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悪い令嬢アシュリー

前回のあらすじ

 ウィリアムが盛大にフラグを建てた


 今日は剣術大会の最終予選。学園を歩いていると、友達を応援する生徒や緊張している生徒と頻繁にすれ違う。

 わたくしは剣術に疎いけど、すごく緊張しているのが伝わってくる。なにせ、剣術大会は騎士団を目指している生徒にとって一大イベント。緊張するのも頷けるわ。


「先輩方から聞いてはいたけど、最終予選から熱が入るというのは本当だったわね」


 お昼休みの食堂は、たくさんの生徒で賑わっている。その光景を見たペトラが目を丸くして呟いた。

 わたくしもコクリと頷く。

 放課後の予選に向けて、生徒の各々が真剣な表情でミーティングをしていた。最終予選では、チアリーダー部や応援団も大々的に応援を始める。


「今日はいつにもまして人が多いわね。コゼット、端っこだけど大丈夫?」

「はい、大丈夫です……」


 昨日の清掃活動で仲良くなったわたくしとコゼットは、隣のクラスということもあって、お昼ご飯を一緒に食べようと誘ったのだ。

 コゼットもわたくしと同じく友達がいないそうで、快くついてきてくれたのだ。

 ペトラとコゼットは前にサロンで会ったことがあるそうで、すぐに打ち解けた。


「そういえば、コゼットさんも剣術大会に出場しているんでしたよね?」

「はい、今日の最終予選を勝ち残れるかは分かりませんが……」


 ペトラの発言に、わたくしは思わずキョトンとしてコゼットの顔を見る。

 シルバーブルーの瞳にさらさらのおさげ。わたくしより少し背丈は高いけれど、剣術大会に出場する他の人に比べたらやや小さくて手足は細い。そんな大人しそうなコゼットが、剣術大会に出場していたなんて!


「私の婚約者は昨日、健闘しましたけど惜しくも負けてしまいましたからね」

「まあ、怪我はしてないかしら?」

「大丈夫よ、キャロライナ。相手との実力差があり過ぎて怪我一つなく試合が終わったわ」


 友人であるペトラの婚約者に怪我がないと知って、わたくしはほっと胸を撫で下ろす。


「それは良かったわ。コゼットも無茶だけはしないでちょうだいね?」

「はい……!」


 余計なお世話だと知りつつも、ついつい心配してしまう。


 ────バンッ!


 和気藹々と剣術大会のことについて話していると、いきなり食堂のテーブルが叩かれた。

 びっくりして顔を音がした方向に向ける。そこに立っていたのは三人の女子生徒。

 三人の中央に立つツインテールの少女、アシュリーが冷たい目でコゼットを見ていた。


「コゼット、あなた約束をすっぽかすなんて随分と図々しくなったわね」

「や、約束なんてしてません……」

「誰が口答えを許可したの? ン? あなた、ご自身の立場を分かっていらして?」


 アシュリーがコゼットのおさげを乱暴に掴む。

 二人の関係をわたくしはよく知らないけれど、どんな理由があったって暴力的に人の髪を掴むのは絶対に間違ってる!


「ちょっと、アナタ! コゼットの髪に汚い手で触れないでちょうだい!」


 カッとなったわたくしはアシュリーの手首を掴んで、無理やり引き剥がした。

 びっくりしたアシュリーはすぐにコゼットの髪から手を離してわたくしを睨む。


「ちょっ、ちょっとキャロライナ……!」


 焦ったペトラの声が聞こえる。

 周りの生徒たちも何事かと遠巻きに私たちを囲み始めた。


「あなたは確か、先日女子トイレにいた平民……たしか、キャロライナ・テンプトンだったかしら。ふん、平民らしく貧相な顔ね。華やかさの欠片もないわ」

「アシュリーさんでしたっけ? あなたさっきから本当に失礼な態度ばっかり! 言って良いことと悪いことの区別もついていないの!?」

「黙れ、平民風情が貴族相手に直答するなんて礼儀知らずよ。これだから平民は嫌だわ! お〜ほほほほっ!」


 アシュリーは取り巻き二人と目配せをして、クスクスと笑う。あまりの醜悪さにわたくしが絶句していると、背中に庇っていたコゼットが一歩前に出た。


「が、学園内で身分をひけらかすことは校則で禁止されています……っ!」


 大人しいはずのコゼットが、服の裾を握りながら叫んだ。

 その小さな叫び声に気圧されて、三人の笑い声がピタリと止む。


「あなたの行為は、国王陛下のご命令に背くものです……っ! 今すぐ、自分の態度が間違っていたことを認めて謝罪してください……っ!!」


 わたくしの位置からはコゼットの顔が見えないけれど、肩がふるふると小刻みに震えていた。

 アシュリーが何か言おうとするよりも早く────


「そうだそうだ! 校則違反だぞ!」

「嬢ちゃん、よく言った!」

「貴族なら言葉じゃなく実力で示せ!!」


 周囲の生徒からコゼットを支持する声が飛び交う。

 その声が届いたのか、コゼットの肩の震えはピタリと止まった。背筋をピンと伸ばして、まっすぐにアシュリーを見据える。


「アシュリーさん、己の過ちを認めてください」

「な、な、な……っ!」


 アシュリーは穴が開くのではないかと思うほどコゼットの顔を見つめて、それからわたくしの顔を睨みつける。


「あなたね、あなたが唆したのねっ! 生意気だわ、平民のくせに! 平民の分際でっ!」


 きぃきぃと高い声でひとしきり叫んだ後、「時間の無駄ですわっ!」と言い残して食堂の外へ駆け出していった。追いかける二人の背中を呆気に取られて見送る。


「……キャロライナさん、ペトラさん、こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい」

「頭をあげて、コゼット。貴女は何も悪くないわ。謝るのはわたくしの方よ、何も知らないのに首を突っ込んだんですもの」


 わたくしが謝ると、コゼットは首を横に振って笑顔を浮かべた。


「アシュリーに言い返せてすっきりしました。ずっと我慢していたので……」

「私もアシュリーの事を深く知っているわけではありませんけど、これからコゼットさんはどうなさるおつもりなの?」


 ペトラの問いかけにコゼットは静かに目を伏せた。


「こうなったら覚悟を決めます。幸いにも今日の対戦相手はアシュリーの腰巾着……んん、ご友人の一人レイチェルさん。彼女を完膚なきまでに……」


 そこで言葉を切ったコゼットはすうと息を吸い込んだ。


「────叩きのめす」


 思わずぞっとするような、どこまでも低い声だった。コゼットの喉から発せられたとは考えられないほど冷たい。


「それがいいわね。相手もそのつもりでしょうし」

「ペトラさん、キャロライナのことをお願いしても構いませんか?」

「あら、随分と私って信頼されてるのね」


 あれ? わたくしが守られるみたいな話になってるわ。

 どうしよう、今困っているのはコゼットなのに、わたくしがお荷物になっちゃってるわ!!


「キャロライナさん。今日の予選を勝ち抜いたら私と友達になってほしい、です……」


 コゼットはわたくしの目をじっと見て、静かな声で要求を口にした。


「だ、だめよっ!!」

「えっ……ご、ごめんなさ」


 さっきからわたくしを他所に話が進むのはこの際、よしとして。問題はコゼットの要求した内容だ。


「あ、あなた、ご自身の発言を理解しているのっ!? 二分の一の確率でわたくしと友達になれないなんてそんなのおかしいわっ!」

「根暗な私と友達なんて……エッ!?」

「剣術については、わたくしからっきしですわ。でも数字的に見れば友達にならない確率が半分もあるなんて我慢なりませんっ!」


 口にしているとさらに怒りが込み上げてきた。何故無機質な数字如きにわたくしの友人ができるか否かを左右されなくてはいけないのか。ムカムカしますわ!!


「例え砂粒ほどの確率でもわたくしは許しませんっ!」


 コゼットはパチクリと瞬きをして、次にペトラの方を見た。

 ペトラはため息を吐いて肩を竦める。


「コゼットさん、これで分かったでしょう。キャロライナはこういう子よ。周りくどいことをすれば、余計ややこしいことになるだけ」

「そう、ですね。変な言い方をしてしまいました」


 コゼットはクスリと笑って、それからわたくしとペトラの手を握る。


「私、今日の予選を絶対に勝ち抜きます。だから、応援してください」

「勿論よっ! コゼットのことを応援するわ!」

「だいぶマシな顔をするようになりましたね、コゼットさん。私も最前列で応援させて貰いますわ、『友人として』ね」


 ペトラと一緒にコゼットの手を強く握り返すと、彼女は今日一番の弾けるような笑顔を浮かべた。

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