12
夜、僕はいつもどおり一人で床についた。
他に大学生活が始まって変わったことといえば、アオイの家で寝る回数が減ったことだ。
『今日は家に帰って』
最近では聞きなれた言葉だった。
どうにも最近彼女と触れ合う機会が少なくなっている気がする。
本音を言うと、寂しい。僕とアオイは強い絆で結ばれているけれど、それでも一緒にいなければ寂しいものだ。
背中を静かに察すってみた。そこには相変わらずぼこぼことした火傷の跡があった。
それに触れると少し安心した気がして、僕の意識は静かに闇に落ちた。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・シャン。
・・・・・・ガシャン。
どこかで何かが壊れるような音が聞こえる。
「・・・・・・んん?」
目を覚ました。窓に目を向けると僅かに青みがかかった夜明け前の空だった。
枕もとの時計を見ると、四時前だった。
今日は三限からの授業なので昼前くらいまで寝れるはずだ。なのにこんな時間に目が覚めるなんて・・・。
・・・ガシャン。
「・・・・・・なんだこの音?」
どこかで何かが壊れる音が聞こえる。
夜の鎮まった世界にやけに響く荒々しい音だ。
「隣の家・・・から?アオイか?」
僕は起き上がり、すぐさま家を飛び出した。
外に出るとさっきの音は鮮明に聞こえた。そして間違いなくその音源は彼女の家からだった。
玄関の鍵は閉まっていた。寝る前に施錠する習慣がある彼女だから、きっと寝ようとして何かがあったに違いない。僕は持っていた合鍵で家に入った。
家の中はひどい荒れ具合だった。
食器はその辺で割れて散らばっている。いや食器どころではない、あらゆる家具が壊されている。まるで強盗が押し入ったみたいだ。
「強盗・・・!?」
心臓が不穏に高鳴った。
僕は身近に落ちていたフライパンを手に持ち、音がする二階に走って向かった。
音は彼女の寝室から聞こえる。
「アオイッ!大丈夫か!」
僕は部屋に飛び込んだ。
寝室の中には羽毛が舞っていた。
それが布団の中身だと理解できたのは、シーツがズタズタに裂かれているからだ。
寝室の中も荒れに荒れていた。
カーテンも裂かれ、窓からは夜が明けようとしている白んだ空の、わずかな光が差し込み部屋を照らしていた。
その中で、アオイは立っていた。
息を切らし、肩を上下に大きく揺らし、涙を流しながら佇んでいた。
強盗らしい影は無かった。
しかし、だからといってホッと安堵していられるような状況でもなさそうだった。
「アオイ!どうしたんだ大丈夫か!」
「・・・・・・う」
呻くような声。僕を認めると涙が一層溢れ出た。
「もう、嫌だ・・・。どうして、どうして、変わらないの、どうして終わらないの?」
「何だって?」
「もううんざりなのよ!全部全部全部全部!いつまで続くのよ!いつまで私を苦しめるのよ!もう終わったことじゃないの⁉ねえ!」
錯乱していた。見ればわかることだった。
けれど、どうして?一体彼女に何があった?
まさか・・・
「おい、しっかりしろ!城山に何かされたのか!?」
「何の話よ!いい加減にして!ユウキ、貴方にももううんざりよ!貴方がいるからいつまでも消えない!私の傷はいつまでも癒えないじゃない!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」
アオイが再び暴れ出し、ベッドを再び裂きだした。
「よせ!落ち着くんだ!」
僕は暴れるアオイを押さえつけベッドに押し倒した。
手を押さえて、顔を歪めたアオイと見つめあう形になった。
「嫌だ!離してよ!」
「落ち着け!何があったか話してくれ!城山に何かされたのか!?」
「離して!痛いのよ!」
「悪いが教えてくれるまで離す気はない!」
しばらくもがいていたアオイは次第に大人しくなっていった。
しかし、アオイの目からは依然とめどない涙が流れていた。
僕は静かに手を放し、ベッドに腰掛けた。
彼女はベッドの上に倒れたまま、すすり泣きながら、天井を見つめていた。
「・・・・・・何があったんだ?」
僕は尋ねた。
しばらく間を空けてアオイは答えた。
「・・・・・・夢を見てた・・・」
呟くように、静かに。
「悪夢か・・・?」
「・・・・・・・・・悪夢よ」
喘ぐように答える。
「・・・ずっと、ずっと続く悪夢・・・。私にこびりついてるの・・・終わらない・・・いつまでも続くの・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・どうすればいいか、わからない。変えようとした、変わろうとした・・・。けど、いつまでもいつまでも、付きまとう悪夢が私を離そうとしない。絶対に忘れるな、お前は忘れてはいけないって、言ってくる・・・」
アオイの涙は止まらない。
「もう、限界なのよ。いつまで経ってもこの夢は覚めない・・・・・・。私、もうどうすればいいかわからないの・・・悪夢を終わらせる方法もわからない・・・このままじゃ、私壊れちゃう・・・・・・」
「・・・・・・僕が力になる・・・君は、一人じゃない・・・ずっと一緒にいるって言ったじゃないか。君の力になりたいんだ・・・」
そう言うと、彼女はまた嗚咽を漏らしながら泣きじゃくり始めた。
「・・・違うの、違うの、ユウキ・・・。そうじゃないの・・・・・・ユウキはわかってないの・・・」
違うの、違うの、と繰り返しながら彼女は涙を流す。
気が付けば、空は青く、朝日が窓から差し込んでいた。
こんな朝を迎えたのは初めてだった。
にわかに外が騒がしくなる。
車の乾いたエンジン音、登校する幼い小学生の声、朝を告げる小鳥の声。
その中で。
僕とアオイだけが、荒れた部屋の中で、まるで時間が止まったように静寂に呑まれていた。




