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07.『不機嫌モード』

読む自己で。

 その日の夜、白兄は帰ってこなかった。

 ついでに言えばGW最終日まで帰ってこないつもりらしい。

 優香と喧嘩している様子は全くなかったし、単純に渡辺さんの家に泊まりたいってだけなんだろうが。


「楓くん、白くんからメッセージきましたか?」

「うん、泊まるってさ」


 この彼女をほっぽってすることではない。

 確かに渡辺さんは馬鹿みたいなことを言っていた。

 自分の心と体は白兄の的なことを。

 そしてそれを実際に白兄も聞いて真に受けてしまっているという状況。


「ごめん」

「え?」

「白兄が渡辺さんの家に……」

「大丈夫ですよ、昔から仲良かったですしね」


 いや、仲良かったで済まないんだよいまは。

 彼氏だぞ? そしてあなたは彼女だぞ!?

 なんでそんな普通でいられるんだ、ふたりとも。

 普通は「は? 別の女の子の家に泊まるとか怪しい、有りえない!」ってなるところだろうが!

 それともこれも非モテゆえの考えすぎなのか?

 最近は特定の女の子と付き合っていても他の女の子の家に泊まるのはおかしくないのか?


「そろそろごはんにしましょうか」

「うん、手伝おうか?」

「いえ、大丈夫ですよ、待っててください」


 ソファに寝転んで渡辺さんに連絡。

『良かったね』と送ったら数秒後に『は?』とだけ返ってきた。


『え、だって白兄が連日お泊りでしょ?』

『あんたこそ良かったじゃない、優香姉とふたりきりで』

『でも白兄の彼女だからね』

『んー、本当にそう? なんか怪しくない?』


 確かにあっさりしすぎているような気がする。

 白兄も白兄だ、よくわからない嘘をついて僕に説得してくれとか言ってきて。

 自分は渡辺さんの家に泊まろうとしている、と。


『私、違うと思うんだよね』

『違う?』

『だってさ、普通は彼女を放っておくわけないでしょ?』


 良かった、非モテ童貞だからというわけではないようだ。


『優香姉の反応はどうなの?』

『それがさ、こっちも普通なんだよね。別に問題ないよ~みたいな』

『しーくんもそんな感じね』


 だが、仮に付き合ってなかったとしてもあまり状況は変わらない。

 そこから発展しようがないのだ、一方通行では意味がない。

 それに好きってわけじゃないしなあ。


「ん、莉子さんですか~?」

「うん、白兄の様子がどうなのかって聞きたくて」

「楓くんって莉子さんとは頻繁にやり取りをしていますけど、特別な仲とかそういう感じですか?」

「いやいや、渡辺さんはずっと白兄のことが好きだからね」


 彼女から『既読無視は犯罪よ!』と送られてきていたので、『いまは緊急事態、後で連絡する』と返してアプリを落とした。


「莉子さんはそうでも、あなたは莉子さんのことが好きとかそういうのではないんですか?」

「ないよ、渡辺さんも比嘉さんも優香も好きじゃないよ」

「……小澤さんですか?」

「優香たちを好きじゃないんだよ? 出会ったばかりの小澤さんを好きになることはできないよ」


 いいからごはん作りに集中してほしい。

 それから30分くらいして早めの夕食となった。

 優香が作ってくれたごはんは相変わらず美味しかったが、今日は雰囲気が怖くて仲良く談笑――みたいなことはできず。


「ごちそうさまでした。いつも美味しいごはんを作ってくれてありがとう」

「……お粗末さまでした。洗い物をしたいので運んでくださいね」


 不機嫌になる切っ掛けが多すぎて困ってしまう。

 運んでから洗面所に直行して、湯船に湯を張り始める。

 とりあえず溜まるまでの間、渡辺さんと再びやり取りをしようとしたのだが。


「……楓くんのばか」


 いきなり現れた彼女にスマホごと手を掴まれてすることは叶わず。


「……するならリビングですればいいじゃないですか、どうしてここで……」

「いや、お風呂が溜まるまでと思ったんだけど」


 これは嫉妬していると判定していいのだろうか。


「……もうしないでください、やましくないのならできるはずです」

「わ、わかったよ、優香がいる場所でやるから」

「……はい」


 優香は洗面所から出ていった。

 だけど僕は半分ほど溜まったのを確認し浴室へ突撃する。

 洗って湯船につかると、はぁと自然に息が零れた。


「……楓くん」

「あ、戻ったんじゃなかったの?」

「……嫌、ですか?」

「そんなことはないけど」


 どうせドア越しにではあるし、ひとりで寂しいなら相手をしよう。


「優香はさ、この家で楽しく生活できてる?」

「はい、白くんと楓くんが優しくしてくれていますからね」

「なら良かった。……優香はよくわからないことが多いけど、いてくれたらやっぱり嬉しいしありがたいよ僕も」


 すぐに不機嫌になったりしなければもっといい。

 優しく柔らかな昔みたいな彼女のままでいてほしいのだ。

 見た目は遥かに女の子らしく、女性らしく進化してしまったけど、そういう部分は変わらないでいてほしかった。

 僕はずっと昔と同じままだ。

 単純になにも前に進めないという見方もできるかもしれないが、なにもかも変えればいいというわけではない。開き直っていると捉えられちゃうかなあこれって。


「あとね、女の子が作ってくれたお弁当を食べられるのが嬉しいよ」

「……冷凍食品ばかりですけどね」

「いや、それでも手間がかかるからさ、いつも助かってるよ」


 優香が白兄の彼女じゃなければこういう流れからより親密に、なんてできるんだけどな。残念ながらそれは不可能だ。


「……あの、お昼はすみませんでした。モテないとかそういうことを言ってしまって、大嫌いなんて言ってしまって。私、楓くんが傷つくようなことを言ったのに勝手に自分が傷ついていたんです。涙が出ました、勝手に住ませてもらってなにを偉そうにって――」

「いや、モテないのは本当のことだからね。嫌いって言われるのも慣れてるし」


 渡部さんと喧嘩をすると必ず言われるし、比嘉さんからも言われたことがある。

 だから改めて指摘されたところで「だろうね」と捉えるしかできないのだ。


「……好きです」

「ありがと」

「はい、ちゃんと好きですから」

「うん、僕も優香のこと好きだよ」

「――っ、ありがとうございます」


 一緒にいたから、一緒にいるから兄が好いた理由がわかる。

 こんな子を放って他の子になんて意識をやってはいられないだろう。


「そろそろ出るよ」

「……リビングに戻っていますね」

「うん」


 すぐに洗面所の引き戸が閉じられた音が聞こえてきた。

 僕も浴室から出てタオルで拭いていく。


「……いいよね?」


 別に友達として好きだと言っただけだし、向こうだって同じなはず。

 というか、間違いなくそうだろう。

 だって僕はいつも弟のように可愛がられてきた。

 過去の僕は恐れを知らずに好き的なことを言ったことがあった。

 が、彼女からの返答は「しーくんの弟としてしか見られないから」というものだったから。


「出たよ」


 リビングに戻って突っ伏している彼女の肩に触れると、ばっと彼女が顔を上げる。


「え……」


 その顔が問題だった。

 白い肌は真っ赤に染まり、目がうるうるしていてキラキラしていて。

 彼女は数秒こちらを熱っぽい感じで見つめた後、さっと視線を逸らした。


「か、風邪?」

「……違います、お風呂に行ってきますね」

「う、うん」


 彼女が去った後、豆電球にしてソファへと寝転んだ。


「……あんなの反則でしょうよ」


 ドキドキしてしまうからやめてほしい。

 もしかして白兄と会えなくて泣いていたとか、か?

 もしそうなら兄が申し訳ないことをしてすみませんと謝りたいが。


「おいおい……まだ6日もあるんだぞ」


 その間、向こうになにもなければ優香とふたりきり。

 ……でもなんだよ、どうしてそれがいいと望んでいる?

 まさか、本格的に意識し始めたわけじゃないだろうな?


「あの」


 いやいや、下着とかを見てきても欲情してこなかった自分だ。

 今回だって関係ない、ただ女の子と過ごすだけじゃないか。


「あのっ」

「うわあああ!?」

「ひどいですよ……」


 心臓が飛び出しそうになるくらいには驚いた。


「……お、お風呂は?」

「もう出ました」


 早え……いつもは2時間くらい入っているというのに。


「楓くん、今日はあなたのお部屋で寝てもいいですか?」

「は!?」

「……ひとりじゃ、寂しいですよ」

「うっ、ま、まあ……いいけど」


 ベッドを貸せば問題ないわけだしね。


「あの、暗いのちょっと怖いので手を繋いでもらってもいいですか?」

「うん、いいけど」


 差し出してきた手を握る。

 お風呂に入った後だからかとても熱かった。

 でも、それよりふにふにさが気になって落ち着かない。


「白くんは莉子さんの家で楽しくやっているでしょうか」

「あの白兄だからね、場所なんて関係ないよ。初対面の人が相手でもうぇーいってできる人だしね」


 悪いがいまは白兄のことなんてどうでもいいんだ。

 僕はこの手をずっと握っていたい。

 求められれば手を繋いだまま寝たって良かった。


「千代さんはどうなんですかね」

「比嘉さんは本を読んでいるだろうね」

「そうじゃなくて……白くんのことが好きなんですかね」

「……気にしなくていいよ、白兄の彼女は優香なんだから。魅力的だしスペック高いし、きっと比嘉さんにも負けないよ」


 少なくとも現時点では負ける心配はない。

 いや、比嘉さんはライバルにはならないと言った方が正しいだろうか。

 1番危ないのは渡辺さんの存在――白兄も近づいていたりもするしなあ。


「……千代さんがあなたのことを好きとか、ないですか?」

「うん、ないよ絶対に」


 あの子は特別な意味で誰かを好きになることはないと勝手に思っている。


「あっ、すみません……手をずっと握ってしまって……」

「いや、僕が握っていたいから」

「え……?」

「嫌じゃないなら続けようよ。寂しいなら寝ているときも繋いだっていいよ?」


 実はさっき優香が洗面所から出ていった後に僕は直接、白兄に聞いたんだ。

 求めてきたら手を繋いでもいいのかって。

 驚くことに――いや、予想通りの返事がきた、『いいぞ』という返事がきた。

 そう、あくまで求めてきたらが前提ではあるが、遠慮しなくていいということには変わらない。


「えと、いいんですか?」

「僕が聞いてるんだけど、優香がいいなら繋いでいようってね」

「……繋いでいたいです」

「うん、それならもう少しゆっくりしようか」


 そこから数秒間、僕らは黙っていたが、


「優香はモテる?」


 気になっていたことを聞いてみることにした。

 昔は白兄よりも元気で活発だった。

 そのときは「芹沢なんて男だろ?」みたいな揶揄をされていた優香だったが、1年、2年とどんどん経過していく毎に成長していき、いまでは綺麗だと言えるような女の子になった。

 そんな彼女が白兄以外にもモテるのかどうかが気になるというわけだ。


「……男の子や女の子から告白されることはあります」

「おぉ、やっぱり」

「でも、私は全てお断りさせてもらっています」

「白兄の彼女さんだから?」

「……単純に知らない方は怖いからです」


 それは僕だって同じように怖い。

 知らない子に告白されたら嬉しさより複雑さが勝つだろう。

 って、そんなことはどうでもいいんだ。


「白兄と付き合っているのが嘘で、他に気になっている人がいるとか?」

「え……」


 暗闇の中でもわかる、その秘色色の瞳が冷たさを伴っていることに。


「やめてください、そんなことを言うのは」

「……ごめん」


 また不機嫌モードに移行、か。

 これは白兄が渡辺さんのところに行っているのを我慢していたんだな。

 白兄はともかく優香の気持ちは完全に白兄へと向いている、ということか。


「やっぱり違うお部屋で寝ますね」

「……うん、おやすみ」


 彼女が去ってひとりになってから溜め息をついた。


「危ねえ……」


 非モテ童貞だからすぐに勘違いしてしまう。

 変に自惚れてズタボロにされたら嫌だし、きっちりと線を引いておかないと。


「……え、インターホン?」


 まだ21過ぎとはいっても夜遅くなのは変わらない。

 ……仕方ないので玄関へ行って扉を開けると、


「泊めてください新谷さん!」


 今日のお昼に別れた小澤さんだった。




「はい」

「ありがとうございます」


 温かい紅茶が入ったカップを手渡すとふにゃっとした笑みを浮かべて彼女が受け取ってくれた。……正直、可愛かった。


「で、なにかあった?」

「……お姉ちゃんと喧嘩してしまいまして」

「あ、そうなんだ、ちょうど僕も優香と喧嘩しちゃってさ」

「ゆう……か」

「ああ……うん、でもまあなにも起こらないから」


 そうだよな、僕も流されてなに名前呼びなんかしているんだって話だ。


「あの、わたしのこと梢って呼んでくれませんか!?」

「え、うん、いいよ」

「それでわたしも楓さんって……」

「うん、大丈夫だよ」


 失礼な憶測だけど彼氏がいるようには感じないし問題はないだろう。

 優香への対応は改めてなければならないが、梢には遠慮しなくていい感じがする。


「えと……どこで寝させてもらえば……」

「うーん、1階の部屋か、白兄の部屋か、いまは芹沢さんの部屋になっている両親の寝室か、僕の部屋か、選択肢はそれなりにあるよ」

「それなら1階のお部屋を借りてもいいですか?」

「うん、それじゃあ行こうか」


 部屋に行ったら代わりに布団を敷いて梢が寝られるようにしてあげる。


「はい、できたよ」

「ありがとうございます」

「うーん」

「え、ど、どうしました?」

「敬語はやめてよ、自然な感じでいてほしい」


 変な遠慮はされたくない。

 気にする必要はないんだ、そんなことは。


「……うん」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」


 さて、僕もさっさと寝てしまおう。

 先に優香が起きてしまったりしたら面倒くさいことになるからな。

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