第二話 『体質ーBad statusー』
前回の出来事:おっぱい吸ってたら時間が過ぎた。
常夜の国にまだ陽の光があった頃、
彼の国には2人の女傑が居た。
《蒼き瞳》ルィンヘン
《昏き影》クルエラ
彼女らの誕生によって、夜の魔族は青天に覇を唱え、
彼女らの死によって、夜の魔族は青天を永遠に失った。
故にその名は決して口にしてはならない。
《魔王》も《吸血王》も何人たりとも、想起することさえ許されない。
彼女らの名を呼んだ《憂国》エインズワースは首を飛ばされて死んだ。
彼女らを嗤った《白麟》キンツェラは心臓を抉られて死んだ。
彼女らの残した罪。
島を包む『それ』を、島が孕む『それ』を、
何人たりとも求めてはならない。
――――――――――
何事もなく5年が過ぎた。
これといって特別な事件は起きていない。
俺の誕生から起きた出来事と言えば、
・俺が最初に言った言葉が「しぇーな」だったこと。
・俺の初ハイハイ。
・俺の初つかまり立ち。
・俺の初二足歩行
などである。
俺の成長以外この数年間何もなかったし、
ラノベ的事件やその予兆は何ら起こらなかった。
極めて平和である。
「アーくん、ご飯できたよ~」
ベリーショートの金髪に白雪のような肌、
整った目鼻立ちと、抜群のプロポーション。
我が母シェイナである。
マジでなんで、この人が母親なんだ。
男女の関係で出会いたかった。
まあ、キスもパンチラもお触りも自由だし、文句は言えんが。
シェイナは魔法使いである。
陣もなく、詠唱もなく、血を垂らすこともなく、呼吸するように魔法を使う。
この世界がどういう世界で、魔法がどんな扱いなのかはわからないが、
どうやらシェイナはかなりのやり手のようである。
獲物を置きに来るイルクが「やはりお前は天才だな」とか「なんでこんな村にいるのか不思議だ」とか言うのだ。
たぶん、平均を超えた実力の持ち主なのだと思う。
シェイナが使う魔法は水魔法と火魔法だ。
というか、生活に必要なことに使うだけなので、
水瓶から水を汲み上げているところ、服や掛布団を洗うところ、
竈門に火をつけるところぐらいしか見たことがない。
もしかしたら、「かえん〇うしゃ」とか「ハイド〇ポンプ」とかも使えるのかもしれないが、ただ生活するだけなら見る機会はなさそうである。
…
そんなある日。
衝撃的な事実が発覚した。
俺は魔法が使えない。
日々、魔法を出そうとしては果実(汚)を出し。
日々、魔法を出そうとしては聖水(汚)を出し。
流石に、3歳になる頃には漏らし癖は治ったのだが、
結局魔法を使うことはできなかった。
そんな時、シェイナが俺に真剣な顔で聞いてきたことがあった。
「アーくんは魔法が使いたいの?」
小首をかしげながら、こちらを覗き込む母の顔。
何度見ても美しい。
血縁関係があるせいか性的興奮はしないのだが、
それを抜きにしても「異世界人かくあるべし」と言わんばかりの顔立ちだ。
「じゃあ、検査してみよっか」
(え、魔法って検査できるんすか?)
連れてこられたのは廊下の突き当りにあるシェイナの部屋。
今までは「危ないから入っちゃダメ」と部屋にカギがかけられていて、
中を見ることさえ出来なかった秘密の部屋。
女性の部屋に入ったら君はまず何をする?
そう。正解は臭いを嗅ぐだ。
全力で鼻をヒクヒクさせて、全身全霊の深呼吸。
「……ん?」
が、ちょっと予想と違う臭いがした。
女性特有の、とかそういう類のものではない。
一番近いのは、神保町にある古書店の臭い、だろうか。
なんか違う気もするがイメージ的にはそんな感じの、紙っぽい臭いがする。
俺の部屋の匂いのもとってこれか?
(てか、ちょっと狭くね?)
シェイナの部屋は俺の部屋より更にこじんまりしていた。
部屋にあるのは窓と机とベッドだけ。
部屋の至る所に分厚い本が積み上げられているあたり、
どこぞの学者先生が住んでいる部屋のようだ。
「ここはママの部屋なの。いつもは入っちゃだめだからね?」
うふふ、と笑うシェイナはどこか上機嫌だ。
息子が自分の真似をしていたことが余程嬉しかったのだろう。
ベッドの上に散らばっていた本を床に下ろすと、
シェイナは俺をベッドの真ん中に座らせた。
ちらっと目に入った本の表紙は、何を書いてあるのか全然わからなかった。
(そっか、まだ俺文字読めないのか)
年齢を考えれば当然なのだが、俺はまだ読み書きができない。
異世界転生モノお決まりの言語の祝福的な、言葉全般は転生前と同等のレベルが異世界でもできます、みたいなことは残念ながら起きていない。
読めない文字はただのデザイン。
なるほど、その通りだ。
「ちょっと待ってねー」
シェイナは俺に背を向け机の隣の何もない壁に向かって立った。
「【解錠】」
(おおっ!)
シェイナは右手を壁に触れてそう言うと、一瞬空間が歪み、
ホログラムが解除されるように壁に嵌め込まれた書棚が出てきた。
(どうりで狭いわけだ)
書棚には分厚い本のほかに、怪しげな液体が入ったビーカーや、水晶、トロフィー、不気味な像などが並び、一番上の段には長い杖のようなものが飾られている。
他の部屋の間取りに対してこの部屋が狭いのは、
隠している書棚の分があるからなのだろう。
(そうだよ!そうだよ!俺はこういうのを待っていたんだ!)
シェイナが普段使う魔法も十分すごいんだが、
何分用途が料理、洗濯、食器洗いってのは地味すぎる。
もっと心くすぐるような魔法が俺は見てみたいのだ。
「はーい、アーくんおてて出してねー」
シェイナは棚の下の方に置いてあった紫色の水晶玉を持ってくると、
それをベッドの上に置いて俺の前にしゃがみ込んだ。
ベッドに座っているので少しだけ俺の方が視線が高い。
いい谷間してやがる。
俺の右手をシェイナは軽く握ると、水晶にペタッと押し付けた。
「ママが良いって言うまでおてて離しちゃダメだからね」
水晶は予想よりもひんやりしていて、ちょっと驚いた。
予想よりもどころじゃない。かなり冷たい。
なんだこれ、氷か?
「つめたい」
ずっと触ってると痛くなるぐらい冷たい。
今まで書棚に入っててこの冷たさなのは、この水晶自体が特殊なアイテムなのか、それともあの書棚が実は冷凍庫なのかどっちだろう。
液体とかあったし、冷蔵機能はあってもおかしくなさそうだ。
「ちょっとだけ待ってねー」
シェイナはしゃがみながら、床に置いてある一冊の本を開いた。
本に目を向けながら、右手で俺の左手を握り、余った左手で水晶に触る。
水晶を挟んで輪を作るような形だ。
「【巡れ 巡れ 巡れ
可能性をここに 導きをここに
幼き我が息子に路を示せ】」
詠唱(?)らしきものが終わる。
すると、俺の手を握るシェイナの右手が光だし、その光が俺に流れ込んでくる。
光は俺の左手から左腕、肩、胴体と流れ、右肩に近づくと――、
「え?」
弾けるように光が消えた。
シェイナは何か驚いたよう顔をしている。
どうやら思っていた結果とは違うらしい。
「ちょ、ちょっと待って」
シェイナは同じ詠唱を繰り返した。
同じぐらいの光が、同じような感じで出てきて、
俺の右肩の、ちょうど鎖骨を越えたあたりで、またしても消えた。
これは……どっちだ?
(あ、)
シェイナの顔を見て察した。
「……あー、えーっとね、うーんと」
何とか言葉を探している。
俺を傷つけまいとしているのだろう。
その努力をするなら、まずはハの字になった眉毛から隠すべきだぞ母よ。
「……僕は魔法が使えないの?」
極力平坦な声を出したつもりだ。
何か残念な結果が出たのは明白だ。
適性が無い、あるけど著しく弱い、とかな。
シェイナは一瞬目を見開くと、悲し気に目を伏せて頷いた。
あまりショックは感じなかった。
というより、納得の方が大きかった。
確かに竜〇斬や術〇解散が打てないの残念だ。
けど、よく考えたら、俺は魔法が使えずウ〇コを漏らしていたような奴だ。
5年過ぎて何の片鱗も見えないあたり、ハナから素養が無かったんだろう。
「アーくん、あのね、嘘はつきたくないから本当のことを言うけど」
「うん」
「アーくんは多分、不伝導体質なんだと思う」
「……ふでんどうたいしつ?」
「うん」
シェイナの説明によると、今回やったのは「余剰魔力の排出」と呼ばれる魔法だそうだ。
シェイナが魔力を流し込んで俺の「魔力の器」を飽和させる。
すると、シェイナの魔力に押し出さた俺の魔力が、
流し込まれた方とは逆の手から溢れて水晶に放出される。
水晶はそれを検知・収集し、魔力の質や量や密度を見極めてくれるんだそう。
んで、今回の結果は「魔力はあるが使うことはできない人間」ってことらしい。
魔力を溜めるタンクはあるが、放出する為の蛇口が無いから魔法が使えない。
シェイナはこれを「不伝導体質」と言った。
極稀に現れる特異体質らしい。
(まあそんなもんか)
ガッカリ感は否めないが、まあそういうこともあるだろう。
社会人生活で得た諦めの良さは、こういう時ポジティブに働いてくれる。
魔王を倒すわけでも、魔女教に立ち向かうわけでもなし。
無いなら、無い。
使えないなら、使えない。
ただ、それだけの話だ。
「そっか」
俺の頭をぎゅっと、普段より少し強めにシェイナが抱きしめてくれた。
抱きしめながらシェイナは何か色々言ってくれた。
多分励ましの言葉とかだろう。
耳が塞がってよく聞こえなかったけど、思いだけはしっかり伝わった。
…
それから数日の間、シェイナは特に優しかった。
俺が深く傷ついていると思ったのだろう。
一々俺の言動に気をかけてくれたし、直ぐに俺のことを抱きしめてくれた。
魔法の話題には触れたがらなかったが、
俺が聞くと躊躇いつつもちゃんと答えてくれた。
この世界の人間はみんな魔法が使えるのか?
→ほとんど使える。
シェイナはどのレベルなのか?
→若い頃はハンターをしていたのである程度戦闘用の魔法も使える。一流ではない。
この後、俺が魔法を使えるようになる可能性は?
→ほぼ0。
最後の質問にはすごく答えづらそうだったが、
正直に答えてくれたのは彼女の誠実さゆえだろう。
いい母親である。
いつものように俺を胸に抱きしめると、額に何か落ちてきた。
シェイナが泣いていた。
ポロポロ、堰を切ったように涙が溢れてくる。
「ごめんね……ちゃんとママが生んであげられなくて……ごめんね……」
辛かったのだろう。
何度も何度も謝るシェイナを見ていると、俺まで泣きそうになってきた。
強く掻き寄せるように抱くシェイナの腕に、俺もぎゅっと抱きしめ返す。
柔らかい体が一瞬ビクッと震えたが、
お互い無言のまま、しばらく抱きしめあった。
確かに魔法は使いたかった。
けど、母親を泣かせてまでやりたいことかと聞かれれば、そうではない。
質問していたのは多分未練があるからで、
けどそれもシェイナの泣いた顔を見て吹っ飛んだ。
広瀬ハルは死んで、アラン・ピコノースとして生まれ変わった。
生みの親を泣かせるようなことはすべきじゃない。
(そうだ、何かやりたいことを見つけよう)
魔法に執着する限りシェイナの顔は曇り続ける。
なら魔法ではない何か別のことをやろう。
なんだっていい。何か趣味を。
「僕、絵が描きたい」
こうして俺の魔法訓練の日々は終わりを告げ、画家修業の日々が始まった。
――――――――――
絵を描きたいというと、シェイナはすぐに用意してくれた。
最初は一冊のスケッチブックと鉛筆だった。
俺はスケッチブックを与えられて以来、毎日絵を描いている。
元々、絵を描くことは好きだった。
下手な絵を描いては誰もフォローしてないツイッターの裏垢に投稿する毎日。
そんな青春時代を過ごしたせいか、
社会人になってからも折を見ては絵を描いていた。
風景画、人物画、抽象画、何でも描いた。
一番描きたかった娘はモデルを嫌がったので描けなかったが、近所では絵の上手いおじいちゃんとしてちょっと有名になっていた。えっへん。
俺の前世を知らないシェイナは、俺の絵を見てめっちゃ驚いていた。
我が子は天才だと憚ることなく言うシェイナに、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分……いや、シェイナが笑顔になってくれて嬉しさ120%だった。
モデルはシェイナだ。
美人だしスタイルもいいし。
こんなに描いてて楽しいモデルは生まれて初めてだ(5歳だけど)。
背中を向けて料理をするシェイナ。
疲れてお昼寝するシェイナ。
水魔法を使って洗い物をするシェイナ。
美しい。
等身大の石像を作りたいぐらい美しい。
かのダビデ像の隣に並べても引けをとらないぐらい……いや、それはダメだな。
俺以外の裸の男が近づくのは許さん。
「アーくんは本当に上手なのね」
シェイナは自分がモデルだと知ると、恥ずかしそうに目を細めつつ、よく褒めてくれた。
「将来は絵描きになるのかな?」
それもありだなと思うが、最近は違う将来を考えている。
言うべきか一瞬迷い、隠す必要もないので言うことにした。
「それもいいけど、将来は冒険したい」
冒険がしたい。というか旅がしたい。
せっかくの異世界。
せっかくのファンタジーワールド。
魔法が使えないからなんだって言うんだ。
魔法なんて無くても、俺はこの世界を満喫したい!
「……アーくんは冒険がしたいの?絵描きになるんじゃなくて?」
「うん」
「どうしても、なの?」
シェイナは悲しそうだ。
5歳の息子が親元を離れたいと言っているのだから当然かもしれない。
「……うん」
シェイナはなんて言うだろうか。
魔法が使えないのだから、ダメだというのだろうか。
ほとんどの人間が魔法を使えるこの世界で俺は無力だ。
子供の身を案じてそういう結論に至るなら、
多少粘って、タイミングを見て諦めよう。
泣かせないと決めたばかりだ。
「わかった」
一言そう言うと、止めるでも諫めるでもなくシェイナは私室へ戻って行った。
(今の反応はなんだ?)
ちらっと見えた表情は明るい暗いというより、
何かを考えているような感じだったが。
(まあ、いいか)
ダメで元々だ。
俺が親なら、魔法が使えるのが当たり前の世界で魔法が使えない子供の旅なんて心配でたまらないし、きっと許さない。
それならそれでいい。
前世みたいに油絵を描いて、それこそシェイナの言う通り絵描きにでもなろう。
イルクに狩りを教えてもらうのもいいかもしれない。
この周りは巨木が生い茂る森だ。
適当に木材を入手して木彫りを始める、なんていうのも楽しいかもしれない。
妄想に浸ってスケッチブックを捲っているとシェイナが部屋から出てきた。
手には数枚の紙と便箋。
誰への手紙だろう。
俺の前にしゃがみ込むと、シェイナは俺の髪を撫でた。
「冒険はもうちょっと大きくなってからにしましょうね」
「うん」
どうやらダメらしい。
まあ仕方のないことだ。
ここは潔く諦めるとし――
「冒険するなら、強くならないとね」
握った手紙を指に挟みパチッとウィンクしてきた。可愛い。
ん?強くなる?
どういうことだ?
「家庭教師をつけましょう」
シェイナはそう宣言した。
読了ありがとうございます!!
『面白かった』『つまんなかった』どんな感想でも結構です!
少しでも続きを読みたいと思っていただければ、評価・ブックマークお願いします!!