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ヨカ山地は魔力が強く魔物の多い辺境だが、ここらには700年くらい前に滅びたヨカ王朝の遺跡とそこから発生した小規模なダンジョンが多い。
ということは冒険者や遺跡荒らし、学者、物好きな魔法使い、魔物の狩猟業者や様々な魔石や霊草霊木の類いの採集業者なんかの出入りも元々それなりにある。
お陰で場所にもよるが魔除けの利いた山道や、点在する魔除けの野営地、要所には近距離転送門がある程度は整備、維持されていた。
この、元からそこそこ整備されてる、ってのが利いたんだと思う。
約3ヶ月前の地震で新しい遺跡探索ルートがいくつか発見された。
程無く国境に近いこともあって隣国のガカビアカ国の探索隊が先行して新ルートの開拓を始めてしまい、ヨカ山地を有するリーテ国が慌てて現地領オルシャナに他国の探索隊の活動を制限させ、自国の探索隊を次々送り込むことになった。
アミア教授の隊もその1つ。随分遅い参加だが、教授が向かうのは一番新しい遺跡の調査エリア。完全には出遅れてはいなかった。
「ふぅ」
砂利の目立つ道を接地を意識して踏む。
荷は重い。ポーターガードも一応2人前程度の荷物は持つ。役割的に考えると本末転倒な気もするが、伝統的にそういうもんらしい。
荷物が重い分、防具は厚革の前掛けと甲羅の額当てのみ。それ以外は普通の登山装束だ。
「おい、ルッシュアン。ポーションを!」
「ダメです。何度も続けて飲むとポーション中毒になります。塩飴と茶をどうぞ」
「にゃーっ! この飴マズいっっ」
大変そうだな、ルッシュアン・・
アミア以外に学者が3人いる。全員荷物はあまり持っていないが、いかにも華奢だ。ルッシュヤン以外の傭兵3人も世話に手間取っていた。
「おい、猫が猫の世話を焼いてるぞ?」
「猫の集会に行けそうだ」
「ひっひっ、革が取れたら小弦楽器に貼ってやろうよ?」
3人前相当の荷を背負うポーターのドワーフ4人の内、ムギは寡黙だったが、他の3人は小声で結構口が悪い。
隊は前を傭兵と学者達。後ろをポーター達。俺はその間にいた。下山時は殿に付くことになる。
取り敢えず、俺は毒舌は聴こえないフリを通すことにした。
初日の昼過ぎ、魔除けの山道の道端で休憩を終えて再出発した辺りで、谷を挟んで別の学者の探索隊と並ぶ形になった。相手はノーム族だった。
「これはこれは! リーテ大のアミア教授ではありませんかっ。今日から参加ですか? 私は既にヨカ王朝中期の価値ある杯等を発掘しましたが、やはり猫の血筋の方は優雅に仕事に取り掛かるのですなぁ?」
「にゃんと! 私大のっ、少々偏差値の足らない某大学の、ノームなにがしさん、でしたかな? 2年前のヨカ6世の治世に関する論文っ。誤字脱字が多かったようですが、よろしければ腕利きの黒猫の校正者を紹介致しましょうかねぇ? ニャハハっっ!!」
「何おぅっ?! ノミ取り薬を王都に忘れてきていないかっ!」
「ニャにぃっ?!」
「教授っ、大声で魔物が寄ります。その辺で」
ルッシュアンが崖側から引き離しに掛かり、向こうもロングレッグ族の傭兵がノームの教授を押さえに掛かっていた。
学者同士って仲悪いもんなんだな・・
その後は、途中で既存の遺跡の確認にアミア達が熱中してしまい予定が遅れそうになったり、
魔除けの山道を遠巻きにしてデカい蜻蛉型の魔物、火吹きヤンマの群れが飛び回り出したので岩陰に隠れて、中の包みを裂いた臭い袋を括った矢をクロスボウで崖の向こうに撃って追い払ったりしたが、
なんだかんだで1時間遅れ程度で初日の目的としていた魔除けの野営地に到着できた。
トォン郷に近いこともあって野営地には思ったより人が多かった。
採集業者1組。トォンより小さい山の集落暮らしらしいフェザーフット族1組。魔除けの山道等の管理業者1組。武僧が1人。だ。
東屋は早い者勝ちでフェザーフット族が使っていた。他は俺達も含めて寝袋かテント。学者先生型と傭兵の中にいたピアスだらけの女のハーフエルフの魔法使いはテントだ。
狭い所に人が集まったから、汲み取りのトイレはあまりボジティプなコンディションではなかったが、野営地はそんなもんさ。
学者達は疲れて早々に休んでしまい、傭兵達も交代で休みだした。
ムギは管理業者の連中と話しに行っていたが、他の11番室のドワーフ達は焚き火を囲んで豆茶に蒸留酒を落として呑気に飲んでいた。慣れっこなんだろな。
見張りは傭兵達がしてくれるから俺もとっとと休みたかったが、ポーターガードがポーターより先に寝るってことは無い。
俺は蒸留酒は入れずに豆茶だけ、舐めるように飲んでいた。ドワーフ達が出したクッキーは硬く、塩気と苦味があり、青臭くもあり、油っぽくもあった。
「忍者職とか侍職のヤツらが噛ってる兵糧丸ってのに似てるな」
俺の率直な感想に、ドワーフ達はちょっと笑った。ん?
「実際、300年くらい前に当時のポーターギルドが忍者や侍の兵糧丸を参考にこの、ポータークッキー、を考案したらしいぞ」
「へぇ」
どういう接点だ?
「俺の爺さんも開発に参加したってよ」
「余計なことしてくれたよねぇ?」
ドワーフ達は笑った。彼らは長命種。寿命は200年は有る。数百年前のことも地続きのノリで話してくるもんだ。
「俺はトガリ、昼間のクロスボウの手際は悪くなかったな。ムギ程ではないが」
資料では見ていたが、角張った顔のドワーフがようやく名乗ってくれた。
「普段の冒険者活動でもよく使う。領兵の頃は軽歩兵や衛兵もやっていたからさ」
領兵の下級兵は式典や衛兵活動の印象で槍を使うと思われがちだが、魔物退治やならず者への対応、僻地の蛮族との小競り合いではもっぱらクロスボウを使うからさ。
「なんだ、兵隊だったか」
「俺はマッシマ。2人前程度でも不慣れなポーターは腰をすぐ痛める。せいぜい気を付けろ?」
特にマッチョなドワーフも名乗った。
「わかった」
「オイラはジョダ。よろくしくな~」
最後にぽっちゃりした比較的若い(俺よりかなり年上だろうけど)ドワーフが名乗った。
「おう。トガリ、マッシマ、ジョダ。ミチヒコ・ビーンクラウンだ。仕事はやるだけやるからな?」
改めて名乗り直してから、ジョダの彼女の話や、俺の借金の経緯等を冗談めかして話したりした。
結果、トガリに「お前は争うのを避けたのではなく、反りが合わなかった仲間と関わるのが面倒だっただけだろ?」 と真顔で言われたりはしたが・・ぐぬっ