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06

事故から六年ほど経った。

何気ない冗長な日々を消化していると、気づけば僕らは高校生になっていた。

代り映えがしない日々。

事故の後から、僕らの関係は一定で、飽きもせず、むしろそれが変わらないことを僕は幸せに思いながら過ごしていた。


「えー、キリがいいので、今日はここらで終わり。っと、あれ。あと三分残ってるな」

数学教師が腕時計を見ながら言う。


「そういえば、文理希望調査票って配られたんだっけ?」


先生は一番前の席に座っているアオイに聞いた。

彼女はそれに無言で頷いた。


「そうか。みんな今まで高校受験とかあったと思うが、今回の文理希望もまた重要な進路の分岐点だ。

人生は常に前に向かっている。君たちの進路が必ず誰かと一緒のもので、今がずっと続くものなのだと考えないことだ。君たちの隣に座る親友、彼氏、彼女も結局は他人なんだ。いつかは君たちとは別々の人生を歩んでいくんだ」


「先生、ひょっとして奥さんと別れたんですかー?」


お調子者の男子がそう言うと、クラス中で爆笑が起こった。

先生は苦笑しながら、


「馬鹿。そんな話じゃない。ただ言いたいことは、誰かがああするから、誰かがああなりたいというから、という風に考えるんじゃなくて、自分の将来の選択肢は自分で決めろって言いたいんだ。今ではなく未来を見ろ。決して予定通りに往かない人生だが、選んできた道に自分の意思があれば、後悔しないものだ。まあ、私の体験談から言うと―――――」


キーンコーンカーンコーン。

そこで昼の予冷が鳴った。


その瞬間、生徒の意識は先生から昼飯にスイッチし、一気に教室はざわついた。

そして我先にと購買にパンを求めて第一陣が飛び出していった。

先生は開けたままになった口をパクパクとさせた後、やれやれという風に教室を出ていった。


「ユウキ、飯食おうぜ」


クラスメイトの田中がいつものように声をかけてきた。

ん、と適当な返事を返して、カバンから弁当箱を二つ取り出し、いつもの場所へ向かう。


窓際の後方では既に数人のクラスメイト達がいつも通り机をくっつけて、弁当を食べる用意をしていた。


高校に入って以来、僕とアオイは数人のクラスメイトとともに昼ご飯を食べることが日課となっている。

野球部に所属している田中、卓球部に所属している斎藤、眼鏡で委員長の高橋さん。中々バラエティ豊かな面子に、僕とアオイを合わせて五人のグループだ。


僕が椅子に座ると早々にアオイが、「今日の献立は?」と僕に尋ねた。


「・・・いつもと同じ」


そう言うと、アオイは少し不機嫌そうにため息をつきながら、無言で僕から弁当箱を一つひったくった。


「いいなあ。いつもユウキくんに作ってもらって」

高橋さんが言う。


「何もいいことなんてないわよ。ユウキってば最近は手抜きばかりで毎日毎日同じメニューでいい加減飽き飽きよ」

と、文句を言いながらそそくさと弁当箱を開けてパクっと一口食べるアオイ。


「毎日違うものを作るのって案外大変なものなんだぞ。それに何より朝が弱くって・・・」


「怠惰、怠惰。キリスト教の大罪の一つね。お陰様で私の昼休みの楽しみは次第に消えていってるわ、どうもありがとう」


「・・・ふうん、そんなに文句があるなら自分で作ってみたらどうだ」


少し強気で返すと、アオイはギロリとそれより強く鋭い視線を返してきた。


「まあまあ二人とも。ケンカしないで」

高橋さんが仲裁に入った。


「しかし、高橋さん――――」


「喧嘩じゃないわ。罪を戒めてあげてるだけよ」

ふん、とわざとらしく鼻を鳴らすアオイ。


その様子を見て僕はこれ以上何も言わないことにした。経験則からこれ以上何を言っても余計彼女の機嫌を損ねることになるのを知っていたからだ。


肩を落とし、自分の弁当に手を付ける。


「そ、そういえば□□県の高校に通っている中学の同級生に面白いうわさ話を聞いたんだ」

僕とアオイがもたらした気まずい沈黙を破ったのは斎藤だった。


「へえ、どんな?」

気を遣わせてすまない、という気持ちを込めながら僕は聞いた。


「詳しくは知らないけど、自殺願望のある人間を集める建物があるんだってさ」


「・・・・・・自殺願望のある人間を、集める?」


「そう!やばくない?」

斎藤は少し興奮気味に言う。


「都市伝説じゃないの?」

疑わしげに高橋さんが尋ねる。


「俺もそうだと思ったよ。けど、友達がその建物の画像を送ってきたんだ」

言いながら、スマートフォンを取り出して僕らに画像を見せてきた。

そこに映っていたのは、遠目から撮られた黒い建物だった。

墨のように黒くて四角い建物、形としてはマンションのようなものだった。周りには住宅が並んで、その中に建っているそれは異様な景観だった。


「なるほど。確かにちょっと変だな。けれど、これって合成かなんかじゃないの?」


「いや、俺もそう思って友達に聞いたんだ。けどその後友達とテレビ通話でその建物を見せてもらったら本当にあるんだよ。ほら」

といってその時のスクリーンショットを見せる。

なるほど。言う通り、確かに映っていた。


「どうよ、これ。怖くね?」


「確かに不気味だな」


「不気味なのは認めるけど、これが自殺したい人間を集めてるなんて何でわかるんだよ?そもそも誰が、何のために?」

田中が最もなことを言う。


「・・・・・・それは、知らない。」


「はぁ?」

斉藤を除く全員呆れた声を上げた。


「なーんだ。結局は噂話程度のものなの?聞いて損しちゃった」

と言ったのはアオイだ。


まだ弁当の件での苛立ちが収まっていなさそうな刺々しい口ぶりだ。

しかし、これには同意。僕らもうんうんと頷く。


「ま、まってよ。まだ終わりじゃねえって。まだこの建物について情報があるんだ!」

必死に取り繕う斎藤。


これ以上何も言わない方がいいんじゃないか?という風な雰囲気が流れるが、仕方なく耳を傾ける。


「この建物は、ある日突然この場所に現れたらしいんだ!幽霊みたいにブワッと!誰も建設過程を見た人間がいないんだってさ!ヤバくないか?マジで怖くないか?」


「じゃあ、ハリボテなだけじゃないの?映画のセットとか?」

「そもそも誰情報なんだよ?」

「もっと接写した画像とかないの?」

「嘘くさ」


斉藤は黙ってしまった。

噂程度の情報しか持ち合わせていないから無理もない。

せっかく雰囲気を取り持ってくれたのにごめん、と僕は心の中で謝る。




「おい聞いてくれ!あの建物は本当にあったぞ!しかも聞いて驚け!あの建物はマンションだった!!」


後日、斉藤が言った言葉だった。

どうやらあの後真実を確かめるために、わざわざ隣の県まで足を運んだらしい。

件の建物の話を忘れかけていた僕らは斉藤の熱意に軽く引いた上に、正直真相などすでに興味はなくなっていた。


それ以降、斉藤も挫けてしまったのか黒い建物の話をすることは無くなり、僕らもすっかりそんなことを忘れて日々を過ごしていた。


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