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絶句した。

・・・・・・嘘だ。まさか、あの時の、斎藤の親父がいなくなった時の、あのマンションがまた現れたって言うのか・・・?


「それに彼女を連れてったんだ。そのマンションが本当にあるのかどうかぼくも半信半疑でさ。けれど、それは本当にあったんだ。夜だったけど、そのマンションは夜の闇よりも黒くてさ、滅茶苦茶不気味だったんだ」


「本当に、あったのか・・・」


「あったとも。この目で見たんだ。アオイちゃんと一緒にな。

・・・・・・でも、だんだんおっかなくなってきて、すぐ帰ることにしたんだ。ぼくもあんな不気味なものを見て流石に怖くなってきてさ、彼女に泊っていかないかって誘ったんだ」


「・・・うまい言い訳だな」


「違う!下心なんて無かった!・・・・・・それに誘ったけど、彼女は家に帰るって言ってぼくを置いてさっさと帰っちまった」


「その時の彼女の様子は?」


「・・・・・・それが、彼女はあのマンションを見て黙っちまったんだ。その代り、ずっとあのマンションを見ていた。少しも目を逸らさずに」


凝視するアオイの姿を思い浮かべる。

けど、その表情を想像することはできない。


「ああそういえば、別れ際に『ありがとう、なんだかいい絵が描けるような気がする』って言ってたな確か。ぼくはそれを聞いてよかったと思った・・・・・・ってどうした?そんな怖い顔して」


「・・・・・・・・・」

そんな。

どういう意味だ。その言葉にどんな意味が込められている?


「昨日はそれだけだ。なあ、いい加減離してくれないか?」


「・・・・・・悪かった」

僕は胸倉を掴んでいた手を離した。


「・・・これで気が済んだか?」

城山は襟を直しながら不機嫌そうに言う。


「そのマンションは一体何なんだ?」


「そんなの知るもんか。・・・・・・けど、噂では、『自殺者が集まる』っていう噂があるって聞く」

それはかつて斎藤も言っていたことだった。

そこは一種の自殺者のメッカになっているんだと。


「他に何か知らないのか?」


「ぼくもそんなに知っている方じゃないからな。そうだな、あとは『幸せに死ねる』とか『いつでも入居希望者を受け入れている』、『突然現れて、突然消えていく』とか。ふん、まあこんな情報誰でも知っていると思うがな」


「幸せに自殺できる・・・か」


「それが本当かはわからない。けど、自殺志願者はそれを期待して、こぞってそのマンションに集まるらしいぜ」


自殺者が集まる。

幸せに死ねるから。

・・・・・・にわかには信じがたい。


けど、かつて精神を病んだ斎藤の父親がそれを期待してマンションに行ったというのなら、合点がいく。


「さて、もういいだろう?いい加減、食堂に戻りたいんだけど」

城山は言う。


「・・・ああ、全部話してくれてありがとう」


「・・・・・・ったく。そう言えば今日アオイちゃんを見てないんだけど、何か知らないか?」


「・・・・・・体調が悪いって言ってた。理由を教えてくれなかったから、お前が何かしたんじゃないかと思ったんだ」


「はあ?言いがかりにもほどがあるぞ。確かに昨日会ったけど何もしちゃいない」


「・・・ああ、俺の誤解だった。すまない」

そういって僕は去った。

後ろから城山の不満そうな文句が聞こえてきた気がしたが、アオイのことを考えていて気にはしなかった。




アオイの家に戻ってきた。

大学からの帰路でもいろいろと考えてみたが、核心に至る答えは出てこなかった。

家の中は、変わらず荒れたままだった。改めてみるとひどいものだった。

あとで片付けなくてはいけない。

このままじゃまともに生活ができないだろう。

割れた食器を踏まないように廊下を進み、二階の寝室に向かった。

しかし、寝室にアオイの姿は無かった。


「・・・・・・トイレか?」


その言葉は願望に近かった。

そこにいてほしいという願望。

不思議と呼吸が荒くなるのを感じた。

急いで、トイレに向かってみる、が、彼女は居なかった。


「・・・・・・嘘だ。待ってくれ」


僕は急いでほかの部屋を回った。

風呂場、リビング、いない、書斎、使ってない洋室、いない、いない。

・・・どこにも、いない。


「アオイッ!」


呼ぶ声に返事は無い。声は静かな部屋に空しく吸い込まれていった。

嘘だ、嘘だ。

最後に、訪れた部屋は彼女のアトリエだった。

電気はついておらず、窓から差し込む光が室内を照らしていた。

そして、そこには。

不思議と荒れていないその部屋には。

ソファと、テーブルとその上に置かれた画材。

そして、部屋の中央に置かれているのは昨日まで真っ白だったカンバス。


「・・・・・・・・・なんだよこれ」


そのカンバスには―――――――書き殴ったように荒々しく、しかし堂に入っており、言い知れぬ冷たさを孕んだ、黒い黒いマンションのような建物が描かれていた。

それはまるで、巨匠が命をとして描き上げたような、荘厳で美しい傑作に思えた。



それから僕は無我夢中で家を飛び出た。


――――嘘だ、嘘だ。


そんなことあってたまるか。


アオイが、マンション・スペクターに向かった!


―――自殺者を集めるマンションに!


どうしてだ。何でこんなことになるんだ。アオイは死にたいなんて思ってるはずないじゃないか!


半ば自分を宥めるようなことを思いながら、駅まで向かい、○○市方面の電車に飛び乗った。

乗るや否や、すぐにスマホで情報を調べると、SNS上でもマンションのことは小さな話題となっていた。

いくつかの情報の中から、マンションがある場所の詳細を見つけ、その付近の駅で降りることにした。

その間、電車の中で城山が言っていたこと以外の情報を調べてみることにした。しかし、あまりに謎めいたネタゆえに、本物とジャンクの情報の精査ができなかった。録に分かったことは無いが、城山が言っていたことがどうやらネット上でもメジャーな説であるらしい。無論、それでも真偽は分からないが。

〇〇市に着いた時にはもう陽はほとんど暮れていた。

目的地であるマンションは駅から10分ほど離れた郊外にあった。

僕はその場所へ走って向かった。


そして―――――――たどり着く。


××市のベッドタウンである〇〇市は近年開発が進んで新興住宅地となっている。郊外も次々と新しいマンションが乱立している。

だからこそ。

その光景は異様であった。


「・・・・・・なんだこれ・・・」


思わず足を止めて見入ってしまった。

件のマンション。その姿は廃屋のようで、開発地区にあるには酷く不釣合いな景観であった。

全体的に煤で汚れたような黒い外観に、窓から漏れる生活の光は一つも無く、屋上の方はどういうわけか霧がかっていた。

そのせいで何階建てなのか正確には分からなかった。

幽霊屋敷のような寒々しさを纏っているが、しかし、幽霊屋敷なんて比にならないくらいに凍り付くような不気味さだ。無機質でマンションとは思えない。ほとんど陽が落ちているからか、なおその姿は暗黒めいていた。

マンションの周りには、噂を聞きつけてきたのか多くの野次馬が押しかけていた。

その中で、


「ハハハ!見てください。アレこそが最近巷を賑わせている幽霊マンションです!誰が建てたのかも謎!いつから建っているのかも謎!不気味なマンションです!あそこに列を作っている人々は皆自殺志願そうです!ハハハ!恐ろしい!」


と地元のTV局が元気にリポートしていた。

リポーターの言う通り、玄関口からざっと百人近くの人が列を成していることがわかった。

あれが全員自殺志願者。確かに皆何かに憑かれたように正気を失った眼でぞろぞろと入居の順番待ちをしているようだった。

他に、並んでいる列に対して、『命を捨ててはいけない!』『早まらないで!』『悩みを一緒に解消しよう!』と書かれたプラカードを持った団体が、メガホンを使い呼び掛けていた。

カオスな光景だった。

物見遊山で面白がる人間、必死に命の尊さを訴える人間、表情が消えた顔で死を望む人間。

全てが黒いマンションを中心として混在している光景はまさにカオスだった。

そこで気づいた。列の前から五番目に見知った女の姿があった。

見間違いであってほしかった。

けど十年以上連れ添ったその姿を見間違うはずがない。間違いなくアオイだった。

アオイの姿を認めたその時、列が動き始めた。

一人目、二人目とマンションの玄関に足を踏み入れていく。次第にアオイもマンションに近づいていく。


「おいっ!待ってくれ!」


僕は、考えるより前に声をあげて走り出していた。周りのやじ馬が、なにあれ、とこそこそと話していたように見えたがそんなのは気にも留めなかった。


僕の声に気づいてアオイはこっちを振り向き、目を合わせた。

その顔は焦燥と虚無をうかべ、僕を認めると深呼吸するように口を半分開けて再び閉じてしまった。何か言おうとしたのか、驚いただけなのか、そんなことはわからないが、次にアオイが薄く笑い、片手を軽く上げてわずかに振るような動作をした。

それを見て、僕は泣き出しそうになった。

なんだよそれ、それじゃまるで――――――――。

彼女は僕から視線を切ると、当たり前のようにマンションに入っていった。

玄関は暗黒に包まれていて、彼女はその闇に飲まれていった。


「ちくしょおおおおおおおお!!行くなバカ!!行かないでくれよ!!!」


言いながらマンションの玄関口まで全力疾走で駆けて行き、彼女を追おうとすると―――――――。

ガンっ!という衝撃が突然頭を貫き、視界に火花が散った。

あまりの衝撃に僕はフラフラと倒れこみ、明滅する視界でこぶしを握っている大柄の男を捉えた。


「順番待ちだ・・・クソガキ。後ろから並んできやがれ」


低い声でその男は言った。どうやらこの男が僕の頭を殴ってきたようだ。


「ちっくしょう・・・・・・何するんだ」


「割り込みしてんじゃねえっていってんだボケ」

順番ぬかしだって?

そんなこと言ってる場合じゃない。こっちは大事な人にあんな顔をされたんだ。ほっとけるわけないだろう。

僕は男を無視して這いつくばりながらも、マンションに入ろうとした。

しかし。

ゴッ!と今度は背中を思い切り踏みつけられた。

地面に思い切り顔を打ち付けてしまい、意識が一瞬飛びかけた。


「順番ぬかししてんじゃねえ!ルールを無視するてめえみたいなやつがいるから!俺は、俺は・・・・・・死ななきゃいけねえんだろうが!・・・・・・てめえらは他人のことなんてなんにも考えちゃいないんだ!」


男はなぜか泣き出しはじめ、僕を踏みつけ続けた。横腹をけり、頭を足でなじり、僕を嬲った。この男がなぜ泣いているかはわからない。

徐々に薄れていく意識でアオイの姿を僕は見た。



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