09.『無駄じゃない』
読む自己で。
「離してよ優香……」
「ふふ、駄目ですよ、このままずっとです」
「す、少なくともこの形はやめてほしい……」
下手すると反応しかねない。
もう1度は見られているとはいえ、いま反応したら大問題だ。
……やましいことがしたいわけじゃない、けれどスイッチが入ったら止められない。
というわけでまだなんとか保てている状態のまま離脱を試みたかったのだが、
「……つ、強い……」
単純な彼女の力と、柔らかさの暴力。
「……た、勃っちゃうからやめて」
「立つ?」
「……うん、下の方がうん」
「あ……」
彼女は抱きしめるのをやめてくれた。
立って抱きしめられているわけではないから勃っても当たってしまうなんてことはないが、恥ずかしすぎる。だったら正直なところを打ち明けてしまった方が楽と判断しての発言だった。
彼女は顔を真っ赤にしあわあわと慌てている。僕はその間に自分の中の感情と戦ってなんとか勝利した。
「ふぅ……い、いきなりは駄目だよ」
「ご、ごめんなさい……男の子は……でしたよね」
「うん、だから朝とかもいきなり来られると困るからさ」
なにを言っているんだって話だ。
ところで、白兄はりっちゃんの部屋で寝ているのだろうか?
兄なら女の子の部屋で寝ることくらいなんら問題ないだろうけど……。
「……そういえばふたりきり、なんですよね?」
「そうだね、GWが終わるまではだけど」
「あの、今日こそ一緒に寝ませんか?」
僕にとって真の戦いとはこっちだったらしい。
家にはふたりきりで、ベッドの上にもふたりで寝転がる?
しかも邪魔をする人間がいないと? そうしたらどうなってしまうんだ僕らは。
「1階の和室に敷き布団が2組ありましたよね? そこで寝ませんか?」
「あ、それならいいよ。距離を作ればいいわけだしね」
そこまで狭いベッドというわけではないがふたり寝転んだら密着することになってしまう。
その点、床に直接寝転べば部屋の広さを大胆に利用することができるのだからいい提案だ。
「それと、夕ごはんを食べたら歩きませんか? 少し涼しくなってからのお散歩もいいと思うんです」
「いいよ、歩くのって楽しいからね」
彼女の気になる人というのが気になるけど、これくらいなら許してくれることだろう。
「それでどうする? それまでの時間は」
「褒めてください」
「え?」
「こほん、間違えました。抱きしめてください」
彼女は立ち上がり僕を見下ろす。
頭を抱きしめてはい終わり、はできないようだ。
……仕方なく立ち上がって彼女を抱きしめると、密着率が高くなって心臓の鼓動が早くなって。
母の裸体を想像して誤魔化そうとするが、残念ながら母も若くそこそこ素敵なボディだったことを思い出し慌てて消して、今度は白兄の裸体を想像しようとしてそんな自分が気持ち悪くて一気に鎮まった。
自分がノーマルだからこそこの柔らかい感触に負けそうになっているんだ。
決して太っているわけじゃないんだろうけど背中に回した手が沈んでいく。
慌てる自分とは裏腹に男の自分がもっとと力を込めていく。
「あっ……」
「ちょっ、変な声を出さないでよ」
「い、痛くて」
「ごめん」
今度は優しさ全開モードに移行し、とにかく高価な物に触れるかのような状態にする。
「ふふ」
「え?」
「いえ、ずっと抱きしめてくれるんだなと思いまして」
「あ……ごめん」
と、離れようとしたらガバっと抱きしめられて願い叶わず。
「お姉さんに甘えてください」
「……優香、僕さ――」
ピンポーンとインターホンが鳴る。
それに反応して「出てきますね」と彼女は抱きしめるのをやめて行ってしまった。
その瞬間に感じる侘しさといったらもう……。
「悪いわね邪魔をしてしまって」
「あ、ちーちゃん」
「懐かしいわね。これ、お土産を渡しに来ただけだから」
「あ。ありがと」
「後はふたりで仲良くやってちょうだい。さようなら」
「気をつけてね!」
ちょっと待て、なんか変な誤解されてないか?
というか、どうして家にふたりきりだってわかっているんだ?
りっちゃんか白兄がそういう情報を流しているのだろうか。
「楓くん、さっきなにかを言おうとしていませんでしたか?」
「あ、そうそう」
寧ろ積極的に抱きついて、
「僕、優香を渡したくないんだよ」
これまた積極的に口撃を仕掛けていく。
もうこれは自惚れてもいいんじゃないだろうか。
自分のことが好きだなって、そういう感じで。
「仮に気になっている人と上手くいったら僕はその人を一生恨むだろうね」
自分が誰かを特別な意味で好きになったのは初めてだからどうすればいいのかわからない。
けれどわからないなりに頑張りたいって思うんだ。
ださくても、格好悪くても全然いい。
なにもせずに誰かに取られるくらいなら、動いて取られた方がマシというものだ。
いや、だからその取られるかもしれないという可能性を潰したい。
「ふふ、大変ですね、その場合は」
「でしょ? だからその人のところに行ってくれない方が嬉しいかなって」
「でも、そうしたら恨むことになりますよ?」
「へ?」
「もう……」
もうはこちらのセリフだが。
仮にもしこれで僕のことが好きじゃなくて他の人が好きだったら大問題だぞ、主に僕にとって。
「あなたは自分を恨んで生きていくんですか?」
「それって、ひょっとしなくても、だよね?」
「そうですね」
「え、いつから?」
「中学生のときに告白してくれてからでしょうか」
それって弟としか思えないから云々で断られたときのか。
「だけど全然相手にもしてくれなかったよ?」
「かーくんは優しかったじゃないですか。男の子扱いされて嫌だったときに『女の子だよ』『可愛いよ』と言ってくれて嬉しかったんです。他にも一緒にいるときに面白い話をしてくれたり、私が面倒くさい関わりかたをしても愛想を尽かさずにいてくれたじゃないですか。それが嬉しくて……気づけばしーくんの弟から好きな男の子に変わっていたんです」
「じゃあなんで告白してくれなかったの?」
「……勇気が出ませんでした。でも、動かないと誰かに取られちゃうなって不安になって、今回、しーくんに頼んで住ませてもらったんです。残念ながら衝突しかしなかったですけど」
「そういえば梢と関わろうとすると必死に停めてきたよね。昇降口で彼女の話を遮ったのもそういうこと?」
りっちゃんを家に泊まらせたくないって即答してきたしなあ。
いま思えばあからさまだったか。
「……当たり前じゃないですか、誰にも取られたくなかったんです」
「素直になってくれれば良かったのに」
「今日は頑張りました! 恥ずかしいけど抱きしめることだってしました!」
「あ、もしかしてさ、お風呂場のときに言った好きって特別な意味だった?」
「……ニヤニヤしているのが声からわかりますよ!」
いちいち聞くのも野暮だったか。
そうか、そういうつもりで家にいたんだな彼女は。
だというのに意を汲み取れず、衝突し下手をすれば関係の消滅すらあったわけか。
どこになんのきっかけが転がっているのかわからないのが、怖いところではある。
「白兄の彼女とか偽らなかったらもっと素直になれたよ、早くからね」
家に来てからまだ1週間も経っていないのが面白い話だ。
「楓くんはどうして好きになってくれたんですか?」
「綺麗で優しくて家事スキルも高くて、あとは柔らかいからかな」
「真剣にお願いします」
「いや、本当だって」
これまで非モテ少年だったんだぞ? 女の子の柔らかい体に触れられて嬉しくないわけがない。
盛り上がることくらい許してほしいものだ。
「あの、ちゃんと言ってください」
「想いの強さは違うかもしれないけど、優香のこと好きだよ」
「ありがとうございます」
「うん」
こうして僕にも彼女ができたわけだけど、なんとも呆気ない始まりだ。
なんかこう……感極まって泣いてしまうとかそういうのはないのかな。
散々そういう可能性はないと考えて動いてきたから、僕も同じだけど。
「ねえ優香、キスって恋人になった瞬間にはしないこと?」
「私も初めてなのでわからなくて……って、したいってことですか?」
「うーん、恋人になれたらすることがそれかな~って思っただけだよ」
なんというか恋人の特権? みたいな感じで。
白兄とりっちゃんはどうしているんだろうか。
「白兄たちに聞いてみる?」
「答えてくれるのでしょうか?」
「うん、多分大丈夫だよ」
ということで電話で聞いてみる。
「は? キスのタイミングで迷ってる?」
「うん、すぐにすることなの?」
「いい雰囲気ならするんじゃねえか?」
「そっちはどう? もうした?」
「こっちは……………………まあな」
おお、流石モテ男だな。
リードできるというのは大きいだろう。
その点、僕は非モテ童貞なのでリードできなくて申し訳ないが……。
「つか付き合い始めたのか?」
「うん、喧嘩から仲直り、そしてより親密に、みたいな?」
「喧嘩しないと仲良くできないのかよ」
「うっ……耳が痛い……」
「ま、大切にしろよなそういうのは、優香がしたくないのにしたら駄目だ」
「それはわかってるよ。ありがと、じゃあね」
スピーカーモードにしていたのでわざわざ言う必要はないが、「だってさ」と重ねてみた。
「楓くんがしたいならいいですよ?」
「いや、優香がしたくなったらにしよう。それよりそろそろごはんを作ろっか」
「あ、そういえばお買い物に行き忘れていました」
「はは、それなら一緒に買い物に行って散歩もしちゃおうよ」
「はい」
僕たちは家を出てゆっくりと歩いてスーパーへと向かった。
その際いつもと違ったのは、優香が手をぎゅっと握ってきたことだ。
「あ、こういう健全なことでもいいよね、恋人らしさって」
「はい。でも、昔もよくしていましたけどね」
「あ~……僕が泣いててよく連れ帰ってくれたっけ、家まで」
「大変だったんですよ? いやだいやだーって歩こうとしませんでしたからね」
よく思い出せる。
白兄を除けば彼女のことが1番好きだった。
なんだかんだ言っても優しいし、こちらが泣いてしまったときはアイスを買ってくれたりもした。
だから中学生にとき、僕は彼女に告白まがいのことをして振られた。
そう考えたら僕はとっくの昔から好きだったということになる。
もっと猛烈にアピールしておくべきだったのかもしれない。
「着きましたね」
「うん、買って帰ろうか」
とはいえ、1食か2食分帰って帰れればいい。
ちょっと暑いということで今日は冷やしうどんに決まった。
明日は敢えてカレーというチョイス。
忘れずに甘いものも購入しスーパーをあとにする。
「ちょっと遠回りしていこ」
「はい」
近くに川があるのでそれを見ながら歩くのもいいだろう。
「楓くん、私が白くんのことを好きだったと思いますか?」
またいきなりな質問だ。
仮にここで好きだったなんて答えられたら複雑じゃないか。
「うんまあ」
「それは不正解です。実を言うと、楓くんに告白されるまでりーちゃんのことが1番好きだったんですよ」
「特別な意味で?」
「はい。だってすっごく可愛かったじゃないですか! 髪もいまの私くらい伸ばしてて、いっつも『ゆーちゃんむすんでー!』って甘えてきてくれたんですよ!? はぁ……この子は天使だなあって、好きだなって思ってました。でも……なんでかわからないんですけど、あなたに告白されてから……一気に気になるようになってしまって……」
白兄は優香に甘えるのではなく引っ張るタイプだったので新鮮だったのかもしれない。
あくまで優香はお姉ちゃんみたいな存在だったんだ。
でも、中学生になって成長して、ちょっと綺麗になり始めていたのが影響して、いいなって思って告白をして真っ直ぐに振られたと。
だけど本人に言葉を聞く限りでは大きな影響を与えられたようだし嬉しかった。
「無駄じゃなかったってことだよね」
「……だけどそのせいでひたすら我慢の日々と対面するハメになりましたけどね」
「受け入れてくれたら良かったのに」
「告白されたときはりーちゃんが1番でした!」
「ま、いまの君にとって3番以内に入ってたらそれでいいよ」
過去はもうどうしようもないし、結果的にこういう関係になれているのならそれでいい。
「ジャストですね! 1番はお母さんで2番はお父さんですから」
「うん、それで十分」
「……私は?」
「6ー3くらいかなあ」
「1番と2番は誰ですか!?」
「やっぱり-2で」
「……嘘くさいですね」
そんなことは一切ない。
自分で言うのもなんだが、こうだと決めた人には一生懸命になるタイプだと思う。
だから相手がちょっと面倒くさい子でも全然問題なく愛せるというわけだ。
「ちょっと失礼」
「えっ……」
彼女を抱きしめ、
「好きだよ、1番? くらい」
好きだと言うことはできるから伝えてみる。
「そこは断言してくださいよ! ……1番とは言えないですけど、私も好きですよ?」
「ありがと。よし、帰ろう」
「はい」
僕らは歩きだす。
もし仮にこの先、足が止まってしまったらそのときはまた「好きだ」と言えばいいだろう。
きっとその言葉が動けなくなってしまった僕らを救うから。
決して夕方だからとかそんな理由じゃなく頬を染めている彼女を見つつ、僕はそう考えたのだった。
読んでくれてありがとう。




