんつーのか……違くねぇかな」
「何が、違うというんだ」
ゴードンの言葉に、アルバートも怪訝そうに眉をひそめた。
「お嬢が本当は何を求めてたかなんて、俺にはわかんねぇけどさ……お嬢はずっと、泣いてたじゃねぇか」
項垂れつつ、ゴードンは静かに語る。
「そりゃ、俺だって何にもできなかったけど……」
握られた拳が、更に固く、握り込まれたのがわかった。
「それで……えーと……なんて言いたいんだっけか……」
ゴードン! しっかりしてゴードン!
今すごくいい感じだったのに!!
「ハッ、ヤバいヤバい、寝てた!」
「……よ、よく、その体勢で寝れるね……」
ブリッジのままで寝てるリナも何者!?
レイラちゃんも困惑してるし!
「復讐か……?」
あっ、エドマンドはそのまま休んでた方がいいと思う。
大丈夫だから。ほんと大丈夫だから、大人しくしてて。
「え、ええとね……『私の助けは必要か』って言ってるっぽい……」
レイラちゃん翻訳ありがとう!
本当になんで分かるの!? すごいね!?
「ヒヒッ、さあどう出るかな??」
姿の見えないニコラスの、楽しげな声だけが響く。
こ、こいつ……! 上手く言葉が出てこないゴードンを見て面白がってる……!
「……話にならないね。情けない男だ」
「う、うるせぇ! もうちょっとで出てきそうなんだよ!」
「本当に大丈夫なんですの……?」
うう、もどかしい……。
頑張って、ゴードン……!!




