アリスとユリスの願い
「童話 定義」で調べてみました。
児童のために創作された物語だそうです。
いやー、子供になろう小説を読み聞かせる母親とかいる?と思ったりしました。
なので、童話っぽくはありませんね(言い訳)
それは、幼い頃の記憶──
地平線の彼方まで綺麗な夜空が広がる神秘的な場所にいました。
星々が自分たちの存在を主張するようにキラキラ光り輝き、子を暖かく見守る親のような偉大さでまん丸のお月様が夜空を照らしています。
その自然の神秘を盛り上げるように優しく吹く風が肌を擽り、アリスは気持ちよさそうに目を細めました。
「きゃっ……」
「うふふ。大丈夫?アリス」
「はい、おかあさま。風がとってもきもちいいです」
そう言って、無邪気に笑うアリス。
満天の星空の下、彼女のサラサラの金髪は穏やかな風に梳かれて、とても絵になります。
「おかあさまっ。わたくし、お月様とお話をしてきますっ!」
「えっ?」
言うが早いかトテトテ走っていくアリスは……頭から盛大にすっ転んでしまいました。
足元は障害物の全くない芝生と言えど、お月様を見上げて走ればそうなりますよね。
しかし、アリスは何もなかったようにムクっと起き上がると、またお月様に向かって走り出しました。
「あらあら」
そんな元気な愛娘を優しく見つめながら、母・ユリスは芝生の上に敷いたシートに腰掛けました。
遠くでお月様を見上げて何かを喋っている様子のアリスが微笑ましくて小さく笑うと、自らも広大な夜空を見上げます。
どこまでも広く大地を覆い、青黒い夜の色が照らす様は、地上の命を浄化するように、ただひたすらに美しい。
そのとき、ユリスは視界の端から端へ横切る光の線を見ました。
瞬きの許されない一瞬で夜空に線を描くそれは、流れ星です。
ユリスは、両手を胸の前で組み、その深緑の瞳を閉じました。
(…………………3)
(…………………2)
(…………………1)
ユリスは、ゆっくりと目を開けます。
そして、胸の内で願いを紡ぎ始めるのと一緒に、流れ星の群れ【流星群】が夜空を駆けました。
無数の光の線を夜空に描き出し、幻想的な雨を降らせるのです。
「おかあさま~!すごいですっ!すごいでしゅよっ!」
遠くからピョンピョン跳ねながら戻ってきたアリスは、いつもと違う母の様子を見て不思議そうに首を傾げました。
いつもなら優しく笑いかけてくれそうなのに、今は両手を組んで夜空を見上げていました。
少し経って、ようやくユリスは流れ星への祈りを終えました。
「……………ふぅ」
「おかあさま。さっきは、何をなさってたのですか?」
「うふふ。流れ星にお願い事をしていたのよ」
ユリスがそう言うと、アリスは目をランランと輝かせ、ずいっと身を乗り出します。
〝目は口ほどに物を言う〟という言葉がピッタリですね。
「うふふ。アリスもやってみる?」
「はいっ!!」
ユリスは、母を真似て両手を胸の前で組み、星々を見上げます。
何をお願いしようかなー、と楽しそうに色んなことを頭の中に描き出し、お願いしたいことを取捨選択していきます。
「流れ星へのお願い事は決まったかしら?」
「はいっ!お城のみんなが、ううん、お国のみんながこれからもずっと幸せでいてほしいです!」
「あらっ。アリスはとっても優しいわね」
そう言って頭を撫でてくれる母の手が優しくて、アリスは気持ちよさそうにしながら母の懐に潜り込みます。
体を密着させて、顔を上げると間近に母の顔があることが、アリスをとっても幸せな気持ちにしました。
「でもお願い事が少し長いかしらねぇ。流れ星がいなくなっちゃう前に3回繰り返しお願いをすると、そのお願いが叶うと言われているのよ」
「3回も?」
「そうよ。3回も」
・
・
・
「……無理ですぅ~。3回なんてぇー」
「あら。私はアリスぐらいの時に成功しているわよ。願いも叶ったもの」
「ほんとうっ!?じゃあ、私もっ」
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜
朝。カーテンから陽の光が差し込む眩しさに、アリスはゆっくりと目を覚ましました。
もう10年近く前の出来事が、今、夢となってアリスの記憶を掘り起こしたようです。
「んぅ………夢……。そういえば小さい頃、お母様と満天の星空を見に行ったことがありました……あっ!」
アリスは何かを思いついたようにベッドから飛び上がると、寝癖もそのままに部屋を飛び出していきました。
そして、父がいつも仕事をしている部屋へ突入します。
「お父様っ!お母様を治すには、もうこれしかありませんっ!」
「──っ!?びっくりした。……今ユリスを治すと言ったのか?」
「はいっ!」
───かくかくしかじか。
アリスは夢で見た小さい頃の記憶を話し出し、流れ星へのお願い事が唯一母を助ける道だと説きました。
不治の病に侵され、余命いくばくかの母を助けるにはこれしかないのだと、目に一杯の涙を溜めて。
「……たしかに。あそこは大陸一神聖な場所で、精霊が多く住まう場所だ。願い事が叶いやすいというのはある。だが、それは」
「お父様っ!お父様は……お父様は………お母様をっ………」
アリスはそれ以上言えませんでした。
お母様が病気と闘っているのに、お父様はいつも通り机で仕事をしているのが嫌で、でも、お父様の憔悴しきった顔を見れば何も言えません。
王という立場。
それは、治る可能性がほとんどない妻に付きっ切りでいるわけにはとてもいかない、残酷な立場でした。
常に国全体を見ていなければいけないのです。
父の仕事部屋を出たアリスは、メイドに捕まって身だしなみを整えられた後、今度は兄の部屋に突撃します。
しかし、父の手伝いで国中を駆け回っている兄は、今日もお城にはいませんでした。
他に兄姉弟妹は2人の姉がいますが、どちらも他国に嫁いでいて暫く会っていません。
皆お母様のことを何とも思ってないのかと、堪えていた涙がついに一筋零れてしまいました。
そんなときです。
背後からの明るくぶっきらぼうな声がアリスの弱々しい背中を押し、元気を引き出してくれます。
「何小さくなってんだよ。いつものうるさいぐらいの元気はどうしたよ?アリス」
そう言ってニカッと笑ったのは、アリスと同い年15歳の少年、オリオンでした。
涙目ながら薄く微笑んだアリスが振り返ります。
その表情の破壊力ときたら、思春期の少年には耐え難いものがあります。それが好きな女の子ならなおさらかもしれません。
「ぅっ………あ、アリス?泣いてたのか?」
「オリオン……。あっ、な、泣いてない!泣いてないわよっ!」
誤魔化すように目元をゴシゴシ擦りますが、涙の跡が余計にくっきり残ります。
そんな姿を見て、オリオンは優しげに笑いながら、涙の原因を尋ねました。
「王妃様のことか?」
「……………オリオンには関係ないしぃ」
「ほぉぅ?生意気なのはこの口かぁ?」
「はまいきにゃのはほうぜんでほ。わらひ、おうひょらんひゃから」
両頬を軽くつねってくるオリオンに、アリスは抗議の声を上げます。
しかし、何を言っているのかわかりませんね。わかりますか?
「……オリオンぅぅ。わらひ、どうふれびゃいいとおぼぅ゛~~~」
「何に悩んでんのか知らねぇけど、俺が知るアリス姫は、『こうと決めたらこう!』って感じだ。俺がそうしろって言ったらそうするのか?……じゃあ、そうしろ!」
「………?わかっは。ほうふる!」
「………お、おう?」
自分で言ってよくわかっていないオリオンは、結局どういうことだ?と首を傾げながらアリスの頬から手を離しました。
逆にアリスはさっきまでとは打って変わり、スッキリした顔をしています。
───かくかくしかじか。
「……それってもしかして【聖域】のことか?」
「えっ!?そうなの?……あっ、言われてみれば、お父様が大陸一神聖な場所で精霊が多く住んでるって……」
「聖域のことだな。……アリス。本気か?」
「何よ。そうしろって言ったじゃない。だから、私は行く。行って、お母様のご病気が治るようにお願いするわ」
しかし、アリスの父が反対した理由は、聖域へ行くのが難しいためです。
聖域の周りには深く大きな樹海が広がっており、複雑な地形と生息している魔獣が容赦なく襲ってくるのです。
アリスが幼い頃に行くことができたのは、英雄王と言われた強い父がいたからで、年を取って現役を退き、机仕事ばかりしている今の父では、とても護衛の任を成し遂げることができないのです。
王が国を離れるのが難しいというのもありました。
「いや、言ったけど……」
アリスの決意に満ちた強い瞳を見て、オリオンは諦めのようなため息をつきました。
自分で煽ってしまったのを少し後悔しましたが、それでも、今のアリスを見ていると彼は安心するのです。
「仕方ないな。……アリス姫。私、一等騎士オリオンは、聖域への道中、貴女だけの剣となり盾となりましょう。……お手を」
「…………オリオン」
恭しく跪き、手のひらを上にして差し出しながら紡がれたオリオンの言葉に、アリスは一瞬驚きました。
しかし、彼の覚悟に報いるために、アリスも手を差し出します。
頬を染めながら出されたアリスの手に自分の手を添えたオリオンは、彼女の手の甲に軽い口づけを落とし──
「アリス姫のお望みのままに」
そう言うと、自信ありげにニカッと笑ったのです。
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜
オリオンを含めた仲間と一緒に、父の反対を押し切ってお城を、国を出たアリス一行は、ひと月もの時間を経て、ようやく聖域へ到着することができました。
皆顔には笑みが浮かんでいますが、体はボロボロです。
アリスももちろん野宿に次ぐ野宿で、体は疲れ切っているはずですが、聖域へ着いた途端に残る力を振り絞り駆け出しました。
「ここですっ!ここが………お母様と流れ星を見た場所………です」
そこは、幼き頃の記憶そのままに、星々が爛々と輝いていて、アリスたちを歓迎しているかのようです。
しかし、お目当ての流れ星は一向に現れません。
「………ここが聖域か。噂以上だな。……アリス?」
オリオンの驚きの声は耳に入れず、アリスは昔母に教わった通りに胸の前で両手を組みます。
そして、軽く跪き、祈りの体勢で目を瞑りました。
あの時のお母様を思い出して───
(流れ星さん。あの時のお願い事は、大きすぎました。ごめんなさい)
(私は、お母様を救いたいです。大好きなお母様を救いたいっ………)
(どうか。…………どうか)
目にギュッと力を入れて、両手にも力が入ります。
この想いが、どこまでも高く昇って行けるように───
「──っ!あ、アリスッ!あれっ!!」
オリオンの驚きの声に、アリスはハッとして目を開けました。
そこに広がっていたのは、地上の苦悩など知るかとばかりに自由に飛ぶ流れ星たちが、虹のように夜空に橋を描き出す神秘的な光景でした。
その光景にただただ圧倒され、アリスの瞳から自然と涙が零れ落ちました。
想いが届いたような抜群のタイミングで、まるでアリスを応援しているかのようでした。
(ユリス生きて。ユリス生きて。ユリス生きてッ!!)
道中、考えに考え抜いたお願いの言葉を紡ぎました。
その想いと言葉の強さは、流れ星に届いたことでしょう。
しかし───
『アリス。強くなったわね』
「……っ!?」
いつの間にか、そこに母がいました。
いつもの優しい微笑みを浮かべて、流れ星を背に立っています。
涙で視界が悪いせいかと、目を擦るアリスですが、母を見間違えるはずもなく、それは紛れもなく母でした。
しかし、母の体の輪郭をエメラルドグリーンの輝きが纏っており、一瞬だけ引っ込んだ涙がドバッと次から次へと溢れ出してしまいました。
それは、知ってしまったからです。
エメラルドグリーンの輝きは、実体のない霊魂である証なのですから。
『アリス。ごめんなさい。母が弱くて、貴女には苦労をかけたわね。でもね。これだけは信じて。流れ星は、本当に願いを叶えてくれるのよ。だって、最期にこうやってアリスと会わせてくれたんだものっ』
「うぅぅ~。えっぐ、ひっぐっ、ぅぅぅ弱くなんて、な゛い」
アリスは泣き声を止められません。
願いが届く前には、ユリスはもう………。
ただ泣きじゃくる愛娘を前に、ユリスはいつもよりも力強い声で語りかけます。
『アリス、貴女は誰よりも強い子よ。自分の信じる道を突き進んでいいわ。迷子になったり一人じゃ難しいことに出くわしたら、きっとオリオンが何とかしてくれるから。だから、ちゃんと手元に置いておかないとダメよ?あの人には、他国の王子に嫁がせたりしたら呪い殺すって言っておいたから安心してね』
最後の言葉が恐ろしくはありましたが……。
そして、オリオンへ顔を向け、『いいわね。オリオン』と爽やかな笑顔で愛娘を託す様には、一種の脅迫の意を含んでいました。
オリオンが緊張気味に、でもしっかり返事を返すと、ユリスは安心したようにニッコリ微笑み、またアリスへ顔を向けます。
『ずっと見守ってるから、あまりハラハラさせないでね。───アリス、愛しているわ』
ユリスの姿が泡のように溶けて、儚く消えていきました。
アリスたちを見守るために、流星群の中心で一際強く輝いているあの星に、旅立っていったのかもしれません。
「お゛があ゛じゃま゛あ゛あああああああぁぁぁぁ」
アリスの悲しみの叫びが、どこまでも夜空を切り裂いていきます。
その悲しみを少しでも共有して分散できるように、オリオンはそっとアリスの体を抱きしめました。
ありがとうございました。