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おばさんの冷徹な声が静かに響く。
それを皮切りに、父が怒号とともに駆けていき、おばさんに飛びかかった。
おじさんが間一髪でそれを防ぎ、黒い拳で父を殴りつけた。
が、父はそれにひるむことなく今度はおじさんに飛びかかり、三者交えての取っ組み合いが
始まった。
二つの焼死体と人間が暴力の応酬を繰り広げていると、次第に異変が起きる。
焼け焦げたはずの二人の焼死体の体からオレンジの光が浮かび上がっている。
取っ組み合いの激しさに相まって、ボロボロと黒い表面が落ち、中から灼熱の炎が燃えあがっているのだ。
それは次第に溢れ出て、三人の体を包んだ。
「ごああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
炎に包まれながら絶叫する父。
火は次第に周りの物を巻き込んで部屋を炎で満たそうと動く。
「な、んだよ、畜生!」
不意の炎。
十年前を思い出す人が燃える臭い。
「二度も、巻き込まれてたまるかよ!」
僕は炎よりも早く部屋を駆け回った。
監禁されたアオイを救いたかった。
「・・・鍵っ!鍵はどこだよ、ちくしょう!」
寝室のドアを纏う鎖、それにかけられた錠前の鍵はどこにある?
あらゆる場所を探すが、見当たらない。
次第に火の手が上がる。業火が拡がる。
「くそっ・・・!」
僕は寝室の前まできて、鎖を力づくで引っ張る。
あまりに頑強な鎖はびくともしない。ドアを叩いて壊そうともするがドアもびくともし
い。
息が熱い。熱気が痛い。
ドアを叩く。迫る死の臭い。
「くそ・・・くそ・・・・・・」
ドアに額を当て、まるで駄々をこねる子供のようにドアをひたすら叩き続ける。
このままじゃ、アオイが・・・・・・。
「ユウキ・・・・・」
猛々しく燃える炎が感覚を支配する中、ふと水面を弾くような静かに響く声を聴いた。
「アオイ・・・アオイか?」
それはドアの向こうからだ。
監禁されているアオイだ。声は弱弱しくしゃがれていた。
「今、出してやる!待っててくれ!僕が・・・・・・」
「ユウキ、もう行って・・・・・・」
「何言ってんだ・・・!そんなこと・・・!」
「私は、大丈夫だから・・・・・・」
「でも、このままじゃ、火が・・・・!」
「大丈夫・・・。私を信じて。私たちの、絆の強さを信じて・・・」
彼女は告げる。
絆。
醜悪な私怨と、肉親の殺意が創り上げた絆。
「・・・だめだ・・・信じられない・・・・・・僕は、もう誰も信じられない」
「・・・なら、せめて、自分を信じてあげて・・・自分の純粋な気持ちを信じてあげて。あなたが来たのは、私のためじゃないでしょう?・・・・・・別の私でしょう?」
まっすぐな声を聴いた。
偽りのない声だった。
アオイ。愛しいアオイ。
そしてそんなアオイを死ぬことも躊躇せず追いかけてきた自分。
失いかけていた目的。
「・・・・・・ごめん。ごめん、アオイ」
声を絞り切って出した。
アオイを救うために、僕はアオイを見捨てる。
身が裂ける思いだった。
「いいから・・・さっさと、行き、なよ・・・」
途切れ途切れになりながらも、彼女はまるで僕を安心させるかのようにからかう。
少しふざけたように言うその声を見放したくなかった。
けど、その気持ちを振り切って、僕はリビングの方を向く。
火の手が既にリビング全体に及んでいる。
僕は急いでもう一つの寝室に飛び込んで、毛布を掴み、キッチンで水に浸した。
毛布を体に覆いかぶせると、急いで廊下につながるドアに向かう。
その途中に。
三人の人間の姿があった。炎の中で固まって動かなくなっていた。
少しだけその姿を見据える。
その光景は、二度と見ることのないと思っていた、あの事件の光景とそっくりだった。




