薄幸美少女コゼット
前回のあらすじ
悪いやつ三人とおさげの女の子と出会った。
放課後は保健委員の仕事がある。
婚約者が試合に出るというペトラは、応援がてら観戦するらしい。婚約者のことについて頰を赤らめながら話す彼女をほんのちょっと羨ましく思う。
わたくしも好きな人がいるけど、大っぴらに話すわけにはいかないもの。
「あら、あの子は……?」
わたくしが剣術大会が行われる会場に余裕を持って到着すると、どこかで見た覚えのある女の子が保健委員の腕章を片手におろおろとしていた。
「あ、あなたは昼間の!」
「思い出したわ、おさげちゃん!」
「コゼットです。コゼット・コルテサン」
角度によって金髪に見える茶髪のおさげを揺らしながら、コゼットは下がり気味の眉をさらに下げている。
「コゼットさん、こんなところでどうしたの?」
「実は清掃担当なんですが、ペアの人が時間になっても来なくって……」
「ええ? それは大変ね」
事前に配られた組分けの紙を確認してみると、コゼットとペアの人の名前はアシュリー。昼間に姿を見かけたから休みではないと思うのだけど……。
「先生には相談した?」
「え、でも先生に相談なんて……!」
清掃はゴミ袋を運ぶ人とゴミを回収する人の二人組で活動する必要がある。昔は一人だったらしいけど、ゴミ袋を転倒させて余計に汚したことがあるらしい。それからは原則二人なのだとか。
「もしかしたら、もう一人ペアの相手がいない人がいるかもしれないわ。ものは試しよ」
渋るコゼットを説得し、剣術大会における責任者の先生に事情を説明する。先生は眉間を揉むと「またアイツか」と呟いて、それからわたくしの顔を見る。
「テンプトンさん、悪いけど清掃にまわってくれますか?」
「わたくしは構いませんわ。よろしくね、コゼットさん」
「は、はい……」
すっかり恐縮した様子のコゼット。もしかして、人と話すのが苦手なのかしら。
わたくしの代わりに他の保健委員の人が担当してくれるらしい。先生はこういうバックアップが早くて頼りになりますわ。
「あの、テンプトンさん。この度は巻き込んでしまってごめんなさい……」
そう言ってぺこりと頭を下げるコゼット。わたくしは突然謝られた理由が納得できなくて首を捻る。
「いきなりどうしたんですの、コゼットさん。同じ学校に通うよしみですわ、困っているなら手伝うのは当然のことでしょう?」
「で、でもっ、ゴミ拾いなんて手が汚れる仕事……!」
「そんなもの、終わった後で手を洗えばいいじゃない」
「それは、そうですけど……」
まだ何か納得できない様子で、「でも」「だって」を繰り返すコゼット。なんだか、初めて会った頃のウィリアムに似てるわね。
「わたくしは巻き込まれた、なんて全然思ってませんわ。わたくしの気持ちを勝手に決めつけないでくださいまし」
「え、ご、ごめんなさい……」
「謝らなくて結構ですわ。いえ、謝るというなら……そうですね。誠意を見せてもらいましょうか」
「ふええっ!?」
コゼットは今にも泣きそうな顔でごそごそとポケットを探り、小銭入れを取り出した。
「今、私の手持ちが銅貨三枚しかなくってぇ……」
「? なんでお金の話をしているの?」
「誠意はお金で示すものと聞きましたので……」
「別にわたくしはお金に困ってませんわ。それに、なんでもかんでもお金で解決するのはあまり良くないと思うわ」
分かったわ、コゼットはやっぱり人と接するのが苦手なのね。どこか常識に疎そうな雰囲気が全体から漂っているわ。
「あのね、コゼットさん。わたくし、これから仕事をするにあたって貴女と信頼関係を築きたいの」
「し、しんらいかんけい……?」
「ええ、困ったことがあれば互いに相談する。いわばお友達になる初期段階ですわ」
「おともだち」
目を丸くしたコゼットが、まじまじとわたくしの顔を覗き込む。ウィリアムよりも色素の薄いアイスブルーの瞳。ますますウィリアムに似ているわ。
「もしかして、嫌でした?」
「い、いえっ、お友達なんて烏滸がましいっ!」
「ふぁっ!?」
わ、わたくしのような商人の娘と友達になるなんて身分差を弁えろ、という意味かしら!?
「もしかして、コゼットさんは貴族の御方……?」
「え、ええ。わたしはコルテサン伯爵家の二番目の娘です」
「伯爵家のご令嬢!?」
方々から色んな学生が通っていると聞いてはいたけど、まさか伯爵家の人に出会う事になるなんて思わなかったわ!
ペトラは男爵家で気さくに話しかけてくれるからあまり身分差を感じなかったけど、コゼットは貴族の中でも身分の高い伯爵家。
国王陛下直々の勅命で、学園内は身分を盾に横暴に振る舞うことを認めないとされているけれど、わたくしどストレートに非礼を働いてしまいましたわ!!
これは学園卒業後に『お礼参り』と称して一族左遷されてしまいますわ〜!!
「わたし、見た目がコレなので……それに、アシュリーさんにも目をつけられてるし……わたしといると仲間外れにされちゃうかも……」
──よくよく考えたら、わたくしの家族は王宮に務めていないから特に問題なかったわ。早とちりしてしまうところだった、危ない、危ない。
また、変なことを言って嫌われるところでしたわ。
「見た目って、とっても綺麗な髪色じゃない」
「綺麗な金髪じゃないから……」
「角度によって色が変わって綺麗よ。オンリーワンってやつね」
「そ、そんなことを言われたのは初めてです……」
照れたコゼットが頰に手を当てる。
「他人を気にするのもいいけど、たまには誰の目も気にせず行動してもいいと思うわ」
「そう、でしょうか……」
「そうよ! まずは今日の仕事をちゃちゃちゃっと終わらせちゃいましょ!!」
「は、はいっ……」
やる気を出したコゼットと共に、わたくしはゴミ袋を片手に意気揚々と会場のゴミ拾いに精を出す。一生懸命ゴミ拾いしたおかげで、会場は昨日より綺麗になった気がした。
最後のゴミ袋を指定の場所に集めて、今日の仕事は終了。
「あ、あの……テンプトンさん。今日はありがとうございました……」
「キャロライナでもテンプトンでも、好きな方で呼んじゃって。わたくしだって、貴女のことコゼットさんって呼んでるんだし!」
夕焼けの校舎を背景にコゼットは初めてクスリと笑った。手を口元に当て、面白くて堪らないとでも言わんばかり。
「そうですね。それなら、キャロライナって呼んでもいいですか?」
「ええ、もちろんよ!」
「そして、あの、えっと……わたしのこともコゼットって呼んでください」
「いいのっ!?」
コゼットは静かに頷く。
「それじゃあ、これからもよろしくねコゼット!」
「はい、キャロライナ。これからもよろしくお願いします」
そういって、コゼットはクスクスと笑う。
コゼットに従者が、わたくしにウィリアムが迎えに来るまで、学園のことや剣術大会についてお喋りした。




