第19話 ■■
「うあっ……!?」
夢?俺は、また夢を見た?
いや、見ーーてない。
俺は周りを見つめた。
真っ白の空間と黒い空間が半分半分占めてる、おかしな場所。
俺は白い空間の方に座ってる状態だ。
訳わからないが、何故か懐かしさを感じる。
【それは感じるだろう。だってここは、お前の魂ーー神璃の中だからな】
そして、聞き覚えのある声。それはーー
「シャファ…!」
黒い空間の方に、黒い霧を纏った人影ーーシャファが椅子に座ったまま、俺に話しかけた。
「お前、今まで何を…!いや、それより俺は、死んだはず…?」
【ああ、死んだよ。間違いなく】
シャファはどっから出したコーヒーをゆっくり飲みながら、
指で『パチ』と音を鳴らし、黒い空間に映像を映し出した。
その映像が、つい先俺がエディナンにやられた数々の拷問だ。
そして映像は、俺の首が切られたのを最後に止まった。
「いやいや、お前、俺が死んだら困るって、前言ってたじゃないか!力を貸してくれなかった関係で、あっさり死んだぞ!?」
【いきなり大物と出くわすことは予想外だ。ゆっくり時間を掛けて、俺の力の使い方を教えるつもりだったがな。それに、福徳との約束を守るつもりだったじゃないか】
「…!それ、は」
そうだ。福徳との約束を守るために、最後まで俺は、シャファに呼びかけなかった。
【一応、本体のお前の意思を尊重するつもりだが…まあ、俺の落ち度でもあるが】
「…もういい。それより、俺はもう死んだけど、もしかして何か方法あるか?蘇る魔法か聖術とか」
【俺はそんなもの使えないぞ】
「じゃあ何もできないのか?俺はこうして死んだのに意識が持ってるのは、お前の力のおかげだろう?」
【そうだな、俺の力のおかげだな】
「もったいぶらないで、さっさと答えろよ!」
【ふむ、そこまでして、戻りたいのか?】
「あ?何言って…」
シャファはコーヒーを一口飲んでから、話を続けた。
【時には、死んだ方がいいということも、あるんだぞ?例えば家族が経済に困る時、会社の仕事がうまくいかない時、戦争が起きてみんなが食料を飢え求める時とかな】
「突然何の話だよ。それに、経済に困るんだったら、俺が仕事に行っていっぱい稼ぐし。仕事がうまく行かない時は、みんなと相談してよくなるように改善するし。食料が欲しいであれば、探すまでだ。それだけのことだろう?」
【ポジティブだな】
「お前は違うのか?」
【俺の考えを、お前が知ってるはずだ】
「はあ?知るわけが…」
反論しようとする時、聞こえた。
底なしの、暗い、冷たく、呪いみたいな声が。
『あなたが死ねば、家族の経済が回せるの!だから死んで!』
『何でこれぐらいの事もできなんだよ!会社のクズ!死ね!』
『食べ物欲しいの…ねぇ、人肉もいいから、欲しい…だから、死んでくれる?』
「…………………!!!!!!!!!!!!!!!!!」
吐き気がした。
背筋に寒気が襲った。
怖い。
エディナンと戦う時とは別種の怖さを、感じた。
シャファーー目の前の、この正体不明の影から。
【どうだ?理解したか?】
「…お前は、何なんだ?そんなもの、もう一人の俺のはず…」
【否定できるのか?この空間からも、俺からも感じた、懐かしい気持ちを】
「…百歩譲ってお前はもう一人の俺だとしても、俺は死ぬことを決して選ばない。死んだ方がいいことは絶対にない。生きてるこそ、よりみんなの助けになる。よりいい未来を創れる」
【…言い切るのか】
「ああ」
【…分かった。じゃあ本題に入ろう】
シャファは椅子から立ち上がり、右手をぶら下げて、そしてゆっくり上に上げた。
その動きと共に、床ーーというべきか、俺が立ってる場所の前に、あるものが浮かび上がった。
「これは…棺?」
六角形の棺、まるで古代吸血鬼が眠る棺桶のそれ。表面の蓋に、綺麗な紋様が刻まれてる。
そしてその外側に何重の鎖できつく縛られてる。まるで中のものを完全に封印するために施された。
【それを開ければ、全部取り戻せる。死んだことも帳消しで、お前が望んだ、みんなを助ける願いも、叶える】
「これ、を…?」
ああ、何という簡単の話。
この鎖を解けば、俺が蘇る。
それだけなのに、
棺に伸ばした手が、止まった。
「え?」
迷った。ではなく、体が自然に反応した。
まるでそれを触ったら、何か悪いことが起こると感じたように。
拒絶反応。
【…どうした?諦めるのか?俺はどっちでもいいぞ】
「…いや、やる。みんなを、助けるために」
俺は拳を握り、再び棺に向けて、手を伸ばした。
鎖に触れた瞬間ーー
ドクン。
体が脱力し、震え始め、全身に鳥肌が立った。
「何だ…これは?」
気持ち悪い。だが、手を離しちゃいけない気がする。
先と違い、何か大事なものがこの中にあると、感じた。
【触れた…か、じゃあ、始めよう】
「…何を…」
【戻る準備を、な】
シャファが棺に向けて右手を払い、
【八界輪廻】
何かを詠い始めた。
【一限封解】
その呪文みたいな言葉に反応するように、鎖にヒビが入り、自ずと壊れていく。
チャラン、チャラン…
重い鎖の音が、静かな空間の中にあるせいが、余計に重いと感じてしまう。
瞬きする間、鎖が全部解かれ、棺の全貌が目に入った。
表が白に塗られ、他の場所は全部黒に染まっている。棺全体に、何かを意味するような金色の紋様が刻まれ、まるで生きてるように輝いてる。
【さあ、それを開けるんだ、それで戻れる】
戻れるーー棺を開ければ、ライ、舞衣、そしてシアを、助けるチャンスが手に入る。
俺は手をーー
【どうした?】
伸ばそうとした手が、止まった。
「シャファ。これを開ければ、みんなを助けられるのか?絶対に?」
俺は、一番大事のことを、問いかけた。
【…そんなこと、俺は一言も言ってないぞ】
「…はは、嘘をつかないのか。分かった」
戻ったとしても、あのバケモノーーエディナンを相手しなければならない。
強い力を手に入れない限り、戻ったところで意味がない。
また殺されるだけだ。
でもーー
俺は棺に手を伸ばし、
助けるべき人は、ここではなく、現実にいる。
迷うことは、ない。
重い蓋に力を入れ、慎重に開けていく。
だが、蓋は少し隙間が覗けるまで開けた途端、棺の内側から、何かが湧きだした。
それらが勢いよく蓋を突き破り、俺を飲み込んだ。
暗い奔流ーー
反応もできずに、飲み込まれる前に見えたものは、一言で言うと、それだった。
しかし。そんな簡単のものじゃない。
悲しみ。妬み。欲望。傲慢。怠惰。不幸。虚しさ。絶望。そして、
憎しみ。
おおよそ考えられる人類の負の感情が、それが内包してる。
重い。
一人の感情ではなく、これは、数えきれない人の感情が、波…いや、海になってる。
耐えきれるはずもなく、俺は流されたるまま、意識を失った。
●
奔流の中に、
『
「最近、殺人事件多いよね?」
「ああ、ニュースも放送したな」
学校の帰り道、俺は■いと最近の出来事について話し合った。他愛のない話。毎日こういう感じ。
そう、これからも変わらない、と思ってた。
』
思い、
『
「炎はあの日確か、早めに学校を離れたよね?れ■が心配と言って、下校時刻になった瞬間、あたしを置いて、一人で行っちゃったもん」
「…え?俺が?」
「うん。だから炎はあの時どうだったの、知らないよね。炎はシアがある日、見つけて村に連れてきた。でもシアも詳しい話を言ってなかったよね」
「そうだな。どうやって見つけたのか。何でそんなにセッキョク的に炎の世話をするのか、謎だよな」
「そんなことが…」
』
出した。
『
少女に言われて初めて、自分の両手は何かを抱いてることに気付いた。
目をそこにやると、女性だ。胸に大きな穴が開いてる、高校生の制服を着てる、少女の屍だ。
そう断言できたのは、もう彼女の体に、温度を感じないからだ。
ただの物になり下がった、名前を知らない人ーーそれなのに、自分の心が、悲しみを感じた。
涙が、溢れてきた。
「うあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
そして、天に向かって、とめどなく、叫んだ。
『 』が死んだ。その事実を認識した瞬間、心が崩壊した。
』
黒い靄が、消え去っていく。
彼女の顔が、全身の姿が、少しずつ鮮明に見えてくる。
腰まで伸ばしてる、艶やかな黒く長い髪。
可憐で華奢な体つきだが、それと反対で、根はしっかりしてる。
何より印象に残ったのは、
いつも笑顔で、
明るく元気で、
何があっても挫けない、
頑張り屋さん。
ああ、何で、忘れただろう。
あんなに大切にしていたのに。
あんなにずっと一緒だったのに。
あんなに好きだったのに。
ああ、自分を守るために、忘却を選んだ、か。
なんという罪。
その罪を償うためにも、このまま死んだ方がいいだろう、きっと。
どうせ、彼女ももう、いないから。
目を閉じたまま、落ちる。どこまでも落ちていく。
負の奔流に任せ、この身の記憶と罪を、流していく。
『『炎ーーー!』』
『いやーーー!』
…聞こえる。懐かしい声が。
俺の名を覚えてる人、それを呼ぶ人、またいるのか。
目を開けた。
暗闇の中、いつの間にか、一縷の光が照らしてる。
無意識にそれに手を伸ばした。
その光から、呼応するように、人の手が伸ばしてくる。
細くて、頼りなさそうな、綺麗な手。
『
「炎が何かあった時、私が守るから」
「いや、それは俺のセリフだろう?」
「ふふふ」
』
…ああ、そうだった。君は、そう言ってたな。
俺が守るべきなのに、守れなかった。
でもそんなヘタレな俺でも、君は見守っているだろう、きっと。
そして、『諦めないで』、と。君は言うだろう。
なら、今一度、戻ろう。
君のためだけではなく、みんなのため。
いつか、どこかで会えたらいいな、例え、それが死んだ後の世界でも。
二人で最後までーー君もそう思うだろうか?
俺の大切な、麗。