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素直になれない帰り道


 剣術大会の第一予選が終わり、わたくしは後片付けに精を出す。

 明日明後日も予選が行われるから、次の保健委員が困らないようにしっかりと点検するのだ。


「よし、今日の仕事は終わり!」


 他の保健委員が続々と帰っていくなか、わたくしも鞄を片手に帰宅準備を済ませ、校舎の外に出る。


「遅ぇよ、キャロライナ」

「げ、何故ウィリアムがここに!?」


 意気揚々と帰ろうとした矢先、声をかけてきたのは我が宿命のライバル、ウィリアム・ノーランド。

 自転車に乗りながら、気怠げにハンドルに頬杖をついている。

 放課後だからって学園の制服を着崩すのはどうかと思うわ。風紀が乱れてしまいますわ、主にわたくしの!!

 見慣れたはずの幼馴染が、シャツから覗く素肌が眩し過ぎますわあ!!


「何故もなにも、フレデリックさんにお願いされたんだよ。『妹をちゃんと家に送り届けてくれ』って」

「な、な、な、なんですって! お兄様の過保護が過ぎますわ!!」

「保護が過ぎてるから過保護なんだが……まあ、いい。ほら行くぞ」


 自転車から降り、押して歩き出したウィリアムの背中を、わたくしは慌てて追いかけます。


「それにしても意外でしたわ、あなた剣術大会にエントリーしてたのね」

「ふん、剣術ぐらい誰でもできる」


 ウィリアムはいつもわたくしに対する当たりがキツい。彼に恋をする前はライバルの発言と流せていたことなのに、今では胸にチクリと痛みが走る。


「精々、大怪我でもしないように気をつけることね!」

「余計なお世話だ」

「まったく素直じゃないんだから」

「うっせ」


 てくてくと夕焼けを迎えた帰路を歩く。隣から自転車のカラカラと転がる音、空から鳥の鳴き声が響いた。

 話していて思う。仮面舞踏会の青年とウィリアムは同じ人物なのか。偶然の一致でたまたま庭園の噴水にいたんじゃないか。

 そんな疑問がグルグルと頭の中で渦を巻く。


 チラリと隣を盗み見ると、視線が噛み合った。


「なんだ?」

「その胸のブローチ、いいデザインをしてるじゃない」


 止せばいいのに、わたくしは思わずブローチについて触れた。

 ウィリアムはさっと、胸につけたブローチに触れて、それからバツが悪そうに顔を背けた。


「こ、これは街で、買ったんだ」


 仮面舞踏会のことについてウィリアムは触れない。

 分かってるわ、だってわたくしたちは何でも話し合うような仲じゃない。


「そう、いい店を見つけたのね」

「まあな」


 歯切れ悪く、ウィリアムが答える。相変わらず嘘を吐くのが下手っぴなのね。

 お互い、何も言わずにまた歩く。


「ウィリアム、別にお兄様に言われたからって律儀に守る必要はないのよ」

「いきなりどうした?」

「貴方にも友人との付き合いがあるでしょう」

「……べつに、お前には関係ないだろ」


 冷たい声でウィリアムが呟く。歩くペースを早めた彼の背中を追いかければ、わたくしの家が見えてきた。


「剣術大会中は、俺が迎えに行くってフレデリックさんと約束してるんだ。途中で違えたら、信用問題に関わるだろ」

「ちょっと、何勝手に約束してるのよっ! わたくしの意見は!?」

「関係ないね」


 お兄様ったら、本当に何を考えているのかしら!

 よりによってノーランド家のウィリアムにわたくしの送迎を頼むなんて!!


「剣術大会であなたが怪我をするまで、わたくしは貴方に粘着されるってことですの!?」

「そんな未来はありえないね。百億賭けたっていい」

「顔に怪我をした人が言うと説得力に欠けるわね」

「あ? こんなん怪我にもならねえよ」


 ぎゃーぎゃー喧嘩をしながら歩いていると、わたくしたちの声が聞こえたのか家の門が開いてお手伝いさんのナーチェが姿を現した。


「おかえりなさいませ、キャロライナお嬢様。ウィリアム様、ご送迎感謝いたします」

「ついでだ、感謝される謂れはない」


 生意気なウィリアム。いくらライバルだからってお手伝いさんのナーチェにまで意地悪な受け答えをしなくてもいいのに。

 自転車に跨った彼がペダルを踏む。

 ああ、どうしよう。送ってくれたのに、何も言わないのは流石に人としてダメな気がするわ!


「ご、ご苦労様ねっ!」

「────は?」


 口をついて出たのはとんでもなく上から目線な言葉だった。

 ぐりんとウィリアムがわたくしの方を見て、でも自転車は前に進む。彼の進行方向にあったのは、中途半端に開けられた門。

 がしゃん!


「あちゃ〜……」


 からからから、と虚しい音を立てて自転車のタイヤが廻る。地面には止まり損ねたウィリアムが盛大に顔をしかめて転がっていた。

 隣にいたナーチェが顔を押さえて「見ていられないわ」と呟いた。


「……大丈夫?」


 わたくしがそう問いかけると、ウィリアムは起きあがって制服についた土汚れを叩く。

 わたくしが手伝おうとすると露骨に逃げた。それどころか、眉を吊り上げて見下ろしてくる。


「お前なあ、もっと他に言い方があるだろ」

「なんでわたくしが悪いみたいな流れになってるのよ。自転車に乗る時は前を見ない方が悪いでしょ」

「論点をずらすな」


 ピシャリと正論を封じられたわたくしはついムキになって、腰に手を当ててウィリアムを睨みつける。


「なによ、じゃあわたくしが正面見て『ありがとう』と言ったらあなた素直に『どういたしまして』って言えるのっ!?」

「そ、それは今は関係ない話だろっ!?」

「ありますぅ〜っ!!」

「ねぇよっ!」


 いつになくウィリアムも噛み付いてくるわね。


「ふん、いいですわよ。どうせわたくしはテンプトン家の人間ですものね」

「だから、どうしてお前はいつもいつも────だあ〜っ! もういい、帰る!」


 いきなり叫んだウィリアムは頭をガシガシ引っ掻くと自転車を起こして、飛び乗って走り去ってしまった。


「あ、ちょっと! 何が『いつも』なのよっ! ま、待ちなさいっ!!」


 あっという間にウィリアムの姿は街角に消えてしまった。

 家に戻るとナーチェが空を見上げてため息を吐いていたわ。きっとウィリアムの天邪鬼っぷりに呆れているのね。


「なによ、ウィリアムの馬鹿」


 わたくしは鞄を自室に放り込んで、まっすぐ浴室に向かう。鏡に映るのは、目を吊り上げた自分の姿。

 仮面舞踏会の時に着ていた綺麗なドレスも、華やかな仮面もつけていないまっさらなわたくし。同年代の子と比べて、全体的に幼い雰囲気から抜け出せていない。

 今なら分かるわ、ウィリアムが優しくしてくれたのはわたくしじゃなくて仮面舞踏会にいた女の子。正体を知ったら幻滅するに違いないわ。

 鏡の中に映る顔がくしゃりと歪む。


「初めから、分かっていたじゃない」


 わたくしだって、そうじゃない。ウィリアムじゃなくて、仮面舞踏会でダンスを踊った青年に恋をしたの。だから、だから──

 傷つく方が間違ってるのよ、その言葉を飲み込む。代わりに、栓を捻って熱いシャワーで洗い流す。


「ふんっ、馬鹿ウィリアム」


 石鹸を手に取って、怒りを込めて泡立てればモコモコとした泡になる。身体を洗っているうちに、胸に残っていた(わだかま)りは気にならなくなった。

 髪をタオルドライしながら私服に着替え、リビングルームに戻るとお母様が帰っていた。


「おかえりなさい、お母様」

「ただいま、キャリー。今日はどうだった?」

「今日は保健委員として剣術大会で活動してきましたわ」


 お母様は癖が強い髪質をしている。

 街中のご婦人が髪を伸ばしているのに、お母様は『邪魔』の一言でいつも肩より短くしているの。サバサバした性格とお洒落な服装から、お母様は地域のご婦人から頼りにされている。


「あら、もうそんな時期なのね。フレデリックの決勝戦は見に行かなくっちゃ!」


 まだ予選なのに、お母様はお兄様が優勝すると信じて疑わない。それもそうだ、なにせお兄様は前回の優勝者なのだから。


「そうだわ、キャリー!」


 お母様は両手をパチンと鳴らす。


「あなた、前に薬を作りたいと言っていたわね。ちょうどいいわ、レシピを教えてあげるから練習なさい」

「い、いいの!?」


 わたくしは思わず身を乗り出して、お母様にずいっと顔を近づける。お母様はニッコリと微笑んで、頷いた。


「もう十六なのよ。テンプトン商会を窮地から救ったレシピ、私がしっかりと教えてあげるわ」

「やった〜!!」


 『おっちょこちょい』だから、『まだ子供だから』と薬のレシピを教えてくれなかったのだ。


「さあ、早速準備に取り掛かるわよ!」

「はい、お母様!」


 こうしてわたくしはお母様主導のもと、生まれて初めて薬を作ることになるのだった。

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