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06.『非モテの童貞』

読む自己で。

「「「…………」」」


 GWだというのに微妙な雰囲気が僕らを包む。

 名前も知らない女の子は何度も芹沢さんや僕を見ては顔を俯かせ。

 芹沢さんは僕を冷たい目で見てきていて。

 僕はただそんなふたりを静かに眺めることしかできなくて。


「あの、どうしてあなたが楓くんの家を知っているんですか?」


 最初に口を開いたのは芹沢さん。

 確かにそうだ、どうしてここを知っているんだろうか。


「あ、あなたこそ、どうして新谷さんの家に……」

「……色々と事情があるんです。それで、どうやって家を知ったんですか?」


 押し黙る女の子。黒髪だから黒髪ちゃんと呼ぼう。

 黒髪ちゃんはこちらを見て助けを求めてくる。涙目になって自分ひとりだけじゃ無理だと伝えてきている――ような気がした。


「家くらい知っていてもおかしくないでしょ」

「……あなたに聞いてません。私はこの子に、小澤梢おざわこずえさんに聞いているんです」

「ど、どうしてわたしの名前を……」


 僕の名前を知っているようだし、芹沢さんは彼女の名前を知っているようだ。

 わからないのは今回もまた僕だけ、……単純に知ろうとしていないだけなのかもしれないけど。


「小澤さんも白くんに用があったんですよね?」

「え? いえわたしは新谷さんに用があってですね」

「小澤さんは白くんに用があったんですよね?」

「わ、わたしは新谷楓さんに用があったんですよ!」


 名前の響きだけ聞くと自分が女の子みたいに感じる。

 それとやり取りだけで判断すれば、まるで自分を取り合いされているかのようで少しだけ気分が上がったものの、時折こちらを見る秘色色の瞳が冷たくてゾクリとする。


「に、新谷さんとファミレスに行きたいんです、だめですか?」

「今日ですか?」

「……はい」


 お客さんが沢山いそうだ。

 あまりに賑わっていると落ち着かない時間になりそうなので、ここで芹沢さん作の昼食を取った方がいいと思うけど……。


「GWのお昼から行ったらすごく混んでますよ、やめたほうがいいと思いますよ」

「せ、芹沢先輩には関係ないじゃないですか!」

「関係ありますっ。……楓くんが変なことをしないかチェックしなければならなくなるじゃないですか。わ、わざわざファミリーレストランに行かなければならないのも複雑と言いますか……」


 先程のも影響しているのだろうが、僕に対する信用度が低すぎる。

 小澤さんは「こ、来なくていいです!」とちょっと怖い顔で叫んだものの、芹沢さんの冷たい目、顔の前に「うぅ……」と敗北を喫した。


「ファミレスは今度にしようよ」

「はい……」

「芹沢さん、お昼ごはん作ってほしいんですけど」

「知りません、作りたくありません」

「……やっぱりファミレスに行こうか、芹沢さんは行きたくないようだからふたりきりで」

「はい! いまから行きましょう!」

「……楓くんなんか大っきらいです!」


 ガーン!? ……嫌いって言われるのは堪えるなあ。

 でもまあ、なにも言われずに離れられるよりはよっぽどいいか。


「良かったです」

「「え……」」

「さ、行こう」




「あの……良かったんでしょうか?」


 食べ終えて、店内でジュースを飲みながらゆっくりとしていたときのこと、彼女が聞いてきて少し頭を悩ませる。小澤さんは依然としてこちらを不安そうな顔で見ていた。


「芹沢さんのことでしょ?」

「はい、大嫌いと言われていましたけど」

「大丈夫だよ、嫌われることくらい日常茶飯事だからね」


 小澤さんみたいに近づいてきてくれても関係が長続きしない。

 普通の友達としてすら長期間はいられないのだ。なら、女の子に嫌われたくらいでなんてことはないことで。


「……ほんとですか? その内側はその笑顔と同じくらい明るいですか?」

「うん、明るいよ?」


 よく聞いてこれたなって僕は思った。

 だって暗闇すら怖くて、話すことすらおどおどしていたくらいなのに、踏み込もうとしてきたからだ。

 仮にさっきみたいな現場に出くわしたとしても、大して仲良くもない相手に「良かったの?」なんて聞ける強さはない。


「でも、帰ったら気まずいよね」

「だ、だったら泊まりにきますか!?」

「ありがたいけどそれはできないよ。ま、ごはんとか他の家事だって別に自分でできるからね、気まずい以外は不都合ないかな」


 あとは白兄に怒られなければいいが。

 もし怒られたら部屋から出なければいい、会っても話さない。そうすれば問題なくGWをやり過ごすことができる。


「新谷先輩はモテモテですね」

「うん、昔からそうなんだ。今日だって渡辺莉子さん、比嘉千代と出かけているわけだし」

「あなたは……?」

「僕? 15年間ひとりだね」


 みんな友達のようで友達じゃないんだ。

 仮にあの3人が友達だったとしても、たった3人って悲しいだろう。

 そして友達でも関係が変わるわけでも仲が深まるわけでもない。

 僕はいつだって白兄と比べられている。

 白兄と違うよねって何度も言われなくてもわかっているというのにだ。


「楓!」

「あ……」


 白兄の急襲――そのうえ顔が怒っているように見える。


「お前、優香と喧嘩したって本当か?」

「喧嘩? 別にそんなことないけ――」

「お前なにやってるんだよっ」


 なにやってるって普通に小澤さんとここに来ただけだよな?

 別に彼女と約束していたわけじゃない。おまけに大嫌いなんて言葉をぶつけてきたのは向こうじゃないか。それなのに彼氏を使って逆らえない僕に攻撃を仕掛けるなんて卑怯だ。やるなら自分の力ですればいいというのに。


「……とりあえずお店を出ようよ、迷惑かけるし……」

「そうだな」


 数分後、僕らは近くの広場にいた。

 GWだからか周囲には沢山の人がいるが、ここなら多少の大声くらいで迷惑をかけることはないはずだ。


「あのさ、ふたりはどうしたの?」

「先に帰らせた、俺だけはお前に用があったからな」

「だったらふたりで行ってくれば良かったんじゃないの?」


 彼女なんか放って遊びに行くから悪いんだ。

 つか、彼氏なんだから他の女の子を優先したら駄目だろ。


「……それよりお前が優香を泣かせたんだな?」

「僕が?」

「お前しかいないだろ? あのベンチに座っている小澤が泣かせるわけもないからな」


 小澤さんの名前を知らなかったのは僕だけらしい。

 実は裏で関わりがあるとか? そう考えるのが1番自然だが。

 というかあの後、彼女は泣いたのか。

 大嫌いってぶつけるのは傷つくことなのか?


「……帰ったら謝れよ」

「え、嫌だよ、別に間違ったことはしていないし。てかさ、どういう風に聞いたの白兄は」

「酷いことを言われたって言ってたぞ」

「違うよ……大嫌いって言われたから良かったですって答えただけだよ」

「は? 優香がお前に大嫌いって言ったのか?」

「うん、言われたよ? しかも僕を見る度に冷たい顔をするからね。嫌われてるんでしょ、傷つかないけど」


 こちらは勘違いするような出来事に遭遇しなくて済む、向こうは嫌いな僕と会話しなくて済むわけで、問題は特にないと思うが。


「……あいつ、家に帰るって言ってるんだよ」

「あ、それはごめん、家事は代わりにやるからさ」

「頼むっ、引き止めてくれないか!?」

「そんなに一緒にふたりでいたいなら僕が出ていこうか?」


 まあ綺麗な彼女とほぼ24時間一緒にいたいと考えるのはおかしくはない。

 仮に僕に彼女ができたら似たようなことを考えて実行することだろう。

 でも、そしたら関係のない人間、例え弟でも邪魔になるわけだ。


「そんなことは頼んでない。とにかくあいつを説得してくれ」

「メリットは? 僕にもなにか得するようなことがあるの?」


 いまのままではデメリットばかりだ。

 トイレも洗面所もお風呂場も使うのに気を遣う必要が出てくる状況で。

 相手が出ていってくれるというのなら気が楽でしかないわけだが?


「……め、目の保養になるだろ?」

「別に一緒に住む理由にはならないよね? というかさ、芹沢さんの両親は許可してくれているわけ?」


 いつの間にか立場が逆転している。


「それは大丈夫だ、直接確認しに行ったからな俺が」

「え、じゃあ泊まるのは芹沢さんが望んだの?」

「当たり前だろ、流石に1ヶ月も自ら望んで泊まらせたりしない」

「なにしに泊まりに来ているわけ?」

「それは……言えない、悪い」


 彼氏とずっといたいから、ということではないみたいだ。

 だってもしそうだったら白兄が喜んで自分から教えてきていることだろう。

 白兄の優しさあっての関係だと言っていたが……なにかがありそう感じがする。


「……で、悪い、嘘ついたわ」

「え、あ、泣いたってやつ?」

「おう……喧嘩しちゃったどうしよ~ってメッセージがきたんだよ」

「なら家からも出ていかないの?」

「そうだな、両親と仲が良くなくてな優香は」


 小中とずっと仲良くべったりだったのになにがあったのか。

 って、泊まりに来ている理由を言ってしまっているじゃないか。

 案外、白兄も僕と一緒でポンコツなところがあるとわかったら気が楽になった。


「つかよ、小澤と出かけるつもりだったなら隠さなくても良かっただろ?」

「いきなり来たからね彼女」

「またお得意のあれか」

「お得意って?」

「優しくして惚れさせるってお得意のやつだよ」


 惚れるとかワロタ。

 朝に寝たとはいえほぼ徹夜状態だから寝ぼけているのかもしれない。


「優しくして惚れさせるのは白兄でしょ? 渡辺さんも比嘉さんも芹沢さんも小澤さんもみんな白兄がいるから来ているわけなんだし」

「ハーレムみたいに言うなよ」


 実質そのとおりじゃないか。

 羨ましいと思ったことはないが、どうして兄と弟でここまで違うんだろうなと考えたことは沢山ある。


「少なくとも千代と小澤と……は違う」

「え、最後の聞こえなかったけど」

「細かいことはどうでもいいだろ。さてと、俺は莉子のところに行ってくるから、小澤のことと優香のこと頼んだぞ」

「えっ、ちょ!」

「頑張れよー!」


 ……仕方ないので足をぶらぶらさせて座っている小澤さんのところに戻る。


「小澤さん、ちょっと家に帰ってもいい? ……芹沢さんに謝りたくてってさ」

「……新谷さんが謝る必要があるんですか? 勝手に怒って大嫌いと言ってきたのは芹沢先輩ですよ?」

「僕も謝るつもりはなかったんだけどさ、家で気まずい思いはしたくないからね」


 GW全てを遭遇せずに、気まずくならずに過ごすことなんて無理だ。

 それならさっさと謝って普通状態に戻しておく方がいいだろう。


「……わかりました」

「今日は楽しかったよ、ありがとね」

「こちらこそありがとうございました」


 家にはすぐに着いた。

 リビングに入ると、机に突っ伏している芹沢さんの姿が。


「芹沢さん」

 

 反応はない、だけど寝ているわけではないことはわかる。

 ははは、芹沢さんも大人なようで子どもってことか。


「さっきはすみませんでした、あなたがあそこまで子どもだとは思わなくて」

「…………すみませんなんて思ってないですよね」

「そうですね、謝れば済むと思っていますからね」

「……あなたは最低です、大嫌いです。だから……モテないんですよ、ど、どど、童……貞なんですよ……」

「あれ、守っていた方が良かったんじゃ?」


 綺麗な人からそんなことを言われたらゾクゾクしちゃうなあ。

 なんて冗談はともかくとして、その拗ねたような顔も可愛くて仕方がなかった。

 白兄の彼女じゃなかったら間違いなく抱きしめている。

 綺麗な黒髪を撫でて「素敵だね」なんて口にして、痛いことを言っている自分に羞恥しながらもずっと続けるのだ。


「う、うるさいです! ……さっきだって小澤さんとコソコソ約束していたりして! 白くんにも隠していたりしていましたし……」

「いや、偶然ですからね? どうして家に来れたのかも不思議ですもん。とにかくいまはそのことはいいです。すみませんでした」


 一応頭を下げておいた。

 悪いのは僕のようだし、こういうときに女の子の方から謝らせるのも微妙な話だしね。


「……ゆ、許してあげます」

「え、偉そうだなあ……」

「やっぱり許しません! 敬語をやめてください、あと名前でよんでください」

「んー、敬語はやめるけど、名前では呼べないかな」


 昔はゆーちゃんとかゆーねえとか呼んでいたけど、過去の自分は凄いなって。

 その頃は芹沢さんもわんぱくな少女だったんだ。

 白兄と一緒になってよく僕らを振り回してくれたことを思い出す。

 年上のくせに渡辺さんも僕と抱き合って泣いてたもんだ。 


「ど、どうしてですか! 他に好きな子がいるからですかっ? 莉子さん? 千代さん? それとも小澤さんですか?」

「いや、単純に芹沢さんが白兄の彼女さんだからだよ」

「彼氏さんじゃなくても名前でくらい呼ぶと思いますよ?」

「え、そうなの? 非モテだからわからなくて……じゃあいいのかなあ」

「大丈夫ですっ、なにかがあっても責任を取りますから」


 ……後できちんと言っておけばいいか。


「優香さん」

「呼び捨て……」

「ゆ、優香」

「ありがとうございます。あ、お部屋に戻りますね」


 名前で呼んだ瞬間に帰られるというのも複雑だな。しかも真顔だったからな。

 あれだけ粘っておいてそれかって思ってしまうのは、非モテの童貞だからだろうか。

地の文難しい。

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