エピローグ 旅へ
翌日の朝から、俺たちは普段通りの生活を再開した。
村人と一緒に農業したり、鉱物取りに行ったり、狩りに行ったり。
農業は、元々村の中と近辺で田んぼを作ってるから、問題なかったが、
近場の山が消えた関係で、武器作り用の鉱石を取る場所は、村から結構離れる場所に変えざるを得なかった。
そして一番の問題は狩りーー俺とエディナンの戦いの影響で、多くの魔物が怯えて、自分の縄張りを捨てて森から逃げ出したらしく、村の周辺から足を延ばして北の廃都まで探し回っても、魔物の姿があまり見かけなかった。
「お肉の備蓄がーーーー!!!!!」
舞衣が涙目で悲痛な声を上げた。
「ファイトだよ、舞衣」
「シア~~」
それを鼓舞するシアの姿を見て、何かと仲いい姉妹のように見える。
戦いが終った後、シアはライと舞衣に対し、口調がちょっと変わった。
友達と話してるみたいな感じになった。
前は客人と話してるようで、ちょっとよそよそしい気がする。
いい傾向だ。
でも、俺に対してはーー
「はい、あん~~」
「え?」
「え?じゃない。口開けて」
シアの家で前と同じように、四人でご飯食べる時、シアが突然、俺にその要求を言い出した。
「い、いや。自分で食べられる…」
「起きたばかりだから、無理しちゃダメよ!口開けて」
「え……」
いつもより強気になって、俺の世話をさらに焼くようになった。
「シア、積極的だねーー仲良しカップルしか見えない~」
「へへ、そう?」
この前、シアが舞衣にからかわれた時、恥ずかしがってすぐに逃げ出したが、
今は顔を赤らめするだけで、まんざらでもない様子。
午後になると、俺はシアの家にある、天聖族と一緒に天聖界から転移してきた大量の本を漁り、この世界のことをもっと理解を深めるのと、憎恨の源の情報を探すことに時間を費やした。
その際、シャファもちょくちょく影から文字通り「口を出して」説明してくれたり、力の使い方も一緒に教えてくれた。
平和の日々。
穏やかな日常。
スローライフ、始まる。
●
と見せかけて。
「よし」
エディナンとの戦闘が終わった一週間後。
深夜。
シア、ライ、舞衣、村人全員が寝てるのをシャファに確認して貰い、俺は自分の部屋にまとめてある荷物を背負い、出掛ける準備をした。
【本当にいいのか?】
シャファが他の人にバレないように、小声で話しかけてきた。
「ああ、もう決めたから」
一週間前のあの夜、答えはもう出ていた。
そうーー俺は、村を離れることを決めた。
憎恨の源の力が存在する限り、いつまた狙われるか分からない。
そんな時限爆弾みたいなものを、彼らの側に置いていいわけがない。
せっかく生き延びた人たちに、リスクを抱かせたくない。
【それにしても、一週間の準備は短くないか?この世界の知識と、俺の力の応用も、一人前とは言えないぞ?】
この一週間、なるべく一人で外で生活していける方法と、シャファの力に関することも勉強してきた。
シャファは、憎恨の源の力を自由に操ることはできないらしい。
普段発揮してる力は、あれは憎恨の源にコントロールされていない、自然に溢れ出してるものだ。
言わば、閉まってる蛇口の下に、水がいっぱいあるカップが置かれて、その蛇口の先端に残ってる水滴がこぼれ落ちで、カップの中に入り、中身が少しずつ溢れ出すような状態だ。
シャファは、その溢れた分だけを、自分の意思で自在に使える。
封印を解除した時のあの強大の力は、易々出せるものではない。
特定の条件満たさない限り、彼も普通の神意並みの力しか出せないと言った。
「もっと残そうと思ったけど、これ以上残ったら、情が湧くていうか…」
【まあ、村人と仲良くやってるからな】
俺は部屋の窓際に歩き、そのまま窓を開けた。
冬と深夜が相まって、寒い風が肌を刺す。呼吸するたびに肺に染みる冷たい空気に、考えが一層鮮明になった。
「みんな、いい人だった」
だから、これ以上迷惑かけられない。
「よっ、と」
俺は窓から外へ跳び下りた。シャファが地上に影でクッションを作ってくれたおかげで、音を出さずに着地した。
村の西へと、周りの景色を目の納めながら、俺は静かに歩いていく。
「二ヶ月ぐらいの生活か…色々あったな」
【そうだな、良いこと悪いこともたくさんあった】
「はは、これからもっと会うよな」
一人旅。したことないが、未知を目前に、心の躍動は止まらない。
【ワクワクするのは同意するが、一人じゃなくなりそうだ】
「え?ああ、シャファもいるから、二人だよな、ごめん」
【そういう意味ではない】
「…どういう…」
シャファに言葉の意味を尋ねようとした時、「答え」そのものが声をかけてきた。
「炎!」
後ろに、この二ヶ月で聞き慣れた声が、夜の静寂を切り裂く。
俺は信じられない顔で、ゆっくりと振り返った。
そこに、シアーーだけではなく、ライと舞衣も、立っている。
そして彼女たちも、俺と同じく、大きい荷物を背負ってる。
その様子は、まるでーー
「なん…で…」
「オマエ、隠すのヘタだな」
ライが、ドヤ顔で俺を嘲笑った。
「あんなにたくさんの本を調べて、頑張って野外生活できるスキルを身に付けたいなんて、おかしいと思うのが当たり前だよ」
「チっチっチっ」と、舞衣が、陽気に満ちた笑顔で、楽しく話した。
「炎の部屋の掃除をしてたら、妙に一人分の旅行道具が増えたの気づいたの。それに、こっそりと地図を写してるのも見た。もしかしたらと、二人に相談したの。それで、二人は炎が間違いなく、一人でこの村を出ようと言ってくれた」
シアが、今にも泣きそうな顔で、感情を抑えた声で説明してくれた。
「バレてたか…」
【ほら、無理があったよな】
「いやいや、お前。他人ごとじゃないぞ?ていうか、バレたとしても、今日出発するって、俺はそんな分かり易い行動を取ってなかったはず。何でこのタイミングが分かった?」
「それは…炎の…憎恨の源の封印に、私も関わってるから。炎の動きは、なんとなく分かるの」
今、何か大事な情報を聞いた気がする。
つまり、俺が夜、抜け出したことも気づかれていた?
【やはりか】
「いや、何が『やはりか』!?知ってたのか?」
【確信を持ったなかったんだ。んで、あの女、言いたくなかったみたいだし。俺から言うのは野暮というものだ】
「お前…」
どっちの味方だ?
【それに、だ。無理矢理言わせるのが好きじゃないだろう?】
「それはそうだけど…」
納得いかない。でもそれより、目の前の難関をどう乗り越えるのを考えなければ、だ。
「あ。あたしたちを説得しようと思ってる顔。無駄無駄」
「親友のオマエを一人にするわけにはいかないゼ!」
「炎…私も、一緒に付いて行きたい!」
三人が真面目な顔で、揺るがない決意が込めてる目で、俺を見つめた。
「いや、しかし、みんながいないと、村はどうするの?」
「その点は心配及びません」
シアたちの背後に、銀のロングストレート髪を流してる、穏やかな雰囲気を持つ女性が、
俺たちに声をかけた。
「クラディ!」
シアが彼女の姿を見て、驚いた。どうやら、彼女も起きたことはシアにとっても予想外らしい。
「シア様、皆さん、お見送りに参りました」
「そんな、わざわざと…ごめんなさい」
「すまん」
クラディは礼儀正しい上に、見た目はシアより年上に見えるから、
大人で頼れる存在と村の人に評価されてる。
だから彼女を福徳の後任にすることは、誰も反対しなかった。
でも今、彼女が言ったことに、引っかかる部分はあった。
「三人を見送る…つまり、クラディさんもこのことを知ってたのか?」
「はい、だからシア様が私に、村長の仕事を引き継がせました」
「ーーーー」
やられた。俺が準備してた、だけではなく、彼女たちも準備してきた!
「そういうわけですので、炎、シア様をよろしくお願いいたします」
「そんな、『よろしくだ』なんて…」
「まるで親が娘を嫁に出す場面ね」
「セキニン取れよな!」
「何の話だ!」
いきなりの出来事に、混乱した。
こうなった以上、予定通りに行くことはもうできない。
でも村に残って、別のタイミングを探すという手はたぶん、通じない。
もう、連れていくしかないのか?
危険な目に合わせる可能性があるとしても?
「また考えこんじゃってるーー」
「大方、オレたちがまた死ぬような目に合うのが怖いだろう。言っとくが、オマエがオレたちの知らないところで死ぬことも、オレたちも恐れてるゾ?」
さすが親友、考えが読まれてる。
「炎、お願い、一人で行かないで…」
そして、シアの切ない言葉。彼女はついに涙を我慢できなくなり、ポロポロと水の粒が、柔らかい頬に沿い、地面に落ちていく。
「…分かった。分かったよ。どうせ何を言っても、君らは諦めないだろう?」
「オマエと同じな」
「そうだそうだ!」
「ったく…」
俺は説得を諦めて、盛大にため息をついた。
「炎…!!!!」
そんな俺の心境を知るか知らないか、シアが俺に向けて小走りしてきて、俺の懐に突き込んだ。
そしてそのまま力強く俺を抱き、簡単に離せないようにした。
「シ、シア?」
「今度こそ、私が、守るから」
「ーーーー」
あの言葉を、あの子に似てる顔で、彼女は言った。
「…うん、分かった。頼りにするよ」
俺は彼女を引き離し、優しい笑顔で、返事をした。
●
こうして、俺はシア、ライ、舞衣、三人の押しに負け、一緒に旅することにした。
「では、お元気でーーー!!!!」
クラディの元気な声を最後に、俺たちは村を後にした。
西の方角ーー元々森があったそこは、今は全部平地になり、多少の窪みあるが、障害物がなく、歩き易くなってる。
これは、シャファの狙い通りだ。
山さえなければ、村の西方面へ行くことはすんなりになる。
そして資源の開拓と採集も、もちろん簡単になるはず。
…まあ、結果、神技【ラグド・ソード】の出力をうまく操作できなかったのが失敗だった。
【山だけを壊す】と考えたところが、資源採集できる場所も一緒に消し飛ばした。
でも、エディナンを、敵を倒せたから、良しとしよう。
「それで、目的地あるの?」
俺たちは足場に気を付けながら、平地になった山だった場所を歩いていく。
途中、舞衣に目的地を聞かれた。
俺は手写した簡易地図を取り出し、
俺たちが住んでいた村、リ・ストリの北西方向にある村を指さしながら伝えた。
「そうだな、シアの地図によると、ここから大部離れた場所に、天聖族が作った別の村があるみたいだ。そこに行こうと思う」
「ふん~~ちなみに何で?目的あるでしょう」
舞衣が猫の口みたいに口角を吊り上げ、疑いが深い目で俺を見つめる。
さすがに鋭い。
「まあ、隠れても仕方ないか…憎恨の源を消す方法を、探したいから」
「……!」
その答えを聞いた三人は、驚きを隠せなかった。
「やっぱり危ない力だから、この世に残してもいいことはない。だからそういうことが聞ける人を探せば、手がかりを手に入れるじゃないかと思った」
「それならシアでよくない?」
舞衣とシアが、依然と疑いの眼差しで俺を見てる。
「……なんか結構迷惑をかけたから、さらに面倒ごと頼むのが悪いなって」
「そんな!迷惑だ何て、全然思ってないの!むしろ私にいっぱい聞いて!」
シアが全力で俺の言葉を否定した。
「あ、ああ…分かった。これからもっと聞くとするよ」
「うん!」
その返事に、シアが満足したらしく、満面の笑顔を浮かべた。
「ていうか、次の村の距離、パッと見てもニヶ月以上かかるじゃないか?途中の休憩と、神意の行動力で考えると」
「そうだな。道端の整理整頓もしたいから、もっとかかるかもしれない」
「「「整理整頓?」」」
「ああ、今までと同じように、人が歩ける道を作りながら進もうと思う…どうした?」
俺の言葉がおかしかったのか、三人はお互い見て、笑い出した。
「さすがだねー」
「そこは変わらずだな」
「炎、やっぱり優しいわ」
「…褒めてるだよな?」
「「「もちろん!」」」
俺はくすぐったい気持ちになり、しばらく三人を見ないようにした。
●
この旅の目的は、憎恨の源を消すこと。
それは嘘ではない。
でも、それは多くの目的の中の一つに過ぎない。
俺の記憶を取り戻す。それも目的だ。
何より一番大事なのは、
今、俺にとって最大の謎が、残ってる。
それは、
【麗を、殺したのは、誰だ】
憎しみに満ちるその考えが、浮かぶ。
しかし、そのことに気づいてるのが、誰もいない。
炎自身も。
憎恨は、負の感情は、生まれつきのものだ。
体の一部だ。だから違和感は出ない。
例えもう歪み始めたとしても。
この旅は、世界の平和を脅かす存在を消す旅。
そう、世界を救う旅。
ーー【いや、世界を■■旅】の始まりだ。
第一章はこれで終わりです。
第二章を書く予定ありますが、やり方を変え、
一度まとめて書き終わってから、毎日上げた方が、読者の方も読みやすいと思うので、
始まるまで、待っていただければ嬉しいです。
最後にご感想、評価もよろしくお願いします。