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「・・・だそうだ」
その夜、僕は昼に話していたことをアオイに話した。
「ふーん」
「ふーんって・・・もっと感想は無いのか?」
「アツシが私のことを好きなのはわかってた。あいつ顔に出やすい奴だから」
やけに親しげに言う。
まあ、アオイの友達だからそうなのだろうが、僕が知らない彼女のコミュニティというのはどうにも違和感を覚えて慣れない。
「で、その情報を与えられて私はどうすればいいの?気を付けろって言うの?付き合えって言うの?それとも・・・」
「特に意味は無いよ。そういう話をしたってだけだ」
僕自身何でこんな話をしたかは分からない。アオイにどう捉えてほしいかなんて尚更わかるはずもない。
彼女はつまらなそうに鼻を鳴らした。
その後、キャンバスを掲げて絵を描き始めてしまった。
アオイは大学の美術学部に入学したのを機に、使ってない部屋をアトリエに据えた。
アトリエは白い壁紙に覆われ、床には新聞紙が乱雑に敷かれている。
ソファとテーブル以外にこれといった家具は無く、あとは一通りの画材と黒いイーゼルがあるだけ。雑念なく作業に没頭するための部屋という感じだ。
そしてそんな部屋で、アオイは作業をし、僕はソファに寝転がり暇を持て余すというのが、最近の日課となっている。
「で、新しい絵は描けそうなのか?」
キャンバスの前で悪戦苦闘している彼女に尋ねた。
「・・・・・・全く、描けない」
筆をくるくると回しながらアオイは困った風に言う。
「今までに描いたような絵ならいくらでも描けるんだけど、そんなんじゃ意味がない。何か新しいものを生み出さなくちゃ意味がないの。コンペも近いし、早く仕上げたいんだけどなかなかイメージできなくて・・・」
「スランプってやつか?」
「そんなプロじゃないから・・・・・・」
それから小一時間アオイは筆を取ったり置いたりを繰り返した。
僕は僕で、ソファに寝転がりながら苦悩する彼女を眺めてはどう声を掛けたらいいか分からず困っていた。
「もう無理!」
端を発したと思うと、筆をテーブルに叩きつけて、アオイは部屋から出ていった。
「どこ行くんだ?」
どこに行ったかは知らないが、どうやら今日はもう終了のようだ。昔はよく一緒に絵を描いていた僕だが、彼女ほど芸術家ではないから、絵に関して共感も同情もアドバイスもしてあげられない。
そっとしておいてあげるのがいい。
・・・僕はとりあえず風呂にでも入ろう。
アトリエの電気を消して部屋を出る。
彼女はずぼらなところがあるので、部屋の電気をいちいち消したりしない。
やたら家中明るいが、人気は無くシンと静まり返っている。
そのアンバランスさが、僕はどことなく好きだった。
結局アオイがどこに行ったか分からないまま風呂場についてしまった。
僕は服を脱ぎ、慣れた具合でそれらを籠に放り込んだ。
ガラス製の浴室のドアを開けると、
「あっ」
アオイが体を洗っていた。
もこもことした白い泡が彼女の体を艶めかしく覆っていた。
僕たちはお互い顔を見合わせた。するとアオイの目が徐々に睨むように細くなっていく。
「・・・・・・ねえ。入ってるんだけど」
「ごめん」
言いながら僕はアオイの横で、体を洗い始めた。
「出ていかないの?」
「たまにはいいだろ?前までよく一緒に入っていたし」
高校以来だろうか。以前は彼女に誘われて一緒に入っていたけど、最近はもっぱらそういう機会も減った。
全く気にしない僕を見て、彼女は何か言いたげな様子だったが、諦めたのかまた体を洗い始めた。
「髪洗おうか?」
「・・・・・・別にいらない」
そう言うと、彼女は泡を洗い流して、さっさと湯船に浸かった。
「その傷、相変わらずね・・・」
「火傷のことか?」
「・・・・・・まあ」
「・・・・・・」
「あ、そういえば言い忘れてたけど、ユウキ、私今日夜に用事あるから、今日は自分の家で寝てよ」
「・・・・・・用事?一体何の?」
「別に。学部の友達と出かけるだけよ」
「へえ、どこに行くんだよ?」
「隣町よ」
「何しに?」
「何だっていいでしょ?しつこいな」
苛立たし気な声が返ってきた。
「わかったわかった。あまり羽目を外しすぎないようにな」
「大きなお世話。そもそもアツシが面白いもの見せてくれるって言うから行くだけで、私だって何するか
知らないんだから」
その時点で、僕の体を洗う手が止まった。
「アツシって、あの・・・?」
「そう。私に首ったけの例のアツシ。さて、何の用事かしら」
アオイは嗤う。乾いた笑いだった。




