08.『いいですよ?』
読む自己で。
「楓くん、起きてください」
「……あ、おはよー……」
昨日の流れからまさか起こしに来るとは思わなくて少し困惑しつつも体を起こしてから、僕は自分がやらかしてしまったことに気づいた。どうして朝から秘色色の冷たいのか、なんていちいち聞く意味もない。
「どういうことなのか説明してください」
「……うん」
カクカクシカジカ、簡単に説明しておいた。
もっとも、単純にお姉ちゃんと喧嘩してしまったから来た、というだけだが。
「来られたら簡単に泊めてしまうんですか?」
「そんなこと言ったら芹沢さんだ――」
「いま私の話はしていません」
「……21時過ぎにこの家に来たんだよ? 追い返すとかできないでしょ」
でももし次の機会があるとしたら連絡してからにしてほしい。
彼女が変な人に絡まれたら嫌だし、そもそも夜道をひとりで歩かせるべきではないからだ。
「それとも、小澤さんだからですか?」
「梢とかそういうことじゃなくてさ、女の子を追い返せないでしょって話だよ」
というか面倒くさいな、優香の相手って。
白兄の彼女なのにどうしていちいち気にするんだよ。
僕にだって女の子と仲良くする権利がある。
「……名前呼びに、したんですね」
「うん、求められたからね」
「やっぱり相手が小澤さんだから――」
「しつこいっ。はぁ……そういうの面倒くさいからやめた方がいいよ」
いくら白兄が優しいとは言っても、そういう面倒くさい絡みをしていたら愛想を尽かされる。渡辺さんはそんなことをしない、いつか負けてしまうぞ本当に。
「あの……」
「あ、梢おはよう」
不安そうな顔の梢が到来。
彼女はこれまた小さな声で「うん……おはよ楓さん」と返してくれた。
「別に呼び捨てでいいよ。1階に行こうか」
「え、芹沢先輩はいいの?」
「大丈夫だよ、だって僕のこと嫌いだしね」
そこで芹沢さんが僕に枕を投げつけてきたが無視し、部屋をあとにした。
別にやましいことをしているわけではない。だから臆する必要はないし、謝る必要もないのだ。
「か、楓」
「うん?」
お互いにソファへと腰掛けゆっくりしていたときのこと。
呼びかけられて横を見ると、黒い瞳と目が合った。自分も同じような黒い目なのにどこか綺麗に感じる。
「……新谷先輩に会ってみたくて」
「ああ、いまは渡辺さんの家にいるんだよ」
「え、渡辺莉子先輩……だよね? 女の子の家にお泊り中かあ……残念だなあ」
ほらな、優香さんよ。僕になんか興味はないんだから勘ぐるのはやめてほしい。
「白兄とはどういう関係なの?」
「荷物を持ってくれたりとかして、前に優しくしてくれたんだ。芹沢先輩も莉子先輩も千代先輩も全員優しくしてくれて、お友達になってくれたんだ」
「うん、優しいよねみんな」
「……白先輩は特に……」
白兄はモテモテだなあ。
彼女がいても新しい女の子がどんどんと近づいて来るなんて凄い話だ。
……だからこそ優香は不安定、というところなのか?
それを僕に八つ当たりして晴らしていると、そういう感じだというのか。
とにかく彼女は白兄がいると思ったからこの家を訪れたわけだ。
ま、そりゃ不安にもなるわな、彼氏に女の子が近づいたら。
いくら自分がスペック高い綺麗な女の子だとしても、可愛いのも捨てがたいわけで、それに敬語じゃないのもどこか線を引かれていないようでいいみたいな、そんなところだ。
「白兄が好きなんだ?」
「ふぇっ!? そ、そそ、そんなことっ!」
「別にいいじゃん言ったって、ここにはいないんだからさ」
ただまあ、複数人近づくと必ず誰かは悲しい結果になる。
白兄に好きでいられたと割り切れるならいいが、割り切れない人間は延々と引きずってしまうことだろう。果たして渡辺さんや梢にそのような強さがあるのかな。
「渡辺さんの家は知ってる?」
「……うん」
「それなら行ってきなよ、ここにいても意味ないでしょ?」
「……泊めてくれてありがと、行ってくるね」
「うん、気をつけて」
彼女が出ていっても入って来ようとしない優香はスルーして。
スマホを操作し兄にメッセージを送る。するとすぐに返信がきた。
『なんですぐに喧嘩するんだよお前らは』
なんでってあんたのせいだろうが。
そりゃ、渡辺さんの想いにも応えてあげてほしいけど、1番大切なこの人だと決めた人をほっぽってどうするんだって話だ。
物理的攻撃を仕掛けない優香が大人なのか冷めているのか、どちらにしても異常な距離感だと言えるが。
『優香さんをそっちに送ってもいい?』
『待ってろ』
そこで少し間が空く。
天気予報でも調べようと思ってブラウザーを立ち上げた瞬間に、『大丈夫だ』と
返ってきた。
「芹沢さん」
「……なんですか」
「渡辺さんの家に行ってくれない? 白兄が会いたいって」
「……邪魔ってことですよね、私もそろそろ出て行かなくちゃって思っていたところでしたから」
訂正はしなかった。
邪魔というわけではないが、あまりに面倒くさすぎるから。
いちいち事ある毎に突っかかられていたら、堪ったもんじゃないんだよ。
「今日までありがとね、白兄とかと仲良くしてくれればいいから」
「……あなたなんか大嫌いです、顔も見たくないです!」
大嫌いと言葉をぶつけて、謝って、こちらが悪いことをしたわけではないのに再び大嫌いとぶつけるのか。
別にこの家は僕専用の家というわけではない。が、あまりにも無礼すぎないだろうか。変なことでいちいちチクチクと絡んできて、何様なんだよって話ではないだろうか。謝るから助長させるんじゃないのか?
「僕も面倒くさい人といたくないから、お互いにとって好都合だね」
非モテなんてこんなもん。
手を繋いでいたいとか思ったのは本当のことだが、手に入らないと気づいた瞬間に手のひら返しをするもんだ。
10分くらい経ったくらいだろうか、大きな音を立て彼女は家を出ていった。
やれやれ、手間がかかる人たちだ。
でもこれで白兄の元に複数人の女の子たちが群がるという、正にハーレムができあがったと。
「もしもし?」
「あんた、馬鹿じゃないの!?」
「あ、ごめん、ライバルをそっちに沢山送っちゃってさ」
そりゃ気が気じゃないよなあ。
せっかく一生懸命白兄を振り向かせようとしているところに、別の女の子たちが近づいてきたらさ。
「楓、あの広場で会えないか?」
「あ、白兄……別にいいけど」
「大丈夫だ、俺とお前のふたりきりだからな」
「もし破ってたら2度と帰ってこないでよ?」
「罠にハメたりはしないから安心しろ。いまから出る、だから楓も出てくれ」
「了解」
言質は取った。
これでもし誰かを連れて来ていたりしたら絶対に家に入れない。
なんというかそう、家は落ち着ける場所でなければ駄目なのだ。
面倒くさい人間関係からは解放される場所でなければならないから。
――あの広場にはすぐに着いた。
GWだからか相変わらず沢山の人たちがいる。
特になにがなくてもこれだけの人の多さなのだから、商業施設とかはごちゃごちゃで歩くのも大変なことだろう。
「おっす、楓」
「あ、おはよう」
確認してみても白兄ひとり、と。
だけど残念だろうな、渡辺さんや梢にとっては。
せっかく白兄目当てだったのに、その人物が消えたら意味がなくなってしまう。
「どうだったよ、昨日は」
「うん、普通だったよ」
「今日はどうしてるんだ?」
「ああ、出ていったよ? 荷物を持って」
「は? で、出ていった、のか?」
こくりと頷いたら、またもや胸ぐらを掴まれた。
「またお前かっ」
「いやいや、大嫌いで顔も見たくないんだってさ。違うな、面倒くさすぎて困るんだよね」
あれは嫉妬ではない。
単純に僕が嫌いで、誰かと仲良くするのが嫌なだけだ。
相手が悲しい結果になるとかそういうの。
「白兄、ちゃんと相手をしてあげてよ、彼氏ならさ」
「俺さ、莉子が好きなんだよ」
「は?」
今度は僕が驚く番だった。
最近の感じを見ればそこまで驚くような出来事ではないが、優香の恋人としては有りえないことを口にしていると、兄はわかっていないのだろうか。
「い、いつから?」
「そうだな、中学1年生くらいからか?」
「な、ならなんで芹沢さんとなんて……」
「あ、付き合ってないぞ俺らは最初から」
「ま、待って、頭が混乱する……」
付き合っていないならどうしてそんな嘘を……。
だけどあれか、だからこそ優香は慌てていたということなのか?
「えと、渡辺さんと付き合い始めたの?」
「いや? まだだな」
少なくともこれで両想いなわけだ。
白兄にしては慎重すぎるのが気になるところ。
「どうして中学生のときに動かなかったの?」
「莉子が俺のことを好きって確証がなかったからな。それに楓もいただろ?」
「僕がいたって……みんなが中1のときは小学生だよ」
「だって小学生のときの莉子は楓のことが好きだったからな」
「ないないないない! あの子が僕のことを好きなわけないじゃん!」
散々、非モテだ童貞だって指摘してきた女の子だぞ。
もし僕のことが好きならかえって好都合――そんなことを指摘する人間はいない。
「でもさ、芹沢さんは白兄のこと好きなんだよ?」
「だからって妥協で付き合えって言うのか?」
「そうじゃないけど……チャンスぐらいほしいでしょ」
「優香には気になってる奴がいるんだよ、俺じゃなくてな」
ああもうごちゃごちゃしすぎ。
だけどいま言えることはあるから伝えておこう。
「りっちゃんが好きならもう決めてあげてよ。梢とか他の子が可哀想な結果になる前に」
「ああ、俺としても莉子を取られたくないからな。いいか、もう1度言うぞ? 俺は優香のことが好きじゃないし付きあってもいないからな」
「……信じるよ、嘘ついていたらぶっ飛ばすからね」
「帰宅部に負けるほど弱くねえよ。優香のこと頼むわ」
「でも、顔も見たくない、大嫌いだって言われたんだよ?」
それにどちらにしろ状況は変わらない。
気になる人間がいるならその人と仲良くやってほしいと思う。
「だから呼んでおいた」
「は? ……もう2度と家に帰ってくるなよ!」
「酷え弟だ……まあいい、じゃあな! あ、家には帰るから安心しろー!」
「帰ってくるな!」
なんで優香も来てしまうんだかわからない。
結局なんでも口先だけってことかよ。
「……ねえ、白が言っていたのは本当のことなの?」
少しだけ距離のある彼女に問う。
ま、そういう誰かを傷つけるような嘘をつくような人間ではないので本当のことだとは思うが、やはり彼女に聞いてからじゃないと判断できない。
「……本当ですよ、気になっている人がいるというのも全て」
「両親と仲が悪いというのは?」
「え? 全然そんなことはないですよ? 連絡は毎日していますし」
「あんの嘘つき兄貴が!」
なんでもかんでも兄中心で回っている気がしてならない。
それはなんとも複雑で、そしてなんとも気楽だと言えるのが問題だ。
「んー、だけど顔を見たくない、大嫌いってのは嘘じゃないんだよね? なのによくこうして会ってくれるし、話してくれるよね」
「……そんな過去のことを言っても仕方ないじゃないですか」
「過去って……数十分前だけど?」
「過去じゃないですか」
彼女も彼女で自分中心だと思っているんだろうなあ。
そしていつだって僕が振り回される側だということには変わらない。
「それで、どうするんですか?」
「え? えと、応援するけどね白兄のこと」
「……そうじゃなくて、私のこと……呼び戻さないんですか?」
「うん、そうだね、あの家にいる理由もなくなったしね」
言い方は悪くなるが、もう白兄にも僕にも必要な存在じゃないわけだ。
いや違うか、単純に家に泊まる理由がなくなったというだけなんだ。
「……泣いちゃいますよ?」
「芹沢さんが? ないない、あれだけ僕らを振り回してくれたゆーちゃんが泣くわけないでしょ? それとも本当は白兄のことが好きだった――とかだったら慰めてあげてもいいよ?」
「……慰めてください、頭を撫でてください、抱きしめてください」
「頭を撫でるくらいならいいよ」
僕の方から近づいて自分より少し大きい彼女の頭を撫でる。
お姉ちゃんみたいな存在なのは昔からずっとそうだ。
そんな子が弱々しく見えると心配になってしまう。
「大丈夫だよ、根拠はないけど」
「あなたのせいで傷つきました……」
「いや、ゆーちゃんが僕を傷つけたんでしょ? 言われ慣れてるけどさ、嫌いとか言われるのはそれでも堪えるんだよ?」
特になにかをしたわけでも――いや、特になにかをしてあげられなくて愛想を尽かされて、残ったのは渡辺さん、比嘉さん、そして目の前の彼女だけだった。
そして、それもあくまで白兄の弟だからということには変わらない。誰からも求められずただおまけとしてしか関係を築けないそんな人間だ。
「なんか僕らって矛盾してるよね」
顔を見たくない、大嫌い、面倒くさい、距離を置きたい。
そんなことを面と向かって言い張ったはずなのに、僕たちはこうして一緒にいるんだから。
「生きていれば矛盾だって生じますよ」
「そうだけどさ、あまりに時間が早すぎると思わない? 無駄な衝突というか、変に嘘をついていなかったら仲がいいままでいられているというか。ま、今回のは絶対にゆーちゃんが悪いんだけどね」
「……私が白くんに頼んだんです、家に泊まらせてくださいって。あと、恋人のフリをしてくださいって」
「その割には全然一緒にいなかったけどね、ふたりとも」
本当は白兄のことが好きなくせに隠して我慢することを選んだ。本人がりっちゃんのことを好きと言うのなら邪魔はしたくないと考えたのだろう。そういうところだけは下手くそだと思う。
「それでどうだった? 傷つくことにはならなかった?」
「なりました、あなたに傷つけられました」
「そうじゃなくて、白兄の彼女のフリをしてさ」
「……告白されることは止まりませんでした」
そういう避けのためでもあったのか。
けれどそれは悪手だった、としか言いようがない。
本当に好きな人の彼女のフリをしたところで、実際は違うという事実を前に凹むだけだろうに。
「白兄の彼女のフリじゃなくてさ、僕ので良かったんじゃない? 関係はそれなりに長いんだし、余計なことを求めないだろうしさ。まあ、僕の彼女のフリをしたところで告白されるのは止まらないだろうけど」
却って周りを勢いづかせそうだが、悲しい事実と戦うことになるくらいならマシだと思う。
「できませんよそんなこと、私には気になる人がいるんですから」
「ま、もう終わった話だしね」
優香のことについての発言でもあった。
白兄が動くと言ったらもう無理だ。希望はない。
これ以上を望むということは好きな人の不幸を願うということ。
その人のことが本当に好きなら、絶対にしない。
そんなことできるわけもないのだ。
「楓くん」
「うん?」
「あなたのお家に忘れ物をしました、取りに行ってもいいですか?」
「うん、僕も帰るし行こうか」
家に着いたら僕はソファに寝転んだ。
その間、優香は充てがわれていた部屋へと入ってなにかをしていた。
彼女が出ていけば残りのGWをひとりで過ごすことになる。
そしてこのまま出て行かせたら、関係ごと消滅しかねない。
面倒くさくても誰かに去られるというのは複雑なものだ。
だからって引き止めたところで意味はないだろう。
「ありがとうございました、これで失礼します」
「…………」
「楓くん?」
「……いや、なんか寂しいなって思ってさ」
いままで遠慮してきたのは白兄の彼女だったからだ。
しかしそれが嘘だとわかって、複雑な気持ちを抱えていて。
「……ま、とにかく今日までありがとう。最後にきちんと話せて良かった」
前にも言ったが悲しい別れにならなかっただけマシだ。
彼女にだって本当に好きな人と一緒にいてほしいわけだし、引き止めるわけにもいかない。
「……かーくんは昔からずっと寂しがり屋ですね」
「うん、そうみたいなんだ。人間はいつまで経っても同じなんだよ」
かーくん、か。
昔はりっちゃんからもよく呼ばれていたなと思い出す。
昔は誰かを特別な意味で好きとか一切なくて、異性とか関係なくて盛り上がれていたっけか。思春期というのは良くも悪くも変えてしまうんだなって、変わらないこともあるんだなって、内心で呟いてみせた。
「ん? 帰らないの?」
「……もしも、ですけど、私がこのお家にいたいって言ったら、あなたはどうしますか?」
「んー、別に拒まないけど」
「え、いいんですか?」
「なんかさ、帰ってほしくないなって思ったんだよ。ゆーちゃんは面倒くさいけど優しいし美味しいごはんとかも作ってくれるからさ。ほら、白兄はりっちゃんのところでしょ? せっかくGWなのにひとりじゃなあって」
少なくとも女の子の友達くらいいるんだぞって感じていたいんだ。
うんまあ、彼女とかはどうでもいい。友達でいられればそれで。
「……そんなこと言って結局は千代さんを呼んだり私を傷つけたりするんですよ、あなたは」
「比嘉さんは他県に行ってるからね、来ないよいきなりには」
「ほら、知ってるじゃないですか、そういう細かいことを」
「だってグループで教えてきたでしょ?」
「……こ、こそこそとしているのが嫌なんです」
「いまゆーちゃんに言ったけどね」
僕がこそこそとしていたことなんてりっちゃんとやり取りをしていたときだけだ。そのたった1度で信用がなくなったというのならそれまでだが……。
「嫌ならしょうがないね」
「GWの間、だけなら……いいですけど」
「無理してない?」
あくまで冷静に聞いていく。
いてくれるのは嬉しいが無理をしていたら複雑だ。
いたいからいる、という形にしてほしい。
「無理はしていませんよ。あ、お腹空いてませんか? ファミリーレストランにでも行きませんか?」
「あれ、GWには行かない方が良かったんじゃないの?」
「たまに外食に行きたくなるときがあるんです、だめですか?」
「いや、行こうか。奢るよ、僕がゆーちゃんを傷つけた、からね」
「……言い方に悪意を感じますが……行きましょう」
「空いてて良かったね」
「そうですね」
連休が始まったばかりだからか店内にはほとんど人がいなかった。
恐らくちーちゃんみたいに他県へと旅行へ行ったりする人が多いからだろう。
ファミレスらしい注文をして、注いできたジュースを飲んだりして。
食べ物が運ばれてきたら食べて、不可能でも少しでも元を取ろうとジュースを飲んで。
「……なんか幸せだなあ」
フォークを置いて秘色色の瞳を見つめる。
彼女もまたゆっくりとした動作でこちらを見てきた。
「む、私の作るごはんよりいいってことですか?」
「いや、単純に誰かと、優香といられて幸せってことだよ」
美味しいごはんを食べられることもそうだが、ひとりだったらここまでいい気持ちにはならないから。
「口説こうとしても無駄ですからね、あなたのことは大嫌いなんですから」
「口説いてないよ、ありがとって言いたいだけ」
その大嫌いな相手と一緒に食事をしてくれるとか優しい子だなあ。
「友達ではいてほしい」
机の上で握ったままだった手を開き、伸ばして、彼女の手に重ねる。
「まるで告白みたいですね」なんて揶揄されたが、まあある意味告白だし訂正はしなかった。
「面倒くさいんですよね?」
「だけど離れてほしくないんだ。ほら、面倒くさい子が急に消えたら喪失感がやばいでしょ? うざかったけどあの子がいてくれた日々は楽しかったんだなあって後から悲しみたくはないからね」
「う、うざいんですか?」
「いや、面倒くさいだけだよ、あくまでいまのは例だから」
彼女は決してこちらの手を握るなんてことはしない。けれども、拒絶することもしない、と。
「手を繋いだ日、覚えてる?」
「……当たり前じゃないですか、だって昨日ですよ?」
「そうだね。昨日さ、優香の手をずっと握っていたいなって思ったんだ。昔から同じような手で安心したし好きだなってね。まあ、すぐ不機嫌ムードになっちゃったせいで叶わなくなったけど。」
「……そういうことはきちんと言ってくださいよ……」
言えるわけがないだろう。
あのときはまだ白兄の彼女だと思っていたんだから。
気になる人がいる子の手に触れているいまの状況も問題だけどさ。
「それにお風呂場で好きだって言ったでしょ? あれは嘘偽りない僕の本心からの言葉からね」
「……私は違います」
「そっか、まあいいよそれでも、僕はこう思っているよって伝わればいいから」
手を離して窓の外に視線をやる。
なんてことはない日常が広がっていた。
世間は連休だなんだと盛り上がっているが、僕にとっては違うみたいに感じる。
友達としても好きになってもらえないって寂しいなって、せっかく幸せだったのに一気に落とされた感覚だ。
そういえば白兄はもう決めただろうか?
梢は悲しんでいないだろうか、泣いていないだろうか。
気になり始めたらもう止まらなかった。
「お金払ってちょっと行ってくるね」
「え?」
「梢のとこ。ほら、白兄がりっちゃんって決めたからさ、泣いてるかもしれない。だから心配なんだよ」
「……それなら先にお家に帰ってますね」
「うん、気をつけて!」
会計を済まし店内から外へ。
僕は無根拠に広場へと走った。
入り口からはわからないからぐるりと回って確認――いた。
なんでかはわからなかった、なぜかここにいるなって直感で動いただけだ。
「梢」
彼女の前に立つと黒色の瞳がこちらを見上げる。
「白先輩は渡辺さんに告白したよ」
「うん、知ってる」
彼女は「知ってるんだ」と複雑そうな笑みを浮かべた。
「どうしてここに?」
「……悲しんでないか心配になってさ」
「大丈夫だよ、わたしは大丈夫」
「そっか」
なにが大丈夫だよ、その涙はなんだよじゃあ。
「楓は優香ちゃんといたんだね」
「え? よくわかったね」
「あははっ、だってあそこにいるじゃん」
指差した方を見ると黒髪ロングヘアーの少女が立っていた。
僕らと彼女の間には距離があるが、それはまんまいまの状態を表しているように思えた。
「楓と優香ちゃんはお似合いだと思うけどなあ」
「ちょっと待って、いつの間にちゃん付けで呼ぶようになってたの?」
「え? だってわたしと優香ちゃんたちって同級生だし」
「は……え、せ、先輩?」
「小澤梢、高校2年生16歳です、あと失恋中です!」
なんでみんな嘘をついたり偽ったりするんだろうか。
メリットがないじゃねえかよ……。
「ほら」
「ん?」
「わたしのところにじゃなくて優香ちゃんのところに行ってあげて。優しくされて失恋中だけど楓のことが好きになる! とかそういうのはないから」
「わ、わかってるよそんなの……」
「……ありがとね、結構キツかったからさ」
「うん、少しでも力になれたなら嬉しいよ」
背を向け歩きだし、広場の中途半端な位置で突っ立っている彼女の横で足を止める。
「帰ろう」
「楓くんのばか!」
バチコンと叩かれるわけでもなく、走り去られるわけでもなく。
「ゆーちゃんらしくないね」
「……あの状況で、他の女の子を優先するとか……有りえないですよ!」
「きっと優香だって動いていたはずだよ」
抱きついてきた彼女の頭を撫でつつ僕はそう答えた。
……正直に言って柔らかさがやばいのと気温が高いのとで鼻血が出そうになっていたのは内緒だ。
「……私はあなたといられればいいって思ってしまいました」
「それは嬉しいな。でも、周りに人がいるし家に帰ろうよ」
家には完全にふたりきりだ。
なにが起きるのかなんてわからない。が、悪いようにはならない気がする。
「「矛盾まみれですね……」」
距離を置きたいとはなんだったのか。
僕らはソファに座りながらふたりで呟いた。
「まあ1番は優香なんだけどさ」
「……自覚しています、だからいま呟いたんじゃないですか」
「良かった、自覚してくれていて」
あの甘々状態のまま家になんて帰ってきたら――いや、逆にそれを望んでいたのか? 気になる人のところに行かせないよう振り向かせるって本能が決めたのか?
「……えと、これってお持ち帰りってことですよね? 私の体や心を」
「え、普通に泊まるからってこと――いや、うんまあ、行ってほしくなかった」
よく白兄も彼氏のフリをして流されなかったなって思う。
短期間だったとしても手を繋いだりだってしていたんだぞ? 抱きしめたりは流石にしていなかったけど……。
「……いいですよ? 好きにしてくれても」
「いやいやいや、別にそういうつもりじゃあ……」
「抱きしめたりしても……大丈夫ですよ?」
「できるわけないでしょうが……」
自分からするのと不意にされるのとでは全然わけが違う。
自分からしてしまったら間違いなくその温もりを求め続けて「一生側にいてほしい!」なんて言いかねない。困らせることになるとわかっていてできる人間がどこにいるだろうか。
「それなら先程の仕返しということでどうですか?」
「……僕からはできないよ」
「ふふ、仕方ないですねえ、昔と一緒で臆病なんですよね? お姉さんのほうから抱きしめてあげます」
「ちょ――」
無理やり頭を抱かれたせいで彼女の胸にそのまま埋まる形となった。




