09
事故からもう十年経とうとしている。
いやな湿り気を帯びた変化を織り交ぜながらも、穏やかな日々は流れていく。
高校を卒業し、僕らは共に地元の大学に進んだ。
学部こそ違うけれど変わらずの関係は続いている・・・と思う。
そんな大学二年生の初夏のこと。
大学の食堂。昼時は大変込み合うここはちょっとした祭りのようだ。
そんな中、
「ユウキお前、染咲さんと別れたって本当か?」
「はあ?」
思わず食べていたご飯が口から出そうになった。
尋ねてきたのは山下というお調子者で、同じ高校の出身でもある。
「あそこ、あそこ」
見るとそこに男女数人が楽しそうに卓を囲んでいた。
その中に、アオイの姿があった。
「芸術学部、美術学科、染咲アオイ。高校の頃から知っていたけど大学生になってより美人になったよな。気が強いところがあるが、いつもどこか儚げな相貌をしている感じ」
儚げな、という点に関しては同感だ。
というより最近はむしろ少し病的だ。佇まいにもどこか脆さ、不安定さを常に感じさせるようになった気がする。
大学生になって彼女の見た目にも変化が生まれた。
クマができるようになったのだ。涙袋ではなく薄黒い不健康そうなクマ。
それが気になった僕は「最近寝てないのか?」と彼女に尋ねたが、アオイは「別に」とそっけなく言った。
一応見た目にも気を遣う人間であるから、化粧でできる限り隠しているみたいだが、ここ最近心なしかクマが深くなっているように感じている。
「俺たち法学部の人間には分からないが、人数が少ない芸術学部の中では染咲さんは希少な華だ。サークルにも入ってないみたいだし、自然、接点があるのは学部内の人間だけになる。高嶺の花が近くに感じる。正直みんな夢中だぜ?彼女が入学して以来、芸術学部の作品には彼女をモデルにしたものがやたら増えたそうだ」
・・・なんだそれ。全然知らなかった。アオイってそんなにモテてるのか?
普段はそんな素振りなんて全然見せないのに。
「・・・で、そんな彼女といつも一緒にいたのは、目の前の冴えない顔した一般人、ユウキクン。ここがブラックボックスだ。なんせ愛しの女神に男の影がちらついているとなれば気になるだろう。お前の立ち位置を知らなきゃ、芸術学部の人間は不安で夜も眠れないぜ?こんなパッしない人間に振り回されるなんてそりゃあ悔しいよな」
「ひどい言われようだな・・・」
「ま、高校の頃からべったりしてたもんな。誰もかれもがお前らがデキてるって信じて疑わなかった」
正確には小学生の頃からいつも一緒にいる。そんなことわざわざ訂正する気も起きないけど。
「しっかし、最近はどうだ?お前と染咲さんが一緒にいる姿をあまり見なくなった。学部が違うってのはあるが、それでも前より一緒にいる姿は見なくなったよな。それで浮き上がったのは破局説だ!実際のところどうなんすか、ユウキサン?」
「・・・・・・おまえ、それを聞くためだけに今日、昼食に誘ってきたのか?」
「えへへ、実はその通り」へたくそな照れ笑いを浮かべる山下。
「奢ってやる、って言われてなんか変だと思っていたんだ。どうせ誰かに頼まれたんだろ?」
「それも当たり。・・・・・・で、実際のところどうなんだ?別れたのか?」
「・・・・・・・」
ほとほと呆れて口をつぐんでいると、
「うっそ、マジだったのか?」
あらあら、とわざとらしく驚く山下。口には意地悪い笑みを浮かべている。
癇に障ったので、山下の食べているトンカツをひと切れ奪って食べてやった。
「あああ!俺のカツを!」
「自業自得だ」
「何だよ、怒っているのか?さては振られたんだな」
「そんなんじゃないよ。第一、僕らは付き合っているわけじゃないし」
「え、付き合ってなかったのか?」
山下がそういうのは無理もないだろう。それくらい僕らはいつも一緒にいたから。
けど、大学に入ってその在り方に少しだけ変化が生まれた。
「これからは大学で別々に過ごしてみない?」
ある日アオイが言った言葉だった。
「・・・・・・どうして?」
「・・・・・・少しだけ新しい景色を見ていたいの。新しい絵を描くため」
「なら僕も一緒に・・・」
「いや・・・」
アオイは俯いた。それから口を閉ざしてしまった。彼女の表情が陰る。
どうしてだろう。彼女の気持ちが読み取れない。
最近、こういうことが多い。
以前、斎藤との出来事の後からアオイは時々、複雑な気持ちを顔に浮かべるようになった。
「・・・・・・わかったよ。けど家に遊びに来るのはいいんだろう?」
「うん、構わない。ありがとう」
アオイは薄く笑っていた。




