27
目の前に平然と座っている両親に、僕は戸惑っていた。
「久しぶりね、ユウキ」
母さんがわずかに笑みを浮かべながら言う。
「・・・ああ、本当に久しぶりだ」
両親を見て僕は一つ気づいたことがあった。
老いている。
正確に言うと、死んだ事実がなかったように、事件から十数年分、順当に年を取っているように見える。
僕の記憶にある二人の姿とは違い、白髪が混じっていたり、顔の皮膚が少し垂れていたりしている。
その変化が、僕の涙をぎりぎりのところで押しとどめた。
死んでいた両親に会う、それが僕の心を大きく揺さぶったが、見た目の相違がかろうじて僕を理性的にさせた。
「何で二人がここにいるの?父さんと母さんは・・・」
死んだはず、とは言えなかった。
すると母さんは目を丸くしながら、答えた。
「変なこと聞くのね、この子ったら。ここは私たちの家じゃない。ここに住んでいたらいけないの?」
「・・・・・・何言っているんだ。僕らの家は隣町にあるだろう。小さい一階建ての一軒家」
「やだわ、ユウキ。それは十年も前の話じゃない。いま住んでいるのはここのマンションでしょ」
母さんの言葉の意味を理解するのに戸惑う。母さんの無垢な目を見ると嘘をついているとは思えない。
「それはどういう・・・」
「ユウキ」
僕の言葉を低い声が遮った。
「コーヒーを淹れなさい」
父の声だ。
・・・そうだ、父は確かこんな人だった。
厳しく、強く低い声で僕に何かを命じる。反発しようものならさらに強い口調で叱責される。そんな厳格な父だ。
「・・・はい」
煮え切らない気持ちで僕はキッチンに向かう。コーヒーメーカーを取り出し、静かに黙々と作業を行うが、
「何をやっているユウキ。豆から挽くんだ」
「僕、素人なんだからどんなことしても味は変わらな―――」
しまったと思った。キッチンから父の方を見ると、案の定父の鋭い目線があった。
「いつから、お前はそんな口が利けるようになった、ユウキ。随分偉くなったものだな」
氷のように冷ややかな眼と声だった。僕の中で眠っていた幼い恐怖が揺り動かされた。ああ、そうだ。この感じだ。この威圧感だ。僕はサッと視線を外し、コーヒーミルと豆を探し始める。
コーヒーの香りが次第に部屋に広がる。
ニュースが終わったテレビからは、芸能人の昔話などが冗長に流れている。
「それにしても十年もさみしくさせちゃってごめんね。いろいろ苦労もあったでしょう」
母はテレビに視線を向けたまま、まるで独り言ちるように僕に言った。
「別にそんなことはないよ」
本音だった。アオイがいたから寂しさなんて感じたこともなかったし、特別苦労したことはなかった。
「私たちも心配していたのよ。ユウキはちゃんと生活できているのかって。なんせまだユウキも小さかったから。今ではこんなに大きくなって私驚いたわ」
「それはそうだよ母さん。僕だってもう二十だし、一人暮らしをして十年経つんだから。そうだな、お金が無くて困ることは少しあるけど、バイトもしてるから生活は何とかなってるよ」
「そう、ごめんなさいね。私たちも会いに行きたかったんだけど。ここから出られなくてね。いや、出かけることはあるのよ。でも、あなたに会いには行けなったの」
「それはどういうこと?」
「実はね―――」
「母さん」
母さんが何かを言おうとして、父がそれを制止した。
見ると父は母さんに向かって静かに首を横に振っていた。母さんはそのまま俯いて黙ってしまった。
静寂はそのまま、コーヒーを淹れ終えるまで続いた。
「出来ました」
「・・・・・・」
父は無言でコーヒーカップを受け取った。
「ありがとう」
母さんは笑顔で応えた。
僕はコの字になったソファの一辺に腰掛ける。
両親を右手に置きながら、僕はソファで湯気立つコーヒーを啜る。
「ユウキ、お前今何をしている」
しばらくして最初に口を開いたのは父だった。
「何って・・・」
「大学に通っているのか、それとも就職しているのか、なにもしてないのか」
「大学に通っているよ。○○大学だよ」
「そうか、学費はどうしている」
「特待をもらって割引してもらっているのと、奨学金でなんとか賄っているよ」
「そうか」
どう思ったか知らないが、どうやらそこそこには満足してくれたようだ。
「父さんたちは何でこのマンションに?」
父がまた黙るので、そんな父を見て母さんが代わりに口を開いた。
「ユウキがまだ幼稚園に通っているころかしら。あの一軒家から別の家に引っ越そうってお父さんと話していてね。ほら、ユウキも大きくなってきてやっぱりあの家は少し狭いように感じてね。それからしばらくして経済状況も少し安定してきたから、ここのマンションを見つけたの。もう十年以上前の話かしら」
「それで引っ越すことにしたのか?こんなマンションに」
「あら、そんなこと言うの?なかなか素敵なマンションよ。住んでみないと分からないかもしれないけどね」
母さんは口に手を当てくすくすと楽しそうに笑う。仕草の一つ一つが懐かしかった。
「こうしてユウキにも会えたことだし、今日はご馳走を作るわ。ユウキの好きなものはカレーだったかしら。それも、確か・・・」
「ニンジン抜き、でしょ。けどそれは昔の話だよ。今じゃ嫌いな食べ物はないよ。なんでも食べるさ」
「まあ、本当!あなたニンジンが嫌いで意地でも食べなくて、お父さんによく怒られていたものね」
父が小さい咳ばらいをするのを見て、さらにくすくすと母さんは笑う。




