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23.「逃げたところで、終わらない」

 細かい理屈はよく分からないけれど、わたし達「怪異」には、呪いやら何やらが原因になった特殊能力があったりなかったりする。例えば、レイラの未来予知(?)とかね。

 エドマンドは怨念で能力が底上げされたパワー型騎士。対峙するアルバートは、普段からあまり手の内を見せたがらない謎めいた貴公子。


 いや、わたしは知ってるけどね? 霧を発生させて煙に巻いた上で、「食事」用のカトラリーやメスを投げつけてくる鬱陶しい戦闘スタイルには、ニコラスルートでめちゃくちゃ苦戦させられた。突然避けゲーが始まるとか、聞いてないんですけど?


 何はともあれ、予想した通り、広間の中に濃い霧が漂い始める。 


「君の時代は、ロンドンは晴れていたかい?」


 アルバートが何かカッコつけてるけど……えーと、19世紀から20世紀のロンドンが「霧の都」って呼ばれたのは、産業革命による大気汚染が原因なんだっけ。対して、エドマンドの時代は中世とかそこらのレベル。なるほど、お洒落な口上(こうじょう)と言えなくもない。


「眼前の闇は永久に晴れず、沸き立つ血潮のみが(しるべ)となろう……!」


 エドマンドはいつものよくわかんない感じだとして……この霧じゃ、アルバートが戦おうが活躍しようが何も見えないじゃん……。


 ……ん? 待てよ。わたしはこの霧に乗じて逃げれば良いんじゃない?

 忘れてた。

 この館はそもそも、「レディ・ナイトメア」の館。

 調度品や部屋の間取りは、わたしが自由に改造できるんだった……!


 壁に手を当てれば、ぐにゃりと変質する手応えがあった。よっしゃ! このまま逃げちゃおう! エドマンド、後は任せた!


「さぁレディ……。見ていてくれるかな」


 背後でねっとりした求愛が聞こえるけど、そもそも何にも見えないんだってば……。




 ***




 アルバートが追って来られなさそうな場所にまで逃げて、ひたすら逃げて……辿り着いたのは、寂れた地下室だった。生前、チェルシーが(かたく)なに行こうとしなかった場所だけど、急いでいたせいでうっかり飛び込んでしまったらしい。

 とりあえず避難できたは良いものの、一人になるとそれはそれで寂しい。それが、苦手な場所なら余計に。

 ……どうしても考え込んでしまう。


「わたし」ってなんだろう。

 人生ってなんだろう。

 ……罪って、なんだろう。


 ニコラスに指摘され、自分が「チェルシー」だと受け入れはした。……それでも、未だに「チェルシー」としての記憶はどこか他人事で、一部が曖昧なまま。

 それだけ「チェルシー」の人生が悲惨で、苦しいものだったってことだ。


 ゴードンに首を求める際、わたし(チェルシー)は「なるべく悪い人にしてくださいな」と頼んだ。その方が、「玩具にするのにスッキリするから」と。……自分を虐げてきた肉親や使用人と重ねて、決して満たされることのない遊戯に興じるほどに、少女(チェルシー)は壊れていた。


 当時は命が軽い時代だったとはいえ、やってはいけないことをしたのはわかる。

 死後に「怪異」と化し、呪いの館に縛り付けられて過ごす羽目になったのも、自業自得だ。


 ……だけど、幸せになりたいって思ってしまうのは、いけないことなのかな。


 地下室の壁に触れると、無数の文字が残されているのがわかる。すべて、爪で引っ掻いた跡だ。


「おとうさま、だして」──


 幸せと不幸が因果応報だって言うのなら、どうして……


 普通に生きた一般人(さくら)が転生した、何の罪もない少女(チェルシー)が、壊れるまで苦しまなきゃいけなかったの……?

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