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「浴室にも、ドレスルームにも、トイレにも、天井裏にもいなかった」
おじさんは首を振って、おばさんに言った。おばさんはため息をついて、そう、と言った。
「あとは、リビングと二つの洋室だな。だが、その前に・・・・・・」
おじさんは緩やかな動作で僕と父を交互に見る。やはり、眼球が無く陥没した眼で、顔だけを動かして眼窩の闇を僕らに向ける。
深くどす黒い色だ。それでいておばさん同様、殺意に似た炎を灯しているような矛盾した錯覚を感じさせる。
「会いたかったぞ!殺人鬼め!俺のことを忘れたとは言わねえよな⁉」
火山が噴火したように、一気に内でくすぶっていた怒りを解き放ったような声だ。
僕と父、おまけにおばさんまでも驚きと畏怖の念を感じたのかわずかにビクつく。
「十年だ!十年探し続けた!ようやく見つけた!娘を返してもらうぞ!」
叫ぶおじさんを見て僕は息を呑む。
焼け焦げた体に再び火が付きそうなほどの激情だ。
父さんもさっき以上に汗をかいて立ちすくんでいる。
するとおばさんがソファから腰を上げ、おじさんのもとに向かい、なだめるようにおじさんの肩に手を置く。
「あなた、落ち着いて。あの娘は必ずここにいるわ。焦らなくとも大丈夫よ。それより私ユウキくんの話が気になるわ」
焼死体が二人そろって僕の方を向く。
「ユウキくん、久しぶりだな」
「え、ええ・・・」
「気になったんだが今の君の話はほとんどが嘘だ。それは親父が昔教えたのか?当事者とはいえ、君は幼かったからな。後で仕込まれたとしか思えない作り話だ」
「いえ、そんな・・・」
「そんなことするわけがないだろう!!!」
父が堰を切ったように吠えたてた。
しかし、それを上回る声を以て、黙れ!とねじ伏せるようにおじさんが叫ぶ。
「犯罪者が!お前の言うことなど信じられるか!!」
父は何か言いたげに口をもごもごと動かすが、舌打ちを一つしただけにとどまった。
「ええ。父の言うことは本当です。僕は先ほどのように認識しています。決して誰に教え込まれたわけでもなく記憶の通りに答えました」
「なるほど」
おじさんはリビングに入って、ソファの背もたれに腰掛けた。
「ならば、本当のことを教えなければなるまいよ。君に罪があるわけじゃない。しかし、全くの無関係な立場にいるわけじゃないのだから、真実は知らなくてはだめだ」
「ならば、私が教える!」
父が叫んだ。おじさんたちが何かを言おうとするのを制すかのように父は続ける。
「不満か⁉嘘があればあんた達が訂正すればいい!それに私しか知らないこともある!あんたらは事件の概要しか知らないかもしれないが、私は犯人の感情や事情だって知ってる!」
「事情などと・・・」
「動機を語ることは必要だ!」
父は厳格な様子を少し取り戻したように見えた。
観念したのか、開き直ったのか、語気が強い。
おじさんは手を組んで黙り込んだ。
どうやら肯定の意思を見せたようだ。
それを見て父はフーフーと息を漏らしながら僕の方を向いた。
「いいか、ユウキよく聞け!あれは事故などではない。私が謀った事件だ。お前が何を根拠にあんな話をしたかは知らんが、事実は全く違う。
まず私はこいつらの娘を誘拐した。ガキを誘拐すること自体は簡単だった。薬を使ってしばらく眠らせておいたから騒ぎ立てることもしなくて楽だった。するとこいつらは娘が行方不明になったことに焦りだし、次第に警察沙汰になるほどの騒ぎになった。それから何日がたって、私は母さんに電話をさせて、彼女が隣の××県で目撃されたと情報を与えた!その目撃者に会いにいくために、私が車をだすことになった。いや、あえてそうしたのだ!その方が都合がよかったからな。それで高速道路に乗った後、ユウキがトイレに行きたいとわめき始めた。そう、そのためにお前を連れて行ったのだ!一刻も早く××県に行きたいのに、お前という子供を連れていくことにより車を止めるやむを得ない理由が作れるからな!」
父は狂ったような笑顔を浮かべている。
「それで私たちはサービスエリアに立ち寄った。お前がトイレに行っている間、まず助手席に座っていた父親を殺した!次に母親を殺した!その後お前が戻ってきたからお前を殴りつけ気絶させた!そしてそのあと車を炎上させたんだ!事前に高速道路から降りられるサービスエリアは確認していたから、そのまま私は逃げて、このマンションまで来て身を隠した!マンションには既に、攫った娘と妻が待っていた。そういう手はずだったからな・・・!」
僕は絶句していた。
なんだその話。そんな話聞いたことが無いぞ。
「お前は、実の息子まで殺そうとしていたのか!」
おじさんが吠えた。
「そうだ!お前たちさえ殺せれば何でもよかった!忌々しいお前たちさえ殺せればな!
我慢ならなかった!お前たちの生活はおぞましい!馬鹿みたいに響く笑い声も、庭から臭うバーベキューも、何もかも癇に障った」
・・・たったそれだけ?くだらない。
僕は絶望した。ただの私怨だ。それもこの世で最も底いレベルの妬み。
先ほど母さんが言っていたが当時僕の家の経済状況はあまり良くなかったらしい。
けれど、そんな幼稚な理由で、悪意を抱き、人を殺すなんて。
愕然とした、なんてものじゃない。
こんな人間が、親だなんて。
僕の目からは不覚にも涙がこぼれ落ちていた。
どんな感情なのかは僕でも計り知れないが。
ああ、畜生こいつは、殺さないとだめだと自らが燃える。
「妻も納得した!お前たちのいやらしさは妻も感じて―――――――――」
そこで、父がハッと何かに気づいたかのように部屋中を見回す。
「妻は、どこだ・・・?」
唐突に張り付く空気。
緊迫する鼓動。
そして不意に思い出すカエルの鳴き声に似た、短い呻き声。
僕は、目を見開いた。恐らく父も同様に。
ソファの陰から、おそらく床に倒れた人の――――――手が覗いている。
「――――――――もう、殺した」




