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再会の約束とブローチ

前回のあらすじ

 仮面舞踏会で青年と踊るキャロライナ。一体、彼は何者なのか……?


 わたくしと青年は四曲目まで踊り続けた。

 四曲目の終わりを迎える頃には、わたくしはすっかり息があがっていた。


「ははっ、まさか舞踏会でベニーズワルツを踊る羽目になるとは思わなかったな」

「こんな舞踏会、きっと忘れたくても忘れられませんわ」


 青年はわたくしを気遣って、休憩を提案してくれたので、会場の隅に戻ってお喋りを楽しむ。


「君も学生なのか。僕も学生なんだ、とはいってもなかなか先生には褒められないんだけどね」

「まあ、北の学園の生徒さん?」

「いや、南の方だ」


 この国には、二つ学園がある。北は王侯貴族が通うような、格式と伝統に守られたウェストシー学園。南はノースイースト学園で、市井の者にも広く開かれている。

 同じ学園にこんな素敵な人が通っていたなんて知らなかった。こんなにも丁寧で物腰優しい殿方なのだから、きっとさぞやご令嬢に持て囃されているだろう。


「わたくしたち、知らずにすれ違っていたのかもしれませんね」

「それは勿体無いことをした。なあ、君さえ──」


 ふと、わたくしは時間を忘れていたことを思い出す。

 ホールの壁掛け時計は七時、わたくしが今着ているドレスを返却して門限の八時までに家に帰らないといけない。友人のペトラとも約束しているのだ。


「あっ、ごめんなさい。わたくし、もう帰らなくっちゃ」


 青年の側にもっといたいと思うけど、家族や友人を心配させるわけにはいかない。楽しい夢は終わり、現実に戻る時間が来てしまった。


「今日はとても楽しい時間をありがとう、とっても楽しかったわ」


 ドレスの端を掴んで、気持ちを込めて丁寧にカーテシーをする。

 ああ、せめて青年の名前を聞きたかったな。そんなわたくしの我儘な気持ちに蓋をして、出口を目指して走る。


「待って、待ってくれ!」


 ホールの外に出た時、わたくしを追いかけてきた青年に呼び止められた。

 仮面の奥、長い睫毛に縁取られた青い瞳で、彼は縋るように叫ぶ。


「五分だけ、五分だけ僕に時間をくれないか!」


 青年はそれだけ言うと、キョロキョロと辺りを見回す。


 仮面舞踏会という大きな催しに便乗した露天商や出店が、出入り口の近くに店を構えている。アクセサリーから食べ物飲み物、大道芸人まで多くの人で賑わっていた。


 そのなかの一つ、アクセサリー商に青年は視線を留める。彼は大股でその店に近づいた。


「おお、いらっしゃい。何かお探しで?」

「何か贈り物をしたいが、おすすめはあるか」


 商人はわたくしの顔を見て、それから青年に視線を戻す。なにかニヤニヤと笑みを浮かべる姿は、噂話を好むメイドたちと同じ表情をしていた。


「それならこれ、再会の花言葉を持つダイヤモンドリリーをあしらったブローチは如何でしょう?」

「買った」

「まいどー!」


 青年はポケットから取り出したブレスレットをトレイに置く。

 そのブレスレットは天然石を繋ぎ合わせたもので、どう見てもブローチの値段とは釣り合わない。


「後で料金を払いにいく、しばらくここで待ってくれ」

「ほ〜ん、了解で〜す」


 彼の不可解な行動にわたくしがきょとんとしていると、証人と話を終えた青年がブローチを手に戻ってきた。


「君との出会いを一夜限りで終わらせるのはあまりにも惜しい」


 青年はわたくしの手を取ると、そっとブローチを乗せた。


「これは二つで一つのブローチだという。はしたないと思われるかもしれないが、もし君も同じ気持ちならこのブローチを持って、放課後に庭園の噴水へ来てくれないか」


 ああ、彼もわたくしと同じ気持ちだった。そのことを知って、わたくしの胸はもう張り裂けそうなのに、贈り物のために身につけていたブレスレットを代金代わりに支払ったことを思い出して鼻の奥がツンと痛む。


「こんな高価な贈り物は受け取れませんわ。せめて、わたくしも……」

「頼む、受け取ってくれ。代金のことは気にしなくていいから」


 ブローチごと包み込むように、青年がわたくしの手を握る。ダンスの時よりも、鮮明に彼の体温が伝わってきた。それもするりと離れて、すぐに外気が体温を奪う。


「引き留めてすまなかった。今日は本当にありがとう。君のおかげで楽しい時間を過ごせた」


 掌に乗せられたブローチを抱きしめて、わたくしも青年に感謝の言葉を告げる。


「わたくしも、貴方と過ごせて楽しかったわ! 必ず、庭園の噴水に行くからっ!」

「ああ、待ってる」


 こうしてわたくしは、名前も知らない青年と再会の約束を交わし、ブローチを片手に別れた。


 ドレスを返却している間も、メイクを落とす間も、家に帰ってベッドに入ってからも、わたくしの頭の中は仮面舞踏会で出会った青年で埋め尽くされていて。

 彼のことを考えると顔が熱くなって、心臓がずっと破裂しそうなくらい鼓動しているの。


「これが恋なのね。わたくし、生まれて初めて恋をしてしまったわ!」


 この時のわたくしは信じて疑わなかったわ。

 仮面舞踏会の青年との恋は報われるのだと。


「ああ、明日、なんて自己紹介したらいいかしら?」


 能天気なわたくしは考えもしなかったの。

 まさか恋をした相手が────宿命のライバルだったなんて。

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