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試合裏

前回のあらすじ

 コゼットの圧勝でレイチェルちゃんの面目丸潰れ


 選手が使用する更衣室から、一人の少女が飛び出す。黒髪のツインテールが解けかけているにも関わらず、レイチェルは怯えた表情で廊下を走っていた。


「────レイチェル、何処へ行くつもりなの?」


 背後から聞こえた声に、レイチェルは悲鳴をあげながら床に尻餅をついた。

 暗がりから姿を表したのは腰巾着を連れたアシュリー。


「も、申し訳ありません、アシュリー様ッ!」


 レイチェルは慌てて立ち上がって、腰を折って頭を下げる。

 騎士家の娘であるレイチェルは、アシュリーの親の部下である。実家でも常日頃、アシュリーの機嫌を損ねないようにと言い聞かせられてきた。

 あまり頭の回転が速くないレイチェルは、運動神経を駆使した嫌がらせをよく命じられている。親の為、家の為、と己に言い聞かせながら、彼女は盲目的にアシュリーに従っていたが……。


「コゼットに負けるなんて本当に不甲斐ないですわね」


 レイチェルの立場は、今や転落する一方だった。もう一人の取り巻き、金髪のミシェルから嘲りの視線が注がれる。

 伯爵家の令嬢に、騎士の家に生まれた自分が負けるわけがない。そんな自負と尊厳は完膚なきレベルにまで叩きのめされた。


「も、申し訳ありません……」


 平伏して謝るレイチェルに投げかけられたのは、深いため息だった。


「もういいです、レイチェル。貴女に期待した私が馬鹿でしたわ」


 ガリッ、と不快な音が廊下に響く。アシュリーが己の爪を噛み砕いた音だった。


「こ、このあとコゼットには身の程を……っ!」

「馬鹿ね、貴女。伯爵家の娘を大義なく殴ってどうするの? 捕まるのが関の山よ」

「はっ、申し訳ありません」


 平民をいじめた時と同じ解決策を提示するレイチェルを、アシュリーは一蹴した。


「狙うなら、平民のキャロライナよ。アイツが消えれば、コゼットも自分が悪かったと反省するわ。そうねえ……来週のピクニックは過去に転落事故が起きていましたわね」


 レイチェルとミシェルは、アシュリーの言葉を聞いて顔を青ざめた。これまで盲目的に従っていた彼女たちでも、絶句するような意味が込められている。

 その計画を実行するのはアシュリーではなく……。


「アシュリー様、それは流石に……!」

「バレたら捕まるどころじゃ済みませんよ!」

「あら、でしたらお二人が頼りなかったことをお母様に報告するだけですわ」


 冷や汗が二人の頰を伝い落ちる。選択肢も拒否権もなかった。


「いいこと、レイチェル、ミシェル。バレなきゃいいのよ」

「そ、それはそうですけど……」

「レイチェルには挽回のチャンスを与えるわ」


 ごくり、とレイチェルの喉が鳴る。リスクとメリットを天秤にかけた彼女が出した結論は────。


「やります。やらせてください」

「くれぐれも、失望させないでちょうだいね」


 アシュリーがレイチェルの肩を軽く叩き、クスクスと笑いながら廊下の奥へと消えていく。

 ミシェルはレイチェルを一度だけ振り返ると、目を伏せてアシュリーを追いかける。

 静かな廊下に一人だけ取り残されたレイチェルも、荷物を背負い直すと暗い顔で廊下を歩き出した。


 無人になった廊下に一人の青年が姿を現す。

 男子選手の控室から出てきたのは、ウィリアムだった。


「キャロライナ、あいつマジで何やったんだよ……」


 呆れ顔で頭をガリガリと引っ掻くウィリアムの背後から、彼の友人であるジェイゴが顔を覗かせた。

 サラサラとした黒髪を揺らしながら、ウィリアムに囁く。


「おいおい、今のって相当マズくないか?」


 コクリと頷くウィリアム。


「先生に相談して、本人にも知らせた方がいいか」


 駆け出そうとするウィリアムの腕を掴んだのはジェイゴだった。

 胡乱な眼差しを向けるウィリアムに対して、ジェイゴは慎重に言葉を選びながら口を開く。


「待て、『かもしれない』で先生が動くと思うのか?」

「……それは、先生が生徒の危機を見過ごすって言いたいのか」

「アシュリーはあれでも貴族だ。先生が萎縮して口頭注意だけにとどめることだってあり得る。そうなったら次はどうなると思う?」


 ジェイゴの鋭い指摘にウィリアムは言葉を詰まらせる。


「決定的な証拠でもない限り、狡賢いアシュリーは抜け道を探すだろうな」

「さすがウィリアムくん、賢い!!」

「だからって、キャロライナを危険に晒すわけには……」


 渋るウィリアムにジェイゴはにっこりと微笑む。


「なに、君が守ればいいじゃないか」

「そ、それは……」

「まだ好きなんだろう?」

「ばっ、ばかっ!!」


 顔を赤らめたウィリアムが慌てて周囲を見渡し、人気がないことを確認してほっと胸を撫で下ろす。


「舞踏会のご令嬢とは頓挫したわけだが、最近はキャロライナと上手くいってるんだろ」

「そ、それはだな、帰りの送迎をお願いされただけで決してそういう不純交友なわけでは……」

「好きなんだろ?」

「…………」


 唇を横文字にきつく結び、視線を彷徨わせるウィリアム。そんな彼が絞り出した言葉は、否定とは到底言い難いものだった。


「幼馴染だから、愛着が湧いてもしょうがないだろ」

「お〜ウィリアムくんはめんどくさいでちゅね〜!!」

「ぶちのめすぞ」

「ひえっ!?」


「とにかく『アシュリーの悪事の証拠を掴む』が最優先なんだな。それでジェイゴ、そう言うってことはもちろん協力してくれるんだろうな」

「えっ、嫌だよ」

「了解、ペトラさんにお前の秘蔵エロ本の情報をリークしておく」

「共に協力して悪を倒そうじゃないか。俺たち親友だろ?」


 ぱちこん☆とウィンクを飛ばすジェイゴに呆れながらも、ウィリアムは無言で頷いた。

ジェイゴ:ペトラの婚約者。卒業後は婿入りする予定

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