ちょっと素直な帰り道
前回のあらすじ
コゼットと仲良くなった
昨日より少し暗い帰り道。
往来は帰路を急ぐ人たちや馬車で賑わっていた。その道をわたくしとウィリアムは無言で歩く。
いつにもまして無言でからからと自転車を押す彼。きっと朝の敗北が骨身に沁みているのね。
でも、ずっと無言で歩くと妙にそわそわしてわたくしが落ち着かないわ。
「ウィリアム、あなたの試合は明日だったわね」
「うおっ! お、おお……そうだぜ……」
わたくしが話しかけたらぎょっとした顔で見てきた。どうやら、何か考え事をしていたみたい。
「予選が終わったら準決勝戦なんでしょう。精々、大怪我でもしないようにするのね」
「へっ、俺がそんなヘマするわけねぇだろ」
びっくりしたのは数秒で、すぐに言葉の応酬が始まる。
「まあ、打ち身程度ならわたくしが差し上げた軟膏でなんとかなるでしょうけど」
「……ん」
途中まで生意気な返事が返ってきていたのに、なんだか後半から歯切れが悪くなった。不思議に思ってウィリアムの方を見ると、彼はそっと視線を逸らしてきた。
「ウィリアム」
呼びかけても顔を逸らして逃げる。
「まさか、あなた……わたくしが差し上げた軟膏を捨てた、なんて言わないわよね?」
「す、するわけないだろそんなことっ!!」
想定していた返事とは真逆の強い否定にわたくしがびっくりしていると、ウィリアムは気まずそうに前を向いた。
「ほら、持ってるだろ。言いがかりはよせ」
そう言ってウィリアムがポケットから取り出したのは、わたくしが朝に渡した軟膏。わたくしに見せた後、またズボンに戻す。
まさか朝に受け取ってからずっとポケットに入れていたのかしら?
「そうなの、ならいいわ」
なんだか恥ずかしくなってそっぽを向く。
隣を歩くウィリアムの顔が見れないわ。自分でも分かるほど顔が熱くなっていますもの。
ウィリアムはわたくしの方を見なくて助かったわ。
「キャロライナ、お前、週末暇だろ」
「薮から棒になによ。まあ、暇ですけど」
「ふ〜ん……」
自分から聞いておいて興味がなさそうに相槌を打つ。何か嫌味でも言ってやろうとわたくしが口を開くよりも前に、ウィリアムがポツリと呟いた。
「俺が準決勝に進出したら、いいトコロにでも連れてってやるよ」
「ふえ?」
自転車を押していたウィリアムが歩くペースを早める。
『週末』『連れて行く』その言葉を繋げた意味を考えて、わたくしは返答に詰まった。
「──か、勘違いするなよっ! あくまでお礼だ、軟膏のなっ!」
「あ、当たり前でしょうっ! しょうがないわねっ!」
わたくしは肩にかかった髪を払い除けながら、早歩きでウィリアムを追い越す。
だめね、わたくし。仮面舞踏会の夜からずっとウィリアムのことを意識しているわ。何を言っても変な意味で解釈してしまいそう。
憎まれ口を叩いていると、すぐに屋敷が見えてきた。
「今日も送迎ご苦労様。明日の最終予選で負けないことね」
「ヘッ、俺以外に賭けて大損しても知らないからな」
「大した自信ね、呆れたわ」
わたくしの家の門が開いて、お手伝いのナーチェがペコリと頭を下げる。
ウィリアムは相変わらず、ナーチェが頭を上げるより先に自転車に乗って走り出していた。
あっという間に遠ざかる背中を見送る。
律儀な人。きっとお兄様との約束を守っているんだわ。
嬉しいような、なんだか寂しいような不思議な気持ち。ウィリアムは一体何を考えているのかしら。
ああ、でも週末にお出掛けなんてまるでデートのようだわ。
「おかえりなさいませ、キャロライナお嬢様。おや、何か良いことでもあったのですか?」
「まあ、ちょっとね!」
今日はコゼットと仲良くなったし、ウィリアムに勝ったし、おまけにデートの約束までしちゃった。いい一日だったわ。早く明日にならないかしら。
そんなことを考えながら、わたくしは家の玄関をくぐった。




