策略を練るご令嬢
前回のあらすじ
ウィリアムが面倒な性格をしている
テンプトン商会は、外国からやってきた行商人がルーツとなっている。この国に腰を据えた時に発足した寄り合いが、発展して出来たものだ。
様々な地域を渡り歩き、集めた情報。それが、薬のレシピ。だから、テンプトン商会のマークは釜とかき混ぜるための匙。
お母様はそんな薬のスペシャリスト。『テンプトンの魔女』と言われるほどの腕前なの。
屋敷の離れにある工房は、そんなお母様の為に建てられたところ。
小さい頃に何度か足を踏み入れたことがあるけれど、何度見てもびっくりするくらい色んな棚が所狭しと置かれていてびっくりするわ。
その中でも、人が一人入れるぐらい大きい釜は圧巻ね。
わたくしと同じく白衣に着替えたお母様が問題を出してきた。
「キャリー、薬を作るのに大事なことは何か分かるかしら?」
「はい、お母様。材料を間違えないことです!」
「半分正解よ。大事なのは、どんな効果が欲しいのかしっかり考えること」
わたくしは思わずキョトンとする。
「小腹を満たすために必要なのはシリアルでしょう? でも、お腹いっぱいになりたいからとチキン丸々一匹を皿に盛ったって意味はないのよ」
「なるほど……?」
「薬は効果が強いわ。勿論、副作用もね。だから、どういう状況に必要なのかはっきりさせてから作らないと、すごく大変なことになるの」
大事な話だと悟ったわたくしはメモを取る。『目的は大事』『副作用はすごく大変』。覚えておきましょ。
「まずは打ち身に効く軟膏を作りましょう」
「はい、材料はどれを使うの?」
わたくしの前に置かれた材料は様々なものばかり。ローズマリーと透明な液体の入った瓶、そしてワセリンの三つ。
「そこにあるもの全部を使うわ」
「このワセリンも?」
「ええ。まずはローズマリーとエタノールをビーカーに入れるのよ」
手近にあった鋏を使ってちょきちょきしながらローズマリーのを入れる。ふわりと香りが広がった。
「それをビーカーにいれて成分を湯煎しながら抽出するの」
「分かりましたわ」
お母様の指示に従って、ひたすら湯煎。
ぶくぶくと気泡が沸いても私はぐるぐると混ぜ続ける。
エタノールの成分でローズマリー成分を引き出し、熱を加えてエタノールの成分を追い出す。
足し算と引き算、それが薬学の道だとお母様は仰った。
「がんばれ、がんばれ、キャリー♡」
お母様の応援を聞きながら、ひたすら混ぜる。なかなか地道な作業ですわね、これ。
「ふれっ、ふれっ、キャリー♡」
あーあ、貴族なら、こういう仕事を魔法でぱぱぱっと出来るのに……って、文句言っても始まらないわね。
「やれば出来るわ、キャリー♡」
「お母様、気が散るのでやめてくださいませ」
「あらあら、元チアリーダーの私じゃ役不足だったかしら」
綺麗な薄緑色の液体となったものにワセリンを入れ、溶かしながら均一になるように混ぜる。
「あら、昔に教えていたのを覚えていたのね。偉いわ!」
お母様に褒められたわたくしは少し照れてしまう。
混ぜ合わせていけば、時々お母様がわたくしの怪我に塗ってくれた軟膏の色に近づく。
「中身を容器に入れて、固まるまで待てば完成よ」
「これですわね。……あら? 余りましたわ」
お母様が用意してくれた容器一つでは収まりきらない。捨てるには勿体ない量にわたくしが困っているとお母様はクスクス笑う。
「あらあら、余ったものはもう一つの容器に入れればよいでしょう」
「それはそうなのですけど……」
「一つはフレデリックに、もう一つはお世話になっている人にでも贈りなさいな」
「んにゃっ!?」
思わずびっくりしてお母様の顔を見つめ返す。
「あら、キャリー。もしかして好きな人でも出来たの〜?」
「んにゃにゃ!? 何言ってるか分かんないよ!?」
「このこの〜、すっかり大人になったわね〜!」
震える手で容器に残りの軟膏を詰めていく。
テンプトン商会のマーク付きの容器。
このマークがあるかどうかで価格が大きく変わるそうですわ。
「あら、もうこんな時間。さあ、片付けをちゃっちゃと済ませましょう」
「はい、お母様」
手早く使ったすり鉢を水で流して、たわしで汚れを落としてからスポンジで丁寧に洗う。石鹸が残らないようにすすいで、柔らかいタオルでしっかりと拭く。
水気や石鹸の成分が薬に影響することもあるから、こういう丁寧な仕事が大切なのだとお母様は語っていた。
「よく出来たわね、キャリー。勉強をしていけば、いつか私の跡を継げるわ」
「頑張りますわ!」
完成した軟膏をポケットにしまって、わたくしとお母様は家に戻る。
夕食の時間まで、まだ少し時間があったのでわたくしはお兄様の部屋を訪れる。
「お兄様、わたくしお母様と一緒に薬を作ったの。打ち身に効く軟膏なのだけど、良かったら貰ってくださいな」
「本当かい、キャリー! ありがとう、大切に使うね」
満面の笑みで受け取ってくれたお兄様。作ったものを喜んでくれるとわたくしまで嬉しくなるわ。
問題はもう一つの軟膏。
軟膏が必要になるであろう人で、わたくしの知り合いがいるとしたら……ウィリアムだ。ペトラに渡しても持て余すし、クラスメイトにいきなり渡すのも気が引ける。
それにあの生意気が、ライバルであるわたくしからの贈り物を素直に受け取るはずがないわ。
ウィリアムの机に入れる?
もしわたくしだったらそんな怪しいもの、すぐにゴミ箱にぽいするわっ!
どうしましょう、どうしましょう。
もういっそ、渡さないという選択肢もあるかしら。
どうせ、受け取ってくれないんですもの。
きっと『いらねえ、迷惑だ』の一言で切り捨てられてしまいますわ。
……なんか、ムカついてきたわね。
こうなったら意地でも受け取らせてみせる。これはしっかりとシミュレーションする必要がありそう。
「ふ、ふふふ。わたくしの頭脳に不可能はありませんわ!!」
やる気がみなぎってきたわたくしはノートを広げ、意気揚々と計画を練り始めたのだった。
◇◆◇◆
一方その頃、逃げるようにキャロライナと別れたウィリアムはまたも自己嫌悪に陥っていた。
自室のベッドに飛び込み、枕に顔を押し付けて叫ぶ。
(なんで俺はいつも棘のある言葉しか言えないんだよおおっ!)
折角のチャンスを自ら棒にふる様は実に滑稽である。数々の友人がそれで恋愛に失敗しているのを知っているウィリアムだったが、己の事となると、なるほどそう振舞ってしまうのも納得してしまう。
『もし』や『たられば』を考えるとぞっとして、結果心にもない言葉を投げかけてしまうのだ。
送迎だって、フレデリックから頼まれたような口振りで説明したが、実際は逆だ。キャロライナの兄が『ルーク・ウェスタン、滅ぼさねば……』と呟きながら険しい顔をしているのを見かけたウィリアムが、『用事あるなら俺、キャロライナ送って行きますよ?』と持ちかけたのだ。
コロコロと表情を変えるキャロライナは見ているだけで気分が明るくなる。何かをするのにも一生懸命で、真っ直ぐな彼女といれば失恋を忘れられるかもしれない。
そんな淡い期待が、まるで真綿を締めるようにウィリアムを追い詰める。そう、蓋をしたはずの恋心が油断するとすぐにでも顔を覗かせそうになる。
(つーか、ライバルってなんだよ……なんでいつも微妙に距離を取るんだよ……)
不可解なキャロライナの発言、その真意を聞くこともままならず。ウィリアムは今日も時間を浪費する。
「寝よ……寝て、嫌なことは忘れるに限る……」
ウィリアムは知らない。これから己がどんな運命に巻き込まれるのかを。
彼は呑気に寝支度を整えてベッドに横になる。その瞬間、ゾッとするような悪寒が全身を走った。
「……? なんだ、気のせいか」
己の思い過ごしと捉えて、ウィリアムは目を瞑った。
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