30
「お願いします」
細々とした声だった。
「承りました」
そういうと、女は安堵したのか肩を落とす。
次第にその肩は震え、ボロボロと涙をこぼした。
しかし、その顔がいくら涙に濡れても、どれだけ懺悔の言葉を並べても、笑顔が消えることはなかった。
器用な女だ。いや、これも害された精神状態だからこそか。
「しかし本当にいいのかしら?深い仲なんでしょう」
「聞かないで。私たちの関係なんて・・・答えたくない」
「彼がここに来るまで待つのかしら?」
「・・・・・・いえ、もう帰るわ」
女は立ち上がってゆっくりと周りを見回した。その姿を見て察したように、
「出口はあっちの方。非常階段となっているわ。霧でここからは見えないけど、鍵は開いているから、さっさと帰りなさい」
濃い灰色の霧、その先を指さした。
「ありがとう。お世話になりました」
女は慇懃に深々と頭を下げた。
「やめてくれるかしら?私は別にあなたに何かしたつもりはないわ」
依然笑顔の女は何も言わず、もう一度頭を下げて霧が煙る方へ去っていった。
その姿を見送って、「あれだけ害されて一利もないとは、度し難いやつもいたものね」
誰に言うでもない言葉は、霧に巻かれて消えていった。




