第4話 神意(プロヴィデンス)
「最近、殺人事件多いよね?」
「ああ、ニュースも放送したな」
学校の帰り道、俺は■■と最近の出来事について話し合った。他愛のない話。毎日こういう感じ。
そう、これからも変わらない、と思ってた。
「炎が何かあった時、私が守るから」
「いや、それは俺のセリフだろう?」
「ふふふ」
彼女はイタズラっぽく笑った。太陽のような明るい笑顔。それがずっと続いて欲しいーー
と思った時、気づいた。
俺の隣にいるのは、黒い靄だ。顔も見えない存在に、何であれが笑ったと思った?
まるで見てきたようにーー
●
「…う…」
目が、覚めた。
何か同じこと、つい先まで経験した気がする。
ループしたーーということはない。何故なら、
天使様が隣に寝ているから。それも会った時と同じの、露出ちょっと多い白い衣装で。
袖なしに胸元をあまり隠していない…目にはいい恰好だ。通常ならば。
「うおおおおお!!!!!?????」
ビックリ過ぎて、ベッドから部屋のドアまで逃げた。
「…ん…?」
その大きい動きで、アイニレシアが起きた。ゆっくりと体を起こし、目を擦りながら、俺の方を見た。
彼女は何回も目をパチパチして、しっかりと俺が起きてるということを確認した後、
ブワッ…
泣き始めた。
「炎…!」
アイニレシアは素早くベッドから降り、俺の方へと走って、そのまま懐に入り込んだ。
「起きて…起きたのね!よかった…!また長い時間眠りにつくと思った…!」
「あ、ああ…ごめん、心配掛けたな。ところで、今の時間は?」
彼女を宥めつつ、時間を確認した。1年も寝た経験あるから、アイニレシアだけではなく、俺自身も、また同じぐらい寝た心配はある。
「今は朝だよ。昨日、炎が想体に襲われて、崖から落ちたこと覚えてる?」
「ああ、覚えてる…でも俺、生きてるな?あの高さの上に、襲われたから、絶対死ぬと思った」
「はい…運よく下が雑草の群れがあって、私が助けに行った時、想体も何故かもう消えた。運がよかったかもしれません」
なるほど、それでキズもなかったか。しかし、昨日の筋肉痛もなくなった。一晩寝たお陰か?
「そうか…まあ、それしか言いようがないか。てか、丸一日寝たのか?俺」
「そうです…でも生きてた上に、ちゃんと起きたから、もう言うことはありません」
アイニレシアはちょっと落ち着いたらしく、口調が丁寧な感じに戻った。しかし俺を放そうとはしてない。
「シア~?入るよー」
ドアの向こうから女の子の声が聞こえた。舞衣だ。
ガチャ。
彼女はアイニレシアの返事を待たずに、ドアを開けた。舞衣だけではなく、ライも彼女の後ろに立ってた。
そしてくっついてる俺とアイニレシアを見て、二人は意味深な笑顔を出した。
「おおぉ、生きてる!それも朝からイチャイチャして、性欲モンスターだね、このこの」舞衣は肘で軽く突いてきた。
「いや、誤解だ」
「まあ、ずっと看病してたし、これぐらいは普通だな、うん」ライは一人で納得した。
その言葉に対し、アイニレシアは耳を赤くさせ、無言で俺の胸にさらに顔を埋めた。
「看病?まさか…」
「ああ、オマエが寝てた1年間、シアが毎日オマエの世話してだぜ」
「健気だよねー、あたしだったら、1週間もう諦めたと思うよねー」
「ーー」
俺のために?
俺は顔を下げて、アイニレシアを見たが、彼女は恥ずかしがる様子で、目を合わせようとしない。
ただ、力強く俺の服を掴んだ。
「…ありがとう。それとごめん」
「…!謝らないでください!私がそうしたかっただけ…それに、」
アイニレシアは一度合った目をまた逸らして、
「謝るべき方は、私だから…」
小声で何かを言ったけど、よく聞こえなかった。
●
俺たち四人は、アイニレシアの2階の部屋から降りて、昨日と同じく1階の円卓に集まった。
アイニレシアはキッチンに入り、簡単の軽食とジュースを準備し、円卓に持ってきた後、今後の方針討論を始めた。
「炎も起きたし、これからどうするの?」
「そうですね…魔物が減ってるから、炎をそのまま村の外へ連れて行きましたけど、迂闊でした。想体が出現するなんて…」
「あれは、オレたちも初めて見たな。何だ、あれは?」
ライが眉間に皺を寄せ、アイニレシアに尋ねた。
どうやら訳わからない力を持ってる彼らにとっても、普通じゃない敵らしい。
「あれは…この世界は神々が生きる世界っと、ライさんと舞衣さんに説明しましたね」
「ああ」
「でも炎は知らないよね?ついでに説明してあげた方がいいかも」
「そうだな…そうして貰えると、助かるな…」
「分かりました!頑張ります!」
アイニレシアは何故か力を入れて、目をキラキラしながら説明を始めた。
彼女は手を軽く振り、俺たちの前に光のボードを創った。黒板?
というより、それはまさか伝説によくある、魔法というもの?
「ではまず、基本のことから…炎たちの人類の世界では、神々は肉体を維持できる力を持ったないため、自然や生物に同化して生きるか、諦めて消滅を待つか、どちらだけの選択を強いられてました。それで人類が神々の姿を見ることがなくなりましたが、神の災涙によって、世界が作り変えられて、神々がまた実体化できる世界に戻りました」
説明と共に、ボードに神の災涙の影像や、俺が覚えてる現代の風景が次々と現れた。
「今の世界は、はるか昔の神話時代と同じか、それ以上の力が存在してるため、神々は簡単に肉体を持った顕現ができる他に、人々の思いの力も強く影響します。想体は、その思いの力で自然発生したものです。だから気配を感じられない上に、何時、どの形で出現するのも分かりません」
「それ、やばくない?」
「同感だ。対応のしようがないじゃないか」
アイニレシアの説明を聞き、ライと舞衣はすぐにダメ出しした。
「そうですね…そこは神具の出番ですが…」
コンコン。
アイニレシアは神具の説明をしようとするタイミングで、誰かがドアをノックした。
「シア様~入ってもよかろうか?」
中年の男の声だが、言葉使いは年寄りそのものだ。
「あ、いいですよ、入ってください」
ドアが開かれ、入ってきたのは、土に似た髪色を持ち、満面笑顔で筋肉マシマシの中年男性だ。しかも、身長ちょっと高い。2メートルぐらい?
「遠征から戻ってきたじゃよ」
「はい、お疲れ様です。何か収穫ありましたか?」
アイニレシアは歩いて、彼の前に立ち止まり、頭を上げた姿勢で、遠征の結果を聞き始めた。
「まず魔物じゃな。今まで姿を隠れておったが、昨日ここに帰る途中、急に群れで襲てきたじゃ。それも一度だけではなくてな~おかげて帰る時間遅れたじゃの」
「そうですか…大変でしたね」
アイニレシアは報告を受けて、顔に難色を現わした。
「どうしたのじゃ?顔色悪いのう」
「あ、いえ、大丈夫です。他に気になることは?」
「ふむ。他は…そうじゃ!北の廃都の近隣の山に、いつの間にか、大きい洞窟できたのじゃ。前回の遠征で見かけなかったじゃから、誰かがその空白期間でそれを作ったじゃの」
「洞窟…」
「ワシも試しに神能を使って、内部地形を探索したじゃが、洞窟は広くなかったじゃ。しかし、中に入って確認しようとして、入り口に立った瞬間、どうも嫌な気配を感じたじゃ。たぶんあれを作ったものは、そこに居座ってるじゃろう」
「いやな気配…あなたにそう言われる程のもの…普通の魔物が住んでいる、訳ではなさそうですね」
「そうじゃな、ところで、そちらの御仁は?新顔じゃな」
男性は体を少しずらして、アイニレシア越しに俺を見つめた。
「あ、福徳さんは初対面でしたね。彼は炎です」
「おお!おぬしがシア様が夢中になってる若もんかの!」
「夢中…!?」
アイニレシアはその一言でまた照れ始めた。男性はそれを意に介さず、ゆっくりと俺に近寄り、右手を差し出し、握手を求めてきた。
俺は戸惑いながらも、握り返した。
「ワシは、福徳正神じゃ!長いじゃから福徳でいい、よろしくのじゃ!」
「あ、どうも…星野 竜炎だ」
「ふむ!おぬしの話はシア様から聞いておる!しかし、今ここにいるということじゃから…目が覚めたじゃな?何時じゃ?」
「えっと…一応、昨日だけど…」
「昨日じゃと?」
福徳は俺の答えを聞き、突然握ってる手を放した。
「ふむ、偶然にしては、タイミング良すぎるじゃな…」
彼は独り言を始めた。理解が追いつかない俺に、アイニレシアは慌てて話しかけてきた。
「あ、もうちょっと詳しく紹介しますね。この方は、この村を守る、神の一人です」
「神?」
その単語に、俺は驚きを隠せなかった。
「ええ、土地公・福徳正神、彼は、台湾の神ですよ」
いきなり異国の神と出会ったことに、俺は言葉を失くした。
●
「神と言っても、本物の神ではないじゃよ」
アイニレシアと昨日の事を情報交換した福徳は、椅子に座って、『食事後のお茶はリラックスできるのう』と言い、お茶を淹れながら、自分の存在について話し始めた。
「本物じゃない?でも神だよな?」
「そうじゃ。人の目から見たらのう。人知を超える存在は大体、神と呼ばれるじゃ。津波とかの自然災害も、昔は神の怒りとよく言われたのう」
確かに、科学が発達してない昔の時代は、当時の知識を超える現象が起こった場合、神に結び付ける傾向はあった。
「…じゃあ、神じゃないなら、君はどういう存在なんだ?」
「そうじゃな、この点については、シア様の口から聞いた方がよかろう。先もそういう話をしたじゃよな?」
福徳はしれっとアイニレシアにバトンパスした。
彼女は頷いて、続きを始めた。
「えっと、私たちは、正確でいうと、神意と呼ばれる存在です。神の意志を体現するものーーそれが天聖族や、福徳さんみたいに、人の思いと信仰で実体化した存在。そしてライさんと舞衣さんのように、神具を持つ人間も、神意という存在です」
「神の意志を体現するもの…待ってよ、じゃあ、君たちが言う神とは何だ?」
福徳はまるで気持ちを落ち着かせるために、お茶を啜り、ゆっくり俺に伝えた。
「世界を支配するものーーそれがワシらにとっての、そして世界にとっての本当の神じゃ。しかしあれら、滅多のことない限り、人の前に姿を現さん。だから知らなくていいのじゃ。おとぎ話と思った方が早いじゃろう」
「世界を支配するもの…」
何かスケール大きすぎて、理解が追いつかなかった。
それを察したのが、アイニレシアは急いで話を切り替えた。
「そ、それより!村を案内しましょう!神意とか神具とか、炎にはあまり関係ないから、覚えなくていいと思います!」
「あ、そう、だな」
言われてみればその通りだ。
俺は力を持ったない、ただの人間だ。
そんな人間にできることは、精々他人の迷惑にならないように生活することだろう。
ああ、俺は、人間だ。
●
「シア様!ああ、今日もお麗しくございます…!」
「ありがとうございます。お体は大丈夫でしょうか?」
年取った老人の挨拶に、アイニレシアは丁寧に返事した。
「舞衣ねえちゃん!今度の射的授業、何時やるの?」
「そうね、今日はまた用事あるから、明日でいいかな?」
「わかった!」
木で作られた小さい弓を持った、肌黒い男の子が、舞衣に弓の事を熱心に尋ねて、彼女も楽しく説明してあげた。
「ライよ!また手合わせお願いしたいのだが!」
「おう!いいぜ!いつでも大歓迎ダ!」
ライと同じく白人の血気盛んな、巨躯を持つ壮年が、前回の手合わせで負けたらしく、彼に再戦を申し込んだ。ライも愉快そうに承諾した。
「福徳様~農作物また枯れました。何とかならないでしょうか?」
「どれどれ…ああ、土の源素が乱れてるじゃのう。たぶん昨日の騒動の影響じゃ。こうすればいいのじゃ」
福徳立ったまま手の平を地に向け、地面から杖を創り出した。そしてその杖で地を軽く叩き、まるで人を起こすような仕草で、枯れた農作物は、みるみるうちに活気を取り戻した。
「凄いー!さすが神様!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。また何かあったら任せるのじゃ!」
●
「ここが村の掲示板です。悩みがある時、もしくは欲しいものある時、紙に書いてここに貼れば、能力ある人がそれを自分から受けて、解決しに行く仕組みです」
「要はゲームによくある冒険者ギルドだね!」
「なるほど」
アイニレシアの紹介を聞きつつ、俺たちは村を一周して、
最後は村の真ん中の掲示板にたどり着いた。
弓道場、槍術訓練所、生活技術交流所、学校、品物交換センター…
貨幣がないから、古代のように、物々交換で助け合ってる。
福徳とアイニレシアの協力で村の外に、「居界」という謎のバリアを張ったおかげで、魔物の攻撃を退けたということも説明を聞いた。
規模が小さいものの、各国の人がいて、みんな協力し合ってる。一つの社会として、自立自足できる環境はできている。
その生活の様は、ある意味、理想郷かもしれない。
「みんな、人気者だな」
ただそれより驚いたのは、みんなの人望だ。
アイニレシアの家ーー村長の家出た瞬間、住人だちに挨拶され、そしてみんなもそれぞれ挨拶を返し、そのまま近況確認するという往復が、何十回もあった。
おかげで広くない村なのに、回し終わったのに1時間かかった。
「人気者だねーー微妙な気分だけど」
舞衣は苦笑いした。それを聞いたライと福徳も同じ反応だった。アイニレシアはもっと酷い顔で、申し訳なさそうな面になった
「?何故だ?」
俺は率直に疑問を投げた。人気者になりたいーー人であれば、誰でもそういう願望がある。
「ここじゃちょっと話しづらいかなー?一回シアの家に戻ろ?」
●
「ズバリ、荷が重いんだよーーーー!!!!!」
アイニレシアの家に入った途端、舞衣が叫び出した。
「よしよし、大丈夫だから」
アイニレシアは慣れた手付きで、舞衣の頭を撫でながら宥めた。ライと福徳もあまり気にせず、円卓の側にある椅子に座った。
アイニレシアは舞衣を座らせた後に、俺に理由を説明した。
「簡単に言うと、力がないものは、力あるものに縋るーーそれが生物の本能であり、自分が生きるための手段でもあります」
「今の場合で解釈すると、神具を持ったない、そしてワシやシア様のように、聖術か魔法を使えない普通の人間は、それらの力を持ってるワシらは、かっこうの縋る対象じゃよ」
「人々に希望をもたらせるーーそれがこの村で生活してる、オレたちの仕事の一つだ」
「力ある存在に、導かれて欲しいーー何もかも失った村人全員は、自分のメンタルを維持するために、そういった存在に自分を委ね、考えることを諦めることで、生きる気力を繋いでるんだよ」
「だから、私達神意は、本当の神のように、振舞わなければなりません。彼らを助けるために。その関係で、便宜上、私達も自分を神と呼んでいます」
「…責任重大だな…」
確かに、家族、友人、知り合い、生活環境など…全部失った人間は、精神も崩壊しかねない。
しかし、だとすると、
俺はある思いに辿り着き、ライと舞衣を見つめた。
「あ、あたしたちのこと心配してる~」
「ふん、そこは変わらないな」
舞衣とライははすぐに俺の考えを理解したようだ。さすが親友と自称しただけはある。
「その心配はいらん。一年前はまだしも、今はもう慣れたからな」
「あたしも~だから炎も、起きたばかりで色々戸惑うと思うけど、早く慣れるように、サポートするから!」
「わ、私も全力でフォローします!」
アイニレシアは負けん気で自分の意気込みを伝えた。
「…頼もしいな」
俺は、笑った。
大切な友人がいて、何故か俺に懐いてる天使様がいて、村を守る神様もいる。
例え記憶無くても、彼らがいれば、何とか生きていける気がする。
『腹が減った…』
「ん?何か言った?」
俺は四人に聞いたが、みんな不思議そうな顔で、頭を横に振って否定した。
幻聴?
違和感を感じながらも、目の前の生活の方が大事だと思い、俺はさっそく四人に、この村のルールなどを教わり始めた。