ウィリアム──その胸中
現在、ウィリアム・ノーランドは二度目の傷心中である。
一度目は、幼馴染のキャロライナ。さながらアンテナのように揺れる髪が特徴的な可愛い幼馴染に初恋をして……結果、異性として見られていないという残酷な真実が彼の心を抉った。
二度目は仮面舞踏会にて再会を約束した乙女。どこかの令嬢と思しき優雅さとお淑やかさが彼の心を射止めたが、彼女は時間を過ぎても訪れなかった。
代わりに来たのはウィリアムが最も苦手とする生き物、ネコ。
事情を知った友人やクラスメイトは『次があるさ』と空虚な言葉でウィリアムを慰める。次はないのだ、と叫びたくなる衝動を寸前で堪えて、彼は唇を噛んだ。
そして、彼は柄にもなく、剣術大会に参加するため更衣室にいる。
当初は大怪我をしない程度に軽く負けるつもりだった。それが、予定は大幅に狂ってしまった。他ならぬ、彼自身の手で。
恋なんて馬鹿馬鹿しい、と彼は心の中で吐き捨てる。
(だって、口下手な俺は素直に人を褒められないから。だからキャリー……キャロライナとも友達止まりだった)
恋なんて馬鹿馬鹿しい、と彼は重ねて思う。
(自分じゃどうにもならないことで悩むのは嫌いだ)
動きやすいジャージ。その胸元に仮面舞踏会で購入したブローチを付ける。
この大会なら、彼女も見ているはずだと淡い期待を込めて。きっと庭園に来なかったのは、何か深い事情があったからに違いないと一縷の希望に縋って。
訓練用の木刀を手に、ウィリアムはなんとも言えない表情を浮かべて会場へ向かう。
予選とはいえ、イベントに飢えている学生たちが見学に訪れている。
対戦相手は上級生、ルーク・ウェスタン。
ウィリアムは対戦相手の顔を見て──
(くそっ、如何にも女に苦労してませんって顔しやがって)
完全に言いがかりとしか思えない感想を抱く。
寝癖としか思えない髪型を『毛先を遊ばせる』と表現する輩とは絶対に仲良くなれないという確信がウィリアムにあった。
ルークのへらへらとした笑顔が妙に癪に触る。
しかし、相手は上級生。個人的な感情で礼儀を失するわけにもいかない。
「はじめまして、ウィリアムと申します。対戦、よろしくお願いします」
感情を殺して、礼儀を尽くす。そんなウィリアムに投げかけられた言葉は残酷だった。
「悪いね、後輩くん。俺は君を倒して、可愛い女の子とデートするんだっ!!」
いつもなら半笑いで流せた単語の羅列。殊更に『女の子とデート』という言葉が、失恋したばかりのウィリアムを思いっきり逆撫でした。
それはもう、ゆで卵にヤスリを掛ける勢いで。
(────コロス)
八つ当たりという自覚はある。だが、それでも許せない巨悪がそこにあった。
審判の合図が響く。
間の読み合い、などと流暢なことはしていられない。
ただ、激情のままに。
「い、いきなりっ!?」
僻みのままに。
「まっ、ちょっ、嘘だろっ!?」
そして、鬱憤のままに。
一切の反撃も許さず、ウィリアムはひたすらに攻め続けた。
湧き立つ群衆の声も、対戦相手の悲鳴も、今のウィリアムには届かない。
「場外ッ!!」
ウィリアムが理性を取り戻したのは、審判の宣言が下された瞬間だった。
激しく肩で息をしながら、ようやく周りを見渡す。
対戦相手のルークは白線の外で尻餅をついていた。
「う、うわあああんっ! 負けたあっ!!」
ルークは素早く立ち上がると、会場から脱兎の如く駆け出す。彼の姿はあっという間に見えなくなった。
「ウィリアム〜! おめでと〜!」
手を振る友人の声に応えながら、ウィリアムの目は会場の観客を一人一人確認する。仮面の下を知らない彼が、望む顔を見つけられるはずもない。それでも、雰囲気だけで分かるのではないかと願いをかけて。
結果は明白。そんな人間はどこにもいなかった。似たようなブローチを身につけた少女も。
気落ちしたことを周囲に悟られないよう、毅然とした態度で会場を後にして。無人の更衣室に戻ってから、ウィリアムは重いため息を吐いた。
「はあ……ガッツき過ぎたのがいけなかったのか? もしかして、帰り際の約束は迷惑でしかなかった?」
獣のような低い声で呻き声をあげ、ウィリアムは頭を抱える。
悩み多き青年は答えを見出すことも、真実に辿り着くこともなく自問自答と自己嫌悪を繰り返す。
彼は気づかない、恋した相手が二人ともキャロライナであることに。
彼は気づかない、長年の片思いが預かり知らないところで報われていることに。
「いい加減、報われるような恋がしてぇよお……」
ウィリアムの呟きは暗い更衣室の中に虚しく響いた。
『ウィリアム、お前ぇっ!?(´;Д;`)』となった方は下で評価してくれい!!