INTERMISSION
―――――少しだけ思い出話をしよう。
私が大学に入学して初めての冬を迎えた頃。
私とユウキは共通の友達に誘われ、名も知らぬ先輩たちの飲み会に参加したことがあった。
まだ未成年の自分に存分に酒を進めてくる激しい飲み会で、居酒屋の二階をほぼ貸し切るほどの大人数でとても賑やかだった。
みんなはしゃいで飲んで、はしゃいで飲ませ、全ての憂いを酒で浄化しているようだった。
どうしてこの人達はこんなに楽しそうで、こんなに自分に酒を飲ませてくるのだろう。
疑問を抱きながらも、私は注がれた酒を飲みほしていた。アルコールに酔っているのと、みんなが楽しそうにしている空間にも酔っていたのだろう。
そして私はその時今まで知らなかった世界に踏み入ったことにも興奮していた。
お酒はそこまで美味しいとは思わなかったけど、楽しいから何でもいいやと思ってた。
次第に自分が何をしているのかわからなくなった。これが酒に酔うということだ、と心のどこかで冷静に呟く誰かがいた。
次の光景は、ぐったりと酔いつぶれた自分をかいがいしく介抱する先輩たちだった。
居酒屋の出先でがやがやと騒ぐ大学生の集団の中で、私は行儀悪くも地べたに座り込んでいた。酔いが回りすぎて体が言うことを聞かなかったからだ。
朦朧としながら周りの光景を眺めていると、男の先輩が二人話しかけてきた。
名前は知らない。
髪を金と赤茶色に染めた派手な人たちだった。あと銀色が加われば表彰台だと私はのんきに思った。
その先輩二人の顔には笑顔が張り付いていた。
「君、一年生だろう、大丈夫かい?」
「無理をしちゃいけないよ、家帰れる?」
二人同時に話しかけてくる。私はうまく思考が回らないのと、舌がうまく回らないのも相まって、「うう?」と呻くような声を絞り出すことしかできなかった。
二人は顔を見合わせ、眉と口角を上げてさらに深い笑みを浮かべる。
「んー、二次会には行けそうもないね。来てほしいけど一年生に何かあったらいけないから無理には連れていけないし」
「かといってこんなところに置いていけないし、困ったなあ」
二人のそのセリフは白々しく心がこもっていなかった。
そして二人は、んん、と悩むように顎に手をやり、眼を細くして私をつま先から頭までじっくりと見まわした。
「しょうがない!じゃあ、君はいったん俺の家においで」
金髪の男が私の肩に手を置いて言う。蛇が這うような手の感触がやけに不快だった。
「そうそう、こいつの家が一番番近いから。俺も心配だから付き添うよ!」
「ばか!お前はついてくるなよ!」
「はあ!?ずるいぞ!お前だけ、楽しむ気かよ――――」
やけに興奮気味の二人を眺めた後、私は静かに目を閉じる。
そこで記憶は途切れている。
次の光景は、ユウキに背負われながらの帰り道だった。
いまいち状況が掴めないが、体からタバコの臭いと、口に残る酒の味、それと耳にしみ込んだ居酒屋の喧騒から、飲み会の帰り道だとわかった。
何か冷たいものが私の鼻に触れた。雪だ。そういえば今朝、今年初めての雪が降るとテレビで言っていた気がする。
時折、ユウキが立ち止まって、私を落とさないように慎重になりながらそろりと片腕を離し頬をさするような素振りをみせた。
私はどうしたのだろうとわずかに身じろぎをしてユウキの頬を覗こうとした。すると彼は「起きたのか?」と声をかけてきた。
しまったと思った。別に寝たふりをしていたわけじゃないけど、なんだか後ろめたさがあったのだ。
少し逡巡した後、私は、ん、と寝言にも似た曖昧な返事をする。
彼は何か言おうとしたみたいだが、私を背負い直し、再び無言で歩き始めた。
雪が次第に強くなってきた。それでも彼の体温のおかげで温かかった。
私は昔からこの熱を知っている。いつでも変わらず温めてくれる優しい熱だ。
「・・・・・・私、どうしちゃったの?」
おずおずと声をかける。
「酔いつぶれたんだ。さっきの飲み会でな」
「・・・そう。ごめんね、迷惑かけて。でも楽しい飲み会だったね」
彼は、再び口をつぐんで次第に降り積もる雪の道を静かに歩く。
しばらくして彼は口を開いて言った。
「・・・・・・飲み会に行くのもうやめないか?」
「え?どうして?」
「お前酒弱いしさ。僕がいなかったら酔いつぶれてどうなっていたか分からないし」
何かを避けるような曖昧な言い方が少しだけ引っかかった。
「どうなっていたかって、どういうこと?」
彼はハアと肩を落とし、
「お前が酔いつぶれたのをいいことに、先輩の家に連れ込まれそうになってた」
「え?」
「覚えてないだろう。お前フラフラして意識もなさそうだったからな。僕がそれを止めたんだ」
ほとんど覚えていないが、あの金髪と茶髪の先輩だろうと思う。顔はあまり覚えてないが、いやらしい笑みを浮かべていたのを覚えている。
自分の貞操の危機を幼馴染に救われたらしい。
「・・・・・・・・・」
素直に感謝出来たらよかった。しかし、私は昔から上辺だけの感謝ができない性格だった。
こんなことを彼に言ったら怒られるだろうが、私自身、先輩に持ち帰られることに何の嫌悪もなかった。
持ち帰れられることが願望であるということでは決してないが、もし、なし崩し的にそうなってしまっても私は何も言わなかっただろう。
持ち帰りという言葉の奥に秘められた本当の意味だって理解したうえで、私はそう思う。
何故か。
理由なんてわかりきっている。経験したことない刺激を欲しているのだ。それがきっとあれに囚われたままの私を変えてくれると信じているのだろう。
「寒くないか?」
「寒くないよ、大丈夫」
後で分かったことだが、先輩たちから私を取り返す時に、ひと悶着あったらしい。
酒気を帯びた宴の余韻、それを打ち破る怒号をどこかで聞いたような覚えが、実はあった。意識が曖昧なせいで夢か現か確証は抱けなかったが、彼の頬に出来た傷はそれが現実だったのだと教えてくれた。
それでも傷を負ってまで私を救ってくれた彼に素直に感謝できない自分がいた。
私は彼の背中で再び眠りについた。
彼の熱が私を優しく温めてくれる。
けれど、私はその熱が、あの事件の業火の余熱にしか感じられなかった。
例え雪降る冬空の下でも、その熱が冷めることはなかった。
火傷の跡が少し痛んだ気がした。




