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「父さん!母さん!」
僕は叫んだ。
リビングでうなだれる二人は微かに身震いしたが、こちらを向くことはなかった。
・・・僕の嫌な予感は間違いなかった。
このドアの奥には十二年前から監禁され続けている女の子がいる。
ドアに巻かれた南京錠と鎖が物々しい威圧感を放ち、侵入を拒んでいた。
「父さん!母さん!鍵はどこにあるんだ!」
呼びかけには依然応答が無い。
僕は苛立ち、地団太を踏むように大きな足音を鳴らしながら、両親のもとへ向かった。
ソファの横に座り込む母さんが肩を少し震わせ、念仏を唱えるように何かを呟いている。
「母さん、しっかりして!あの部屋のカギはどこにあるんだ!テレビで言っている事件は・・・母さんたちのことなんだろう!!」
僕が言うと、母さんは顔を上げボロボロと涙を流しながら訴えるように、「違うのよ、違うのよ、違うのよ」と繰り返す。
「そんなつもりじゃなかったのよ!私たちだってしたくてやったわけじゃないのよ!あのまま生活していたらユウキもいつか・・・!」
鬼気迫る姿に僕は気圧されそうになる。
「・・・・・・どういうことだ、母さん」
「それは・・・・・・」
母さんが告げる前に、
『しかし、この事件!私たちがついに解決へ導くことに相成りました!』
テレビのリポーターが鼻息荒く画面に映る。
あっけにとられたのは僕だけではなく、画面の端に映る焼死体も同様だった。
『それは一体どういう・・・』
『事件解決の鍵は、言うまでもなく犯人と娘さんの居場所でありましょう!我々はそれを突き止めたのであります!いや、それは本当に偶然であったのですが!』
『何、だと?本当か⁉』
『ええ、間違いないでしょう!私たちは今日とあるマンションを取材していたのですが、そこで見たのです!事件の当事者となる人物を!』
『な、なんだと』
ああ、陳腐な寸劇を見せられている気分だった。
・・・なのにどうしてか、こんなに背筋が凍るような思いがするのは。
父と母さんは、焦燥感を顔に浮かべてわなわなと震えている。
それでも目はテレビを正確に見据えていた。
『当事者というと、私たちと、あの夫婦、そして娘と・・・』
焼死体が何かに気づき、ハッとしたように口を開ける。
皮膚を失いむき出しになった頬の筋肉を上げる。口の中は黒い空洞になっていた。
『そう!お気づきの通り!犯人夫妻には息子がいるでしょう!それが私たちのテレビに偶然映り込んでいたのです!』
『それは本当か!ようやく見つけた!おい、どこにいるんだ!』
焼死体は肩を揺らし、喜んでいる。動くたびにその焼けた体がぱりぱりと不愉快な音を鳴らす。
『実はその場所が、取材先のマンションなのです!巷で噂の幽霊マンション!名前ぐらいは聞いたことがありましょう、マンション・スペクターです!!ひゅう、恐ろしくて身の毛もよだつ!手っ取り早くこの映像をご覧になってください!明白な証拠とも言えましょう!』
リポーターがそういうと画面は切り替わった。
画面に映ったのは夕焼けをバックにした同じリポーターの姿だった。
『さあ、我々はついにたどり着きましたよ!』
リポーターが手を大きく広げると、ジャーン、というシンバルの音が鳴る。そしてカメラは移動して画面には黒々としたマンションが映し出される。
『ハハハ!見てください。アレこそが最近巷を賑わせている幽霊マンションです!誰が建てたのかも謎!いつから建っているのかも謎!不気味なマンションです!あそこに列を作っている人々は皆自殺志願者だそうです!ハハハ!恐ろしい!』
・・・どこかで聞いたような台詞だった。
そう、あれは僕がこのマンションに来た時に見かけたテレビクルーだっった。
それに気づいた時には嫌な汗が首筋に浮かんだ。
『えー、初めてお知りになった視聴者の方々にざっくりとした説明をしましょうか。あれはあらゆる場所に出現すると言われる幽霊のような怪奇マンション。そこに入居すれば、どんな人間も永遠の幸せな暮らしを提供されるとか!』
『し・か・も!入居条件は自殺志願者のみ、だとか!・・・・・・うーん、意味不明です!それって都市伝説なんじゃないか、ですって?無論、それに等しいうさん臭さ。にわかに信じられませんよねえ。しかし、それが目の前にあるんです!私もびっくり!これから決死隊こと、この私、史上初の潜入リポートを行います!!』
『おっと、勘違いしてほしくないんですが、別に私自殺したいというわけじゃ―――』
『おい、待ってくれ!』
『・・・おや?』
テレビに別の人間の声が入り込んだ。カメラがそれに合わせて横にずれると、見知った人間を映し出した。
―――――僕だった。
焦燥を顔に浮かべて、マンションに向かって叫ぶ姿が映し出された。
鬼気迫る勢いで走り出して、そして、マンションの玄関先で思いっきり殴られて倒れた。
『あれは、どこかで・・・・・・ちょっと一旦カメラ止めてください!』
急に真剣な表情に変わったリポーターが再び画面に映り、映像がそこで止まった。
『おわかりいただけましたか?彼を見つけただけでなく、彼が鬼気迫る勢いでマンションに向かっていった。映像にはありませんが、あの後、彼はマンションに入っていきます。あの様子、気になりませんか?今までどこを探しても行方知らずだった彼の両親がいると思いませんか?』
ふざけるな。
なんて支離滅裂な言い分だ。本当に陳腐な寸劇を見せられているようだ。酷いなんてものじゃない、悪辣で悪質なセリフと展開だ。
誰かを貶めようとするだけの罠だ。演者も、舞台も脚本も害悪なそれでしかない。
『間違いない!奴らはそのマンションにいるはずだ!よし、そこに行こう!』
芝居じみた気持ち悪い声だった。
焼死体が興奮してリポーターの肩を叩いている。それをにこやかになだめながら、
『ええ、もう準備はしております。直々に出向いてみましょうか!』
笑顔が固まったリポーターはあらためてカメラを見据え、
『それでは、コマーシャルの後、我々決死隊、マンション・スペクターに突入します!』
卑しい息遣いまでもが聞こえてくる。
画面が切り替わりやたらテンションが高いコマーシャルの音が、ついていけない僕を嘲わらうように流れる。
不快感から、憤りがこみあげてくる。
待ってくれ。まだ知らなければいけないことがたくさんある。
状況を整理しなくては、どうしようもない。事件の真相、マンション・スペクター、監禁、焼死体、それから・・・・・・
くそ、頭が働かない・・・
「ふ」
・・・・・・ふ?
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
雷のような大声が響くと同時に、画面が砕けた。
リモコンが空を舞い、テレビに直撃したのだ。
テレビは、ジジ、と切れかけの電球のような音を出して、虹色の線を縦横無尽に画面に浮かべてフリーズした。
感情を爆発させた大声が、一時的に混乱した頭をスッと整頓するような感覚を生んだ。が、それは再び新たな混乱をもたらした。




