第24話 再臨のラグナロク~その三~
「か…がはぁ…!」
血。また大量の血を吐いた。
エディナンは地面に埋め込まれた上に、神技・地神爆をまともに喰らった。
その威力は、最初に打たれた拳より、遥かに強い。
それを証明するかのように、彼の居る場所は、もう地面ではなくなった。
大地にできた凹みーー盆地と言えるだろう。
見渡す限り、全部おかしな形に壊された岩壁。上だけが唯一の出入り口。そこに辿り着くための距離は、凡そ百メートルだろう。
人間であれば、自力で逃げ出すことができない大穴だ。神であればーー
が、エディナンのケガは、脱出も考えられない程のものだった。
「ぐ…う…!」
彼は伏せてる態勢で、両手を使い、何とか起きようとしてるが、
【起きたいのか?】
背後に、声が聞こえた。
あの、男の声が。
エディナンは恐る恐る顔で、ゆっくりと後ろに向いた。
そこに、炎が、仁王立ちで、冷徹な目で、自分を見下してる。
「あ、あああああ…」
言葉が出ない。
叫びも。
今出せるのは、もう畏怖な声だけ。
【ふん、たったニ撃目でこんな風になるのか。情けない。それで神を名乗るのが、さらに笑わせる】
「ーーー」
そうだ。
ボクが神だ。
本物の神になろうとするものだ。
こんなところで、負けてはならない。
エディナンは正気を取り戻し、素早く状況を再確認した。
自分の神居はまた機能してる。
召喚した神々も、三分の二は消されたが、また残りがある。
何より、今コイツがボクに集中してる。背後を全く気にしてない。
ならーー
エディナンは数名の神意を静かに移動し、炎を後ろから奇襲をかけるように配置した。
「ふ、ふふふ…確かにボクとしたことが。失態を見せたね。でもね、あなた。ボクをすぐ殺さないのが、自分に自信があり過ぎじゃないか?これは戦いだよ?何時、何が起きるのは分からないだよ?」
時間稼ぎーー数十秒もあれば、音を出さず攻撃する準備が整える。
【ああ、そうだな】
炎は左手を肩越しに上げて、指を鳴らした。
そして、
炎の後ろに構えた神意たちは突然、雷と矢に無惨に殺された。
「な…!?」
エディナンが狼狽えた。予想外の出来事、今、彼自身が言ったように起きた。
神具・アルテミスとグングニルは炎の手にいない。
それを操られる神意は、この場から結構離れたところに隠れてる。
では、誰だ?
それを答えるように、穴の崖の辺に、二つの人影が現れた。
「…!?あなたたちは!?」
一人は神具・アルテミスを両手で構え、いつでも射ることがができるように、戦場においては隙のない女弓使い。
もう一人は、グングニルを片手で持ち、王のような威厳を漂わせる男。
二人は全身真っ白な状態で、それと真っ逆の黒い霧を纏いながら、静かに立っている。
彼らの顔に、エディナンは見覚えがある。
何せ、先自分が召喚したばかりだから。
「アルテミス…オーディン…!何故!?まさかお前も降神できるのか!?」
【ふん、そんなくだらん遊び、できるわけがないだろう。ただ創ってあげただけだ。仮の神具の使い手をな】
「なんだと……!?」
創った?
でも今そのニ神から感じた力は、偽物ではなく、
本物のそのものだ。
ありえない。
本物の神を、何の媒介にするものなく、創った。
それはもう普通の神ではなく、始まりの神の所業。
【ああ、俺の力を、詳しく知らないみたいな顔だな。なら、教えてやろう。あの二人がお前の神意を殲滅する間でな】
炎の命令を受け、アルテミスとオーディンは、崖を離れ、エディナンが召喚した偽物の神意と神を、文字通り殲滅行動を始めた。
そして炎は、
【神とは何だ?】
一歩。
「…!く、来るな!」
【神とは、創造するもの。支配するもの】
二歩。
「近寄るなーー!」
【絶大の力を持て、ありとあらゆるものを平伏させるもの】
エディナンは渾身の力を振り絞り、立ち上がった。
【創造と支配の点で言えば、お前は確かに神だ】
彼は戦闘中ということを気にする余裕もなく、炎に背を向いたまま逃げ出した。
【しかし、力の点でいうと、お前はザコだ。特に俺の前でな】
エディナンはよろめきながら盆地の端に辿り着いた。
【たかが支配者階位が、『源』の前で神を名乗るとは、笑えるもんだ】
エディナンは岩壁に手を置き、登ろうとしてるが、掴める岩場がないことに気付いた。
さらに、今の彼には、もう跳ぶ力も残っていない。
彼は焦った。
【そして憎恨の源は、憎恨ーーだけではなく、意思あるものの負の感情を創り、並びに集める存在だ】
「ああああ、何で、何で、何で登れないんだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
【その意思あるものというのは、生きてるものに限るではない。無機物も、長い年月経つと、精霊、妖怪になる。その意味で、意思あるものの感情を、憎恨の源は一身で受けてるんだ】
ピタ。
エディナンの後ろに、足音が止まった。
そして炎の声も消えた。
ただ一つ、形容しがたい存在感だけが、自分の後ろに佇んでいる。
彼は全身震えながら、まるで体を凍らせたように、遅い動きで身を翻した。
そこに、炎は、憎恨の源は、立っていた。
そしてその背後に、何かが浮いでる。
言葉で表せない、おぞましい何かが。
「な…何なんだ!あれは!」
炎の後ろに、黒い空間が大きく開いてる。
その中に、具体的な形が分からないものが大勢、蠢いてる。人の手か、触手か、魚か、はたまた本当に生物の類なのか。
【これ?分からないのか?憎恨の源だ。お前が望んだ力だ】
「そんな…ものか…ボクが求めてる力、だと?」
【そうだ。お前が自分を星の代行者と言ったな。それなら、俺はーー神意や神の最高位、源の名を冠するものは、本物の神であり、星そのものだ】
憎恨の源はすべてを受け入れるを示すように、両手を広げた。
、
【この星に存在するものの意思、幾千億の悪意を、その弱小の器で受けることできるのか?】
憎恨の源はエディナンの首を片手で掴み、高く持ち上げた。
「ひっ…!」
【こんなものが欲しいなら、くれてやるよ。でもその前に】
憎恨の源は、笑った。
今までの無表情を崩して、初めて笑った。
途轍もなく、悪意に満ちた笑顔。
【やられたお礼を、お返ししないとな】
その言葉と、今自分が持ち上げられてることで、
エディナンは一瞬で憎恨の源がやろうとしてることを理解した。
「やめろ…やめろやめろやめろやめろ」
【先、炎がそう言った時、お前がやめたか?】
「ーーーうわあああああ!」
エディナンは空中でジタバタし始めた。
【人を蹂躙するものは、蹂躙される覚悟もちろんあるよな?な!】
そして、憎恨の源は再びエディナンを地に叩き、
【地神爆!】
二度目の神技を放った。しかし今回は明らかに一回目より威力が落ちてる。
いや、落としてる。
余力もあまりないエディナンは、防御することも満足にできず、重いケガをさらに重ねた。
「ぐぷ…!」
【おいおい、また二回目だぞ。それに手加減してあげたんだ。すぐにくたばるなよ!】
そこから、神技・地神爆がエディナンの神居の中に、十数回に渡り放たれた。
憎恨の源は、意趣返しごとく、エディナンをおもちゃのように扱った。
遠くに放り投げ、そして空中で神技を打ち込み、彼を地面に叩きこむ。
地面に倒れているにも関わらず、そのまま地神爆を数回放つ。
さらに頭を掴み、高速で引きずりながら、遠方にある岩山にぶつけ、再度神技を放った。
エディナンの神居は、もはや廃墟となってる神殿も、完全に跡も残さず消され、
神居の景色も、少しずつ西の遺跡のものに変わっていく。
「これは…元に戻ってる?」
ライが疑問な目で周りを見回した。
「え、でもあのクソガキまだ生きてるよね?」
「そう。…だけど、たぶん、これは憎恨の源の力だわ。彼が力を振るうたびに、時空間を…世界を破壊してるから、神居も影響されたでしょう」
「げ、そんなやばいの?」
「はい…彼の力は未知数。そういう通常ありえないと思うことでも、平気でできちゃうでしょう。だから、何としても回避しようとしたけど、ダメだった…」
シアが頭を垂れて、明らかに落ち込んだ。
「まあ、まあ。でも今ほら、炎が戦ってくれてる、あたしたちは助かった。それでいいじゃん?」
「…そう、だわね」
シアは視線を炎の居る場所に戻した。
そこには、炎の顔をしてる知らない誰かが、底知れない負の力を纏い、
敵を一方的に叩く場面がシアの目に映った。
●
どれぐらいの時間が経ったのが分からない。
痛覚も消えた。
考える力も、なくなった
何で、自分はここにいるだろう。
憎恨の源を呼び起こし、彼の力を取り込み、世界を創りなおす。
それが自分の計画であり、願い。
それなのに、今は何だ。
取り込むところか、いいように扱われてる。
もう、終わりにしてくれ。
【ふむ、そろそろ飽きたな】
その一言が、まるで救済の福音のように、エディナンの意識を呼び戻した。
彼は憎恨の源に掴まれたまま、地面の瓦礫にぶつかりながらを引きずられてる。
【この辺りでいいだろう】
憎恨の源は顔を上げた。彼の目の前は、大きい山が聳えてる。
その山は、エディナンの神居のものではなく、西の遺跡の周りを囲む山脈の一部だ。
神居の展開で置き換えられたその場所は、憎恨の源の力の影響で、元に戻った。
憎恨の源はまたエディナンを掴み上げた時、彼の顔を見た。
【その顔、もうすぐ解放されると思って、嬉しいという顔だな】
「……ボク……が……?」
嬉しい?
こんなめちゃくちゃにされたのに、そんな感情が湧き出るはずがない。
そう、それこそ憎恨しかないはず。
なのに、
ああ、終わりがあるということは、嬉しいものだと、
エディナンは確かに思った。
【福徳を殺した罪、村人を脅かした罪、シアを危険な目に合わせた罪。そしてお前が殺してきた数々の神を、その亡き骸を弄ぶ行為……それらを鑑みるかぎり、お前は殺されるべきだ】
憎恨の源は無表情で、ゆっくりとエディナンの罪状を並べた。
【神である前に、お前が悪だ。しかし、悪だから滅ぼすではない。なぜなら】
憎恨の源は黒と赤の色が混じり合った冷たい眼差しでエディナンを見つめ、告げた。
【俺も、悪だ】
「ーーーー」
そうか。そうだ。
源は、何かを創造する存在だ。
であれば、憎恨の名を持つこの源こそは、世界最大の悪じゃないか?
「は、ははは……なんという滑稽なこと……」
【そうだろう?だから俺が言うことは、】
憎恨の源は右手に黒い霧を集め始めた。
しかし今回は今までとは違う。
より大量の霧ーー神居にまき散らした憎恨の力を含む霧を集め…というより、回収した。
その霧が瞬く間に消え、その代わりに、憎恨の源の右手に不定形の剣が具現化した。
「…!まさかあれを撃つつもり!?」
神殿の壁を遮蔽物として隠れてるシアは、急に立ち上がった。
「え、シア、あの剣は何なの知ってるの?」
「いえ、知らないけど…でも二人とも感じるでしょう?!あの剣から溢れ出す力を!」
「…ああ、あれは先ほど漂ってる霧を凝縮した源素の塊だ。あの霧からでも強い力を感じたが、それを凝縮したものだと…」
「…嫌な予感がする…」
三人の心配を他所に、憎恨の源は霧を完全に集積できたのを確認し、言葉を続けた。
【俺を敵に回すものは、全部滅ぼす。世界の理も、その理に縛られないものも、すべてを】
彼はエディナンを山脈の方向へ空に投げた。そして、
【せっかくだ。俺の神技を見せてやろう】
右手の剣を発動した。
【神技】
暗闇に満ちた剣から、憎恨が、負の力が流れ出し、
【邪動刃ーーーーー!!!!!】
振り下ろされた剣から、禍々しい波動を帯びた漆黒の光の柱が、エディナンを目掛けて、奔っていく。
神技が解き放たれた余波で、神居内部のものが全部遠くに飛ばされ、
「うわ!?」
「きゃあーーー!」
「ライ!舞衣!?」
三人も巻き込まれて、戦場からさらに離れた。
「ーーーー」
反抗する術はない。もう体全身傷だらけで、話す力もない。
ただただ、負の波が来るのを待つしかない。
やっと終わるーー先は嬉しいと感じたエディナンは、一瞬で考えを改めた。
迫りくる光の柱は、あれはただ強大な神技ではない。
あれは、この星の悪意を詰め込んだ、断罪の一撃だ。
「あ、あああああああーーーーーーー!!!!!!!」
絶叫。
最後の最後、エディナンはその悪意を全身を持って感じた。
恐怖を、覚えた。
そしてーー彼は飲まれて、消えた。
その後ろにある数百メートル高い山脈も、紙屑らしく簡単に吹っ飛ばされた。
それでも光は勢い止まらず、空を穿ち、星の外側へと飛んでいった。
光が消えた時、周りは静かになった。
エディナンの神居が消え、元の遺跡に戻るーーことはなかった。
「何だ、これは…」
暴風に荒れ狂った大量の瓦礫に埋もれたライは、瓦礫をどかし、シアと舞衣を助け出した後、
すぐ周りの状況を確認した。
地神爆が生み出した光の柱より数倍大きいあれは、放出されたと同時に、周りに莫大の破壊をもたらした。
一言で説明すると、ライたちの周りに、何もなかった。
そう、西の遺跡だった場所。
それを守るように聳えてる山脈。
そして遠方にあるはずだった果物をいっぱい取れる樹海。
見慣れた景色は、全部消えてなくなった。
今そこにあるのは、
空っぽの大地。
何十個の窪みが、大きい戦いの痕が残ってる、災害に見舞われた地だけだ。
「これ、は…」
ギシッ。
舞衣がフラッシュバックした。
あの日のことが、過去の痛みが、彼女を無情に襲う。
「炎…これが、炎が…?」
そして彼女とライは理解した。神の災涙の元凶、世界が滅んだきっかけとなったのはーー
「炎…」
シアが悲しい顔で炎を見た。
神技を放った憎恨の源は、ただ空を見上げて、立ち尽くしてる。
彼の目線先には、破られた空。
そこには雲もなく、青い空もなく、風景が喰われたように、丸く黒い空間が広がってる。
【ふむ、出力がやはり不安定だな。それに、存在できる時間も、封印が解かれたとしても、十分ぐらいは限界か。まあ、今回はよしとしよう。後は頼んだぞ】
彼は誰かに聞かせるように伝え、そのまま目を閉じた。
「ブラックホール…?」
舞衣がその空間の形と色から見ると、そう判断した。
「いえ、あれは破壊された空間だわ。ブラックホールみたいな吸引力はないわ。放置しても、いずれ元に戻るはず」
「そう…なの」
「それより、炎の状況は?近づいてもいいか?」
「ええ、問題ないと思う。今の彼から、憎恨の源の気配も感じられないから」
そう言うと、シアが真っ先に炎に向かって歩き出した。
最初は迷いながら歩き、そして次第に速さが増し、やがて走り出す。
炎は、感じたのか。振り向いた。
そこには、いつものような、やさしい笑顔の炎がいた。
「みんな、無事で、よかっ…」
話きる前に、炎は糸が切れた人形のように、倒れた。
「「「炎!!!!!!」」」
彼に向かって、シア、ライ、舞衣三人が全力で駆け出し、彼の側に着いた。
そして、神と神の戦いは、幕を下ろした。
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