第11話 神~その一~
炎がいる遠征隊が竜と遭遇し、戦いを始めた頃、リ・ストリ村でも竜の咆哮が聞こえた。
「何じゃ!?この音はまさか!」
「…ええ、竜…だと思います」
村を視察中のシアと福徳は、その声の正体を一瞬で判明した。神意としての戦闘経験が長い二人は、竜を相手にしたこと勿論ある。竜の何より特徴的なところは、遠い場所でも届く、竜の存在を示す轟音だ。
「音の発生地は…あの方角は!」
「遠征隊がいる場所じゃ!」
「…炎…!みんな!」
シアの顔が真っ青になり、遠征隊を助けるために、足早に村を出ようとした。
が、村の前に、その行動を阻むように、一人の少年が立っていた。
「どこ行くの?」
「…!」
たったの一言、それでシアを止めるには充分だった。
いや、そもそも言葉すらいらなかったかもしれない。
何故なら目の前のこの白い髪の少年はーー
「シア様!」
シアの後を追ってきた福徳も、その少年を見て、驚きを隠せなかった。
「何故、そやつはここにいるのじゃ…!」
シアと福徳は警戒を高めた。しかしそれと反対で、少年は軽い気持ちで返事した。
「何故、と言われても。ここに彼がいるから、ボクが来た。至極当然のことだと思うけど?」
彼という単語に、シアが眉間に皺を寄せた。
「…やはり、炎が目的なの?」
「はい~それはもちろん。それがボクの役割だから~」
「させない…!」
シアが神具を顕現させ、少年に純白の剣を向けた。
「ボクとやるつもりなの?ここで戦うと、村が消えちゃうよ?」
「…どうせ、村人を殺すつもりでしょう?」
少年の脅しの言葉に、シアが怯まなかった。その目に、決意が満ちてる。
炎を、絶対に守る決意が。
「いや、そのつもりはないよ?今のところは。人間たちは殺す程のことまだやってないし、あなたが大人しく付いてくれれば、さらに殺す理由もなくなるから、何もしないよ」
「私…?何で?」
「決まってるじゃないか。彼を戦う気にさせる、人質だよ」
少年はどこまで本心なのか、シアには分からない。ただ、彼は今でも敵意を出してないことからすると、本当にここで戦うつもりはない。別の場所で炎を誘うつもりだろうと、シアが考えた。
しかし、村人を守るために、炎を諦める?炎を守るために、村人を見殺しに?
心を抉る二択に、シアはーー
「迷う必要がないのじゃ。そやつを倒せば、終わる話じゃろう?」
「福徳さん…!?」
シアの前に、彼女を守るように、福徳の巨躯が聳え立った。
が、彼の顔に、汗が流してる。緊張の汗だ。
「ふん~?おじさん、ボクの相手にする?本気?」
「ワシより歳いってる偽小僧に、おじさん呼ばわりされたくないのう!」
「…くひ、くひひひ…」
福徳の言葉に、少年は楽しく口を歪ませた。
「…いいね。じゃあ、ちょっと遊んであげるよ。でも、」
少年はゆっくり歩き出し、
「すぐに死なないでね?」
一瞬で、二人の前から消えた。
「「…!」」
シアと福徳が驚いてる間に、次の瞬間少年は、福徳の正面に姿を現し、彼の腹に拳を叩きこんだ。
「ぐは…!?」
重い一撃。腹にしっかりめり込んで、厚い筋肉が凹むほど、体に確実に攻撃が入った。福徳はその頑丈な体を以てしても、喰いとめることはできず、後ろの森の樹木と一緒に、簡単に数百メートル外の所に吹き飛ばされた。
「福徳さん!!」
「ふふん、ボクに反抗した奴はそういう風になるんだ。わかった?」
「く…!」
シアが焦りと怒りに満ちた顔で少年を睨んだが、少年は最初と変わらず、全く気にしない体で鼻歌を歌った。
「どう?大人しくボクと一緒に行くこと決めた?」
「私は…」
「迷う必要はないよ。だって、元の君ならまだ可能性あるけど、力の大部分を封印に使った今の君だと、普通の神意と変わらない。つまり、ボクに勝ってない。それぐらい分るだよね?」
そう。勝ってない。少年は、完全に格上の相手だ。
それでもーー
「あやつの言葉聞く必要がないのじゃ、シア様」
離れた場所に、聞き慣れた声が響いた。
福徳が、空を舞う大量の塵をかき分け、少年に向かって歩いてきた。
彼の口端に、血が流れて。彼の体、少年が攻撃した箇所に痕が残ってる。
人間だったら、腹あたりの内臓が完全に破壊されたところだろう。
しかし福徳みたいな、人の思いで形成された神意は、内臓はない。
あるのは神璃ーー神の核、人間ていうと魂そのもの。
だから、たとえ体が酷いケガ負ったとしても、神璃さえ無事であれば、出力低くなるけど、ずっと戦える。
「…驚いた。ちゃんと当たったのに、生きてたんだ?」
もちろんそのことを少年も知ってる。それで逆に疑問が生じた。
神璃を破壊するつもりで攻撃したのに、相手は生きてた。
「…なるほど、あの一瞬で、居界を心臓から下の部分に限定して展開することで、防御力を上げたね?」
「そうじゃ。残念じゃったの」
福徳は少年を嘲笑うように言葉を返したが、少年は全く気にしない様子に、さらに面白がってる顔で福徳を見た。
「いや、全然?ボクの先の攻撃を、全力で防いでそのざまだから、後二、三回やればおじさん、死ぬんだよね?」
「…」
福徳は何も言わなかった。
威勢を張っても意味がないと、理解してるからだ。
少年の言う通り、先と同じ程度のものまた喰らったら、終わるじゃろう。
「…だとしても、引く訳にはいかないのじゃ!」
守るべき人間たちがいる、離れた場所で戦う未来ある若い希望がいる。
彼らのためにも、
「たとえ死のうとも、お前も道連れにするのじゃ…!」
福徳の足元に大地の色をした光の粒子が、少しずつ浮かび上がり、彼の体を包み込んだ。
「ワシが立っているこの地に、亡くなった者たちの思いが、崩れぬ壁と成り!」
村人たちが家を失い、故に守ってくれるものを願った。
死んだ人たちは、生きてる人を守ってあげたいと思い、故に守る力を持つものを願った。
その守りの願いに応えるものは、福徳。彼は、
「ワシは土地神ーー大地に住まうものを守る神じゃ!相手は誰であろうと、守り抜いてみせるのじゃ!」
福徳の体から神々しい光が溢れ出し、周りを照らした。傷も、みるみるうちに治っていく。
その姿は、村人から見ると、まさに神ーー
「へぇー、たかが無名の神意は、思いの力で再生できるんだ。中々やるね。でもね、」
少年は再び姿を消した。今度は福徳の正面ではなく、背後に回り、頭を狙って、蹴りを繰り出した!
「ちっ…!」
「守る力だけじゃ意味がないんだよ!」
ガンーーー!
二つの重い金属がぶつかった音が鳴り、辛うじて腕で防御できた福徳はまた吹っ飛ばされた。が、今回は十数メートルのところで踏ん張れた。
「おお、先と同じぐらいの力でやったのに、居界が破られたけど、今度はしっかりと受け止めたんだ。その思いの力、どうやら本物だね」
「当たり前じゃ!ここをどこだと思っておる。ワシの本拠地じゃぞ!負けるわけにはいかないのじゃ!」
「ああ、そういう…地理的に日本海だけど、大地は混ざってるから、思いが通じる訳だね」
神の災涙によって、地形が変わり、元々海だった場所は陸になったところ結構ある。
その場合、新しい陸は、延長コードの役割が発生し、思いを伝導できる。
だから座標が違っても、元の国、元の土地にいるように、力を発揮できる。
それでも、勝ってないだろう。シアは思った。
そして、福徳も思った。
全力で戦ってもどうにもならない相手は、世の中にいる。
それが、神話時代だ。
なら取れる行動は一つーー
(シア様、聞こえておるか?)
「福徳さん?」
シアの服に付いてる聖引石から、福徳の声が聞こえた。
彼は少年に注意を払いながら、気づかれないように通信を繋げた。
(ワシがあやつを止めるから、シア様は村人皆を北の廃墟に連れて逃げるのじゃ。北はワシが遠征した時、道を直しておる。さらにシャファのやつ、村の近辺の魔物を、ほぼ毎日のように食ってる関係で、もう魔物がない安全な道になってると思うのじゃ)
「でも、そうすると福徳さんは…!」
(大丈夫じゃ、簡単に死ぬつもりはないのう)
福徳は元気そうな声で話してるが、結果はどうなるか、二人の心の中にもう出ている。
それでも、やらないといけない。
(さあ、行くのじゃ!)
「…ごめんなさい…!」
シアの目から涙が零れ、福徳に謝りながら村に入り、最速で避難行動を始めた。
「あ、逃げるつもり?逃がさ…」
「させるかーーーーーー!」
少年は手に源素を集め、村を攻撃しようとした時、福徳は一歩先に仕掛けた。
「地神爆!」
「…!」
少年は反応することもできず、瞬く間に光の柱に飲まれた。
空をも貫く、土の光ーー
あれは、福徳が炎を訓練した時に見せたものよりは、数倍大きく、そして
綺麗だった。
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神とは何だ?
全知全能。できないことはない。欠点がない。完璧ですべてを守る存在。
そして負けない。
それは、人間の理想の神。人間が信ずる神。
だからその理想を叶えてあげるよう、頑張った。神として振舞った。
土を活性化し、植物を植え、いい生活環境を作った。
もちろんそれで村人たちに感謝された。
それも笑顔で。
神として些細なことをやっただけなのに、人間にとってはもう救われた気持ちになる。
それを見て嬉しいと満足感を感じた自分は、神として失格だろう。
自分の欲を満たす、みたいなことになってしまったから。
『まるで人間みたい』と、言われたこともあった。
でも、悪い気がしない。
人間の思いで生まれた神だ。人間寄りで何が悪い?
しかし、神としてやってくことは、もう今日でお終いだ。
負けないことを、俺が、叶えてあげられなかった、守れなかったーー