第6話 稽古~昔話 その一~
パチ。
目が覚めた。
誰に起こされることもなく、しっかりと自分で起きた。
体を起こして、軽く動いてみた。
気のせいか、昨日よりだいぶ、調子が良くなった感じがする。
筋肉痛も完全になくなった。逆に、なんか内側から気力溢れた気がする。
「炎?起きてますか?入りますよ?」
ドアの向こうから、アイニレシアの声が聞こえてきた。
俺の返事を待たずに、ドアノブを回して、そのまま入ってきた。
「あ…」
「おはよう」
「…今日も、ちゃんと起きたのね、よかった」
俺が寝ていないことに安心したのか、彼女の口調が少し柔らかくなった。
「一応確認だけど。俺、一日しか寝てなかったよな?」
「はい。昨日は炎に村の事を色々手伝ってもらった後、夜になって、私の家で寝ることにしました。さすがに別荘で寝るのがリスク大きい過ぎるので」
別荘というのが、俺が最初寝てた、村の離れにある建物のことだ。
その話を聞き、俺もホッとした。昨日の記憶と合ってた。
しかし、こう、一々確認しないと、自分がちゃんと今を生きてることを、
確かめることできないなんて、もどかしい。
「炎?大丈夫?」
「…ああ、大丈夫だ。昨日の事もちゃんと覚えてるし、体も問題なく動ける。今日からもっと張り切って頑張るよ」
「ふふ、そんなに気を張らなくても。ここに居れば、魔物に襲われる心配がないし、みんなもちゃんと助け合ってるから。炎もゆっくりできたらいいな」
「…そうだな」
昨日見た村の様子を思い出す。
みんな笑顔で、活き活きしてる。
悲しい感情が見当たらない。
世界が変わったけど、前向きに生活してる。
凄いと思った。
「それに、何があった時、私が守るから」
「ーー」
ズキン。
アイニレシアのその言葉に、何故か、懐かしいと感じ、そして突然、頭痛がまた襲ってきた。
「う…!」
「…!炎!?大丈夫!?」
アイニレシアはすぐに俺に駆け寄り、俺が倒れないように支えてきた。
「あ、ああ…大丈夫だ」
幸い、それがほんの一瞬の事だった。俺は、心配を掛けないように、笑ってみせたが、
「無理しないで。ちょっと座ろう?」
アイニレシアに見透かされたように、そう言われた。
仕方なく、またベッドに腰を下ろした。
彼女も自然に俺の隣に座り、俺を落ち着かせるために、手をずっと握ってた。
「…な、アイニレシア、一つ聞いていいか?」
「シアでいいよ。なに?」
「…シア、俺は、君と昔、会ったことなかったか?」
「え?何でそんな事を?」
そう、何でだろう。この親しみさ。どこかでーー
「あ!朝っぱらから女の子を口説いてる!」
「すげぇ~ヤル気満々だナ」
…そうだった。ライと舞衣も、『炎の事をシア一人に丸投げできないから』と言って、昨日もここに泊まった。
「いや、誤解だ」
「昨日もそう言ったよね?でも二日連続はさすがにないわー」
「それは…命の恩人に、何か恩返ししたいと思ったから、ちょっと彼女の事を知りたいだけだ」
さすがに見苦しい言い訳だが、嘘は言ってない。
しかしライと舞衣は、疑わしい眼差しで俺を見た。
「本当~?」
「嘘つけ~」
「うるさいな、お前ら」
「「お?」」
俺の言葉に、何故か二人同時に驚いた。
「その話し方、懐かしいね!」
「少し昔のことを思い出したのか?」
どうやら、昔の俺は、もうちょっと乱暴な言葉遣いだったらしい。
「いや、とっくに何も」
「「そうか…」」
二人共、明らかに落胆した。
「まあまあ、記憶は、急げば取り戻せるものではありません。生活していけば、いつか戻ると思います。ね?だから、焦らないで」
シアは握った手に少し強い力を入れた。顔に出てないが、不安を感じてるかもしれない。
「…そうだな。その通りだな」
「ふん~仲いいね?会って数日だけなのに、まるで長年付き合ったカップルみたいに、妬けちゃうなー」
「「カップル…!?」」
俺とシアは一緒に狼狽えた。
「あ、朝ごはんしましょう!準備します!」
シアは顔を紅潮したまま、外へ逃げた。
「クックッ、顔を赤くして、可愛いな」
「人をからかうのが好きだな、オマエ」
「だって、今はそれしか楽しみがないもん!ゲーム機もないし!」
「はいはい。オレたちもシアの手伝いしよう。炎、ゆっくりしていいゾ」
ライは拗ねてる舞衣を引っ張りながら、一階に降りて行った。
「カップル…か」
その言葉が、心の中に引っかかった。
●
朝ごはんは目玉焼き、ベーコン、トーストなど。洋食っぽいメニューだった。
しかし、村に鶏がない。そして牛と豚もない。
なら、これらのものはどうやって用意した?
と、昨日はそれが気になって、話を聞いたーー
『食材?魔物のだよ?』
舞衣は軽い感じに答えた。
毒がないのか?そのことでシアに尋ねたら、
『天聖族の聖術で、有害の体液と魔力を浄化してるので、皆さんの今までの食事と変わることなく、食べられますよ』
『まあ、あの外見の生き物から取った肉だから、みんなが最初、怖がってたよねー』
『ちなみに食べてるのが基本、獣型の魔物の肉だ。人型だと、さすがに抵抗があるからな』
ということで、卵は鳥型の魔物から、ベーコンは先日、ライの槍で殺されたベヒーモスの肉で作られたもの、らしい。
意外とうまかった。
●
朝食を食べ終わった後に、三人が俺の今日のスケジュールについて話し始めた。
「早めに村の生活に慣れて、みんなと仲良く交流できるようにした方が、いいと思いますが…」
「でも、この世界についての知識も身に付けないとな」
「一気に全部勉強させるなんて、物理的に無理だよねー」
と、三人は真剣に悩んでいるが、すぐに俺に顔を向け、
「「「炎は、どうしたい?」」」
息ぴったりで問いかけてきた。
少しその勢いで押されたが、俺の答えは決まってる。
両方とも大事なのは事実だ。ならば、
「午前中は村のみんなと話し、午後はこの世界について勉強する、というのは、どうだろう?」
「「「おお~」」」
今度は三人同時に感心した。
「確かにその方法ありましたね」
「それぞれのことに掛けられる時間が短くなるな」
「でも、同時進行した方が、リスクも少なくなるよね」
そう。ものによるが、知識あっても、実際に見て、触って、体で感じないと、その危険性を理解することができない。
この世界で生きるためには、片方だけを先に突き詰めじゃだめだ。
「そうと決まれば、朝の行動を…」
「シア様。ただ今戻ったのじゃ」
シアが話を続けようとした時、門の外に福徳の声が響いた。
彼女はそのまま一階の門を開けて、福徳と何やら話し合った。
「北の洞窟の件じゃが…」
「…分かりました…」
小声で話してるため、あまり聞き取れなかったが、どうやら昨日、福徳が言った洞窟についてだ。
「これは、時間かかりそうだねー」
「じゃあ、今日の午前中の行動は決まりだな」
キラン!
二人の目が何かを企んでいるように閃いた。
「シア~今日は炎のこと、あたしたちに任せて!仕事あるでしょう?」
「え?あ…でも」
シアが俺を見て、どことなく切なさそうな顔になった。
「…そう、ですね。二人なら大丈夫だと思います。よろしくお願いしますね」
「そんな泣きそうな顔しなくても、午後はここに連れ戻すから!」
「え、やだ。私、そんな顔してました?」
無自覚だったらしい。
「じゃあ、行ってくるね!」
舞衣は俺の手を取り、シアの家の外へと連れ出した。ライもすぐ後ろに追いかけてきた。
●
「1ゴブリンソードを、1ベヒーモス肉に交換はどうだ?」
「いや、2ゴブリンソードだ。」
「高くないか?」
「バカヤロ!あまり見ないレア魔獣の肉だぞ!それぐらいまだ安い方だ!」
「あー分かった分かった!」
ライと舞衣に付いて歩きながら、肉交換店で交渉する村人の会話が耳に入った。
肉を管理するのは天聖族の天使で、聖術で魔物の肉を綺麗にした後、村人に提供している。
しかし、天使と言っても、おとぎ話のように、心が広いという訳ではなさそうだ。
しっかり管理人らしく、基準を持って対応してる。もうはや商人だ。
舞衣から聞いたが、他の天使も、大体そういう態度らしい。
村を正常に運営できるために、全員に平等で、そしてルールを守ってもらう。
それが、村長ーーシアの指示だそうだ。
甘やかすことなく、かと言って厳しく叱ることもない。
善意による行動。
天聖族の聖術を使えば、村ところが、楽で城も建てられるだろう。
しかし、
『そうすると、皆さんがどんどん天聖族に頼るので、そうなると、万が一将来、天聖族がいなくなった時に、彼らだけじゃ、この世界で生きられないと思います』
ごもっともだ。人間じゃ、魔物に対抗できるはずがない。
一人でも生きていけるように、シアが他の天使と一緒に、この村の人間に色々教えてる。
人を導く存在ーー彼女が言った、神の理想像だ。
「さて、どうしようかなー」
舞衣が両手を頭の後ろに重ねて、悩んでいる様子。
「…行く当てないのか?」
「ある!あるけど!いっぱいありすぎて、何処から行こうか迷ってるの!」
「それ、行く当てがないのと同じじゃないか」
「あ、ツッコんだな!この!」
「痛っ!肘突きやめろって!」
そんな舞衣と俺のやり取りを隣で見守ってるライが、何かを考えて、その結果を口にした。
「決まってないなら、オレが先に決めてもいいかー?」
●
『セー!やー!』
ライが決めた場所は、槍術訓練所だ。
そこに男女分けることなく、みんな汗を大量に流しながら、一生懸命、練習に取り込んでる。
「注目ーーー!!!!」
俺たちーーというよりライを見た一人の女性が、号令を出し、訓練してる人が全員動きを止めた。
「センセイが来ました!礼を!」
『よろしくお願いします!』
全員がライの方へ向き、頭を下げながら、元気よく挨拶をした。
「いや、そんなことはやらなくていいって、言ったよな?ファル」
ライは指示を出した、ポニーテールしてる女性・ファルに苦笑いした。
「そんなことはデキません!礼儀がないと、槍術も上達できませんので!」
「堅苦しいな…まあ、今日はそのために来たわけじゃないから」
ライはファルと話し込んだ。俺はそれが気になり、舞衣に事情を聞いた。
「ライって、もしかして…」
「うん、この訓練所の管理人にして、先生だよ。今はファルに先生の仕事を投げて、自由行動することが多いけどね」
事実を確認できた瞬間、生徒全員が訓練所の壁側に移動して、中央の訓練場所を空けた。
その流れに、不吉な予感がした。
「よし、炎」
ライは俺に声を掛けた。熱い視線と一緒に。
「やろう!」
ナニを!?
●
俺は、練習用の木の槍を持って、訓練所の真ん中に、ライと向き合ってる。
(何故、こんなことに…)
『記憶喪失に一番有効なのは、衝撃だ!』と、ライが。
『yes!』と、舞衣が。
というバカげた内容で、無理矢理に立ったされた。
槍を持ったことないのに、これはいじめ?
「準備はいいか?」
「…できてる訳がないだろう」
しかし、ただ無様にやられる訳にはいかない。
何をすればいいのが分からなく、とりあえずライと同じ構えを取り、意識を集中した。
「…いくぞ!」
ライは正面から詰めてきた。早い…!
だか、分かる。
彼が今出してる力は、魔物相手の時それではない。
本当に練習だ。
それでもーー
「う…!」
俺は床に転んだ。
辛うじて2回の攻撃をを躱して、3回目はライが俺の槍を飛ばしたことで、勝負がついた。
「2回か…」
ライはそんな俺を、ただ冷たい目で見下ろした。
『おおおおお!!!!!!!』
しかし、何故か生徒全員が興奮して歓声を上げた。
『見た!?』『ああ、センセイの槍を避けたぞ!』『それも2回!』『何者なんだ?』
『ほら、シア様が世話してるあの男!』
「え…?」
訳が分からない。何でそんなに嬉しいのか?
「ふん、本気じゃないにしても、オレの槍を避けたのは、シアと舞衣以外は、オマエが初めてだからだ」
「…え?」
「嘘じゃないよ。防御すると避けるは違うことだから。みんな、ライの攻撃を防御するのが精一杯なのよねー」
舞衣はいじわる目線と笑顔で生徒を見回した。全員恥ずかしがって、目を合わせようとしない。
「さあ、立って」
ライは俺に手を差し伸ばした。
「え?」
「え、じゃない。一回で終わると思ったのか?午前中は村の生活に慣れる、だろう?」
その言葉に、俺は自分に墓を掘ったことに気付いた。
午後まで生きられるんだろうが、俺?
●
訓練所を長い時間で借りたいということで、ライは早々、生徒たちを村の仕事に向かわせた。
その後の訓練所には、俺、ライ、舞衣の三人だけ残ってる。
そしてまた数回の練習を重ねた後に、
「はあ、はあ…」
俺は息を吸うことも困難になり、槍を持つ手も、力を入れることが厳しくなった。
「…どうだ。少し昔のことを思い出せたか?」
「…いや…」
この練習は、ただの練習ではない。
俺の記憶を取り戻そうと、二人の計らいだ。
『シアがね、炎が記憶を取り戻すことを、何故か避けてるよね』
練習の途中で休憩を取る間に、舞衣がおもむろに彼女が感じたことを俺に伝えた。
『オレもそう思った。炎に刺激を与えたくないと、彼女はいつも言ってるが…』
『それにしても、過保護すぎるよね?もう何があっても、炎の記憶に関わるものを、絶対触れさせたくないぐらいの勢いもあったね』
『…何故、彼女がそういうことを?』
『さあ…本当に炎が心配だからか、もしくは、』
『炎が記憶を取り戻したことに、不都合があるか、だ』
その話し内容が気になり、練習に専念することができなくなった。
「…さすがに都合よく思い出せないか、まあ、しょうがない」
ライは残念そうな顔で、
「今日の最後の練習だ。少し本気を出すぞ」
再び槍を構えた。
その言葉通り、身に纏ったオーラが変わった。
刃物のような感覚…これは、殺気ってヤツか?
ベヒーモスと対面した経験ある関係か、そういう目に見えないものに、少し敏感になってる。
ライは俺が準備できたのを確認して、軽く笑った。
「懐かしいな…最後にオマエとこういう風に稽古するのは、まだ1年前以上だけど、もう数年も経ったような気がするな」
「…懐かしい?」
「ああ、昔のオマエは、槍術だけではなく、他のスポーツもいい成績出してたな。学校の有名人だった」
「そうか」
実感がない。記憶がないから。
でも、練習を重ねていくうちに、なんとなく槍の使い方を思い出した、気がする。
「よし、始めるぞ!」
「…来い!」
合図が終わったと同時に、ライは姿を消した。
早い。人間の目で追えない速度だ。しかし、
感じられる。
あの鋭い敵意を。
「…後ろだ!」
俺は身を回して、槍を回転させ、背後に横薙ぎをした。
「…!」
「おおー!」
防御された。しかし、読みは当たった。
そのことに、舞衣はテンションが上がり、感嘆の声が漏れた。
ライは彼女とは逆に、驚いたが、それも一瞬だけだった。
「ていやーー!」
「ちっ…!」
オレの攻撃を、避けやがった。
本気出してないとは言え、神意になったオレは、身体能力は昔と比べられない程、強くなってる。
文字通り、人間ではなくなった。
そんなオレの攻撃を、炎が練習を繰り返してる中、少しずつ、着実に、避けられるようになった。
最初は2回、そして3回、4回…今、ちょっと本気を出してる状態でもアイツ、苦しい感じはあるが、防御と回避、しっかりとこなしてる。
バケモノだな。
昔からそうだった。何でもできる人だったな。
しかし今の状況は違う。あまり考えたくないが、
炎も、オレや舞衣のようにーー
ライは、ある可能性を想像して、舞衣の方をちらと見た。
同じことを思いついたか、舞衣もライに視線を配った。そして、
「かっ…!」
最後の練習、終わった。俺は、槍と一緒に壁際に飛ばされて、そのまま倒れた。
もう立つ気力もない。床に体を投げ出し、天井を見つめた。
「お疲れー」
舞衣が訓練所の中にある木の容器で、水を汲んで、ライと俺に渡した後、そのまま俺の横に座り込んだ。
「ありがとう」
ゴクゴク…
喉を鳴らしながら、水を大量に飲んだ。
そんな俺の様子を見て、舞衣が嬉しいそうに目を細めた。
「…何だ?」
「ううん。昔、体育授業終った後、あたしもこんな感じで、あなたたちに水を渡したな、って。本当、懐かしいなー」
また、「懐かしい」、か。
「な、二人に聞きたいことあるけどさ」
「なに?」
「どうした?」
「何故、俺の記憶を取り戻そうとしてるんだ?」
俺自身の意思ならまだ理解できるが、友たちの立場の人が、そこまで焦ってる理由が分からない。
「それは、ね?」
舞衣がライを見つめ、ライは何も言わずに、ただ頷いた。
「炎がずっと記憶喪失だと、■■がかわいそうだから」
「ーー」
耳鳴りがした。舞衣が何かを言ったが、聞き取れなかった。
すぐ隣にいるのに、雑音としか感じない。
「…ごめん、もう一回言ってくれないか?」
「…大丈夫だよ」
俺の返事が予想通りだったのか、舞衣が微笑んだ。しかしその顔に、悲しげな感情が籠った。
「さあ!こんな汗臭い場所にずっといたくないから、さっさと出よー!」
彼女は立ち上がり、元気な声を飛ばした。
その後、さすがに体力が限界の俺を、これ以上連れ回すのが無理だと思ったのか、
ライと舞衣は二人で俺を担いだまま、シアの家に戻って休むことにした。
そして彼女に怒られたのは、また別の話だった。
この作品に興味お持ちの方、
下の「小説家になろう 勝手にランキング」や「ツギクル」のバナー押していただいて、
応援していただければ幸いです。