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そのあと、母さんはキッチンへ向かい夕飯の支度を始めた。

ソファには僕と父が残され、なんとも居心地が悪い空気が流れる。僕は視線をテレビに流して、なんとかやり過ごす。そして、所在なさ気な意識ですっかり団欒してしまっている自分の存在に気付いた。

・・・・・・このままこの温い空気感に浸るのは結構だが、アオイを探しに行かなくてはいくという目的を忘れそうになるまでどっぷり浸かるのはまずい。

頃合いを見計らって部屋を出ていかなくてはいけないが、母さんが料理を作ると張り切っている姿を見ると、それも躊躇してしまう。

・・・いやそれだけではないだろう。きっと、久しぶりに血のつながった家族との邂逅に喜んでいる自分がどこかにいるのだ。アオイとは少し違った甘さを持つ家族の魅力に惹かれてしまっているんだろう。

この鉛のように重くなった腰をソファから上げることはできなかった。


「そうだ、ユウキ。お母さん聞きたいことがあるんだけど」


母さんがキッチンから言う。


「何?」


僕は視線をテレビに据えたまま応える。


「ユウキは・・・彼女はいるのかしら?」


さも楽しそうな声が返ってきた。

僕は少しだけうっと躊躇う。

高校生の頃、同級生がこの手の質問を母親からされてうんざりすると言っていたが、なるほど、当時の僕はあまり共感できなかったが今なら少しわかる気がする。いるいないどちらにしろ、どうにも気恥ずかしい質問だこれは。どうやらどこの母親も息子の色恋事情には興味津々というわけらしい。


「いないよ。恋愛には疎くてね」


少し気障だったかもしれない。


「あら、そうなの?気になる子もいないのかしら」


「気になる子ねえ・・・」

少し考えたが、そんなのはいなかった。僕にはアオイがいるだけで満足だったから。


「それもいないな。強いて言うなら、アオイかな。まあ、それもずっと・・・」


ガシャン。


僕が言い終える前に、キッチンで何かを落とした音が聞こえた。


「・・・・・・母さん、大丈夫?」


空気が変わった。


そう感じた。


テレビから視線を切り、キッチンの方を振り向くと、母さんが顔を蒼白にしてこちらを見て固まっていた。

どうした、と聞く前にソファに座る父も険しい顔をしてこちらを、鋭い目で見ているのを認めた。手に持ったコーヒーカップがわずかに震えているように見えた。

温かい団欒の雰囲気は、一変、凍り付いたような緊迫感が襲う。


「え・・・ど、どうしたのさ、二人とも」


僕も二人の顔を相互に見ながら、理解できない尋常ならざる状況に固まってしまった。


「・・・・・・ユウキ」


数秒して、父が慎重に重い口調で言った。


「そのアオイというのは、染咲アオイか?」


「そ、そうだよ。染咲アオイ。隣の家に住んでいる彼女だよ。父さんたちも知っているだろう?」


そういうと母さんは金属同士を擦りあったような短い金切り声を上げた。手を口に当ててまるで怯えているように見えた。

父は目線を落とし、静かに頭を抱え込んだ。


「な、なんだよ、二人とも。どうしたっていうんだよ」


「ユウキ、ふざけて言っているんだったら、どういうつもりか知らないが、ただでは済まないぞ」

父が先ほどよりさらに深く低い声で言う。

その迫力に気圧されそうになる。


「な、なんだよ」


「嘘と言え!くだらない冗談だと!そんなことがあってたまるものか!」


父が飛び上がるように勢いよく立ち上がり、テーブルを乗り越え、僕の胸倉を掴んだ。

あまりの勢いにコーヒーカップが床に落ち、絨毯に黒い染みを作った。

母さんは、キッチンから急いで駆け寄ってきて、やめて!と父を止めようとするが、父は僕を見据えたまま、荒い息をあげて止まらない。


「ユウキ!お前が言っていることの意味が分かるか!?二度とそんなくだらないことを言えないように教えこまないとわからないか⁉」


「どういうことだよ!父さんが何を言っているのか分からないんだよ!」



『――――殺されたんだ!』


声が響いた。

興奮している男の声だ。

その声が、刹那の沈黙をもたらした。

それはテレビの音声だった。

僕は父に胸倉を掴まれながらも無意識にテレビの方を向いていた。それは父も母さんも同様で、固まったようにテレビに注目していた。

テレビの画面には『未解決事件特集!』と右上にテロップが出ていた。先ほどまで別の番組を見ていたはずだが、父が暴れた拍子にリモコンに当たって、チャンネルが切り替わったらしい。


『私たちは、殺されたんだ!』


その声の主に僕はギョッとした。

焼死体だ。

声の主は焼け焦げた死体だ。

それも二人。

片方はさめざめと泣く様子を見せ、もう片方は黒くなった身体を大きく揺らしながら画面の向こうから叫んでいる。


『娘はさらわれ、私たちは事故に見せかけて殺された!自動車事故だ!あの日、あいつらは体のいいことを言って私たちを誘ったが、それは殺すための計画だったんだ!』

マイクを持ったリポーターらしき人物が画面の端に映った。


『なるほど、事前に入念な計画を立てていたわけですね』


『そうだ!やつらは私たちを逆恨みしていた!裕福な私たちを一方的に憎んでいたんだ!だから計画を立てて、さも事故に見せかけて殺すようにした!』


『しかし、その事件の後、犯人達が姿を消してしまったことを考えると・・・』


『そうだ、失敗したんだ!馬鹿な奴らだ!私たちを殺しても事故に見せかけることはできなかった!だから、奴らは逃げたんだ!』


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