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02.『今度ガツンと』

読む自己で。

 軽い揺れが凄く心地がいい。

 そろそろ起きなくちゃいけないはずなのに、どうしてか夢の世界に戻ろうとしている。


「楓くん、起きてください」


 ん……まだ夢を見ているようだ。

 白兄はこんなに可愛い声音じゃないし、ましてや僕の方が先に起きる毎日だ。


「楓くんっ」

「はっ!?」


 そうだったと思い出す。

 昨日から芹沢さんが泊まっていたんだ、と。


「お、おはようございます」

「おはようございます」


 ただ、僕を起こしに来る必要はあるのだろうか。

 大体、今日はまだ土曜日で、彼女は白兄の彼女で、ここに来る必要はなくて……。


「あの」

「はい、どうしましたか?」

「どうして僕のところに?」

「ふふ、聞きたいですか?」


 芹沢さんは僕のベッドに腰掛け、僕に手を伸ばし――たところで、


「はっ!? ……って、夢オチかよ……」


 僕は2度目の起床を果たし、部屋を見回す。

 当然、芹沢さんが来ているとかそういう事実はなく、ただ僕の頭がどれだけ煩悩まみれなのか、それを証明するだけに終わった。所詮男は完全に僕である。


「楓くん、入ってもいいですか」

「は、はいっ」


 一応頬をつねってみたら痛かったのでここからは夢ではないようだ。

 とかく彼女は入ってきた。清楚って感じの中に色気を感じさせるそんな女の人が。


「あっ……す、すみません……」

「えっ? あ……す、すみませんこちらこそ!」


 これは単純に生理現象、男なら仕方のないことである。

 ……じゃなくてまじなにやってるんだよ僕はと叩いたら、凄く痛くて涙目になった。


「ど、どうしました?」


 布団で隠して彼女に迷惑をかけないように対応。


「……あ、どれを使っていいのか聞きたくて」

「調理器具とかですよね、分かりました」


 ……大丈夫、とにかくふたりで台所に行ってあれやこれやを説明する。


「ありがとうございました。朝ごはんを作るので少し待っていてくださいね」

「はい、お願いします」


 それなら自分はその間にお風呂掃除でもしてこよう。

 洗面所に入って浴室に突撃して、磨いて磨いて磨いて洗い流して。

 ふぅと一息ついて戻ろうとしたときのこと。


「なっ!?」


 よく見たら洗濯カゴの中に芹沢さんの下着があって僕の足は止まった、止まってしまった。

 男ふたりに囲まれて生活するのだから気をつけて、そう説明しに行こうとしたときだった。


「そ、そういえばここに、あ……」

「あ……」


 彼女が現れてふたりで固まる。

 別に下着に触れていたわけではないが、ガン見してしまっていたことには変わらない。


「すみませんでした……」

「い、いえ……」


 彼女は下着をぎゅっと抱いてぱたぱたと戻っていった。

 僕は壁に寄りかかり、異性と過ごす難しさに溜め息をつく。


「変なトラブルを起こして帰られたら白兄と喧嘩になるぞ……」


 しかもこういったトラブルは変な誤解をされかねない。

 兄の恋人を奪おうとする非モテの童貞弟とか最低だろう。

 数分の間複雑な感情と戦っていたが今日も学校だ、このままではいられないということで部屋に行き制服を着たり準備を済ませ外に出た。


「流石にいますぐは顔を合わせづらいよ」


 彼女の作る朝ごはんを食べてみたかったけど仕方ない。




 放課後。

 僕はひとり教室に残っていた。

 まだまだ20時くらいまでは残る予定である。

 理由は単純に、


「会いづらいからだよなぁ……」


 朝のそれがまだ残っているのだ。

 向こうが変に気を遣ってきても嫌だし、これから毎日放課後遅くまで残って時間つぶしをすると決めた。

 とはいえまだ17時過ぎだ、なにかをしないと暇すぎる。


「楓」

「あ、比嘉さん」


 比嘉千代ひがちよさん。

 この子が僕の唯一と言える女の子の友達である。

 彼女は芹沢さんと同じくらいの長い髪を揺らしながら僕の前までやって来た。


「帰らないの?」

「うん、昨日からちょっと面倒くさいことになってさ」

「面倒くさいこと?」


 彼女は杏色の瞳でこちらを見つめる。

 同じくらいの色の髪をいじり、こちらが答えるのを待っているようだった。


「2年生の芹沢優香先輩って知ってる?」

「あ、ええ、知ってるわよ、というか昔からずっといるじゃない」

「そういえばそうだ。とにかく、その人が家に泊まることになってさ」

「別にいいじゃない、あなたの彼女というわけではないのだから」

「そうだけどさ……男としては……」


 期間がたった1日とかだったらなにも問題はないんだ。

 しかし1ヶ月だぞ? あまりにも長すぎるし、翌日でこれなんだから前途多難だ。


「なに? ドキドキしてしまうの?」

「そりゃ……あんな綺麗な人がいたらドキドキするよ……じゃなくて! いろいろと困るんだよ」

「困るって? 性処理できないから?」

「うわ最低……女の子なんだからもっと気をつけなよ……」


 別にそんなのはどうでもいいんだ。

 そこまで他人みたいに猿というわけではない。

 だが、ああいうドキドキは違うと思うんだよなあ僕は。


「……今朝も下着……見ちゃってさ」

「あなたの方が最低じゃない」

「あ、謝ったよ! ……でも気まずくて逃げるように出てきちゃってさ、だからこうして時間をつぶして帰ろうとしてるんだ。僕に付き合うと遅くなるから帰った方がいいよ」

「何時まで残るつもりなの?」

「20時くらいかな」


 そうすれば後はお風呂に入ってすぐに就寝という流れにできる。

 ま、そこで気をつけなければならないのは、洗面所か浴室でばったりと会わないようにすることだが。


「ん、どうせ暇だし付き合ってあげるわよ」

「でもさ、そうしたら僕が送らなくちゃいけなくなるでしょ? それは面倒くさいかなって」

「あなたってクズよね。いいわ、それならもう帰るから」

「気をつけてね」


 が、そんな時間つぶしをしようとすることに無駄さを感じて18時過ぎに学校を出た。

 ……のが失敗で、


「まだ学校に残っていたんですね」

「芹沢さん……」


 ちょうど帰ろうとしていた彼女とばったり会ってしまう。


「白兄の部活はまだ終わってませんけど……?」

「流石にずっと待っているのは辛いので先に帰らせてもらうことにしたんです。合鍵も貸してもらいましたから」 

「そ、そうですか、僕はちょっと違うところに行ってから帰るので気をつけてくださいね」


 本当は特になんにもやることはないが、家にふたりきりなんて耐えられない。


「え」

「え?」

「……分かりました、気をつけてください」


 芹沢さんにしては少し怖い顔でこちらを見てから会釈して向こうへと歩いていった。

 ……避けていると思われたか? ただ、誰だって慣れない環境にはすぐに順応できないだろう。


「よっ、非モテのチェリーさん!」

「渡辺さん……」


 良く捉えればモテモテ、悪く捉えれば女難の相。

 少なくとも芹沢さんのお泊りと渡辺さんの来訪は嬉しくはないが。


「あんたどうなの? 優香さんとうまくやれてる?」

「それが微妙でね……今朝も下着見ちゃって……」

「は? あんた見たの?」

「朝にシャワーを浴びたんだろうね、下着がそのまま置いてあったんだよ」

「ぷっ、あははは! 直接見たと思ってお姉さんちょっとびっくりしちゃった!


 見れるわけがないだろ……やっぱり頭が足りない少女だ。


「白先輩は?」

「うーん、あんまり盛り上がっている感じは伝わってこなかったけど」


 隣の部屋が賑やかで寝られないなんてことは一切なかった。

 それどころか静かすぎて家にひとりだと錯覚したくらいだ。


「ねえ、本当にあのふたりって付き合ってる?」

「え、そう聞いたけど」

「ふぅん、まあいいわ、早く帰ろ」

「うん、そうだね」


 芹沢さんにはつまらなかったから~とか説明しておけば余計なトラブルも発生しないだろう。

 途中で彼女と別れて家に着いたら部屋に直行する。

 別に芹沢さんがいるから気まずいとかではなくて、僕は基本的にこの形だ。


「よし」


 部屋着に着替えたら1階へ。

 どうやらリビングにはいないようだが……。


「あ、楓くん……」

「あれ、どこ行ってんですか?」

「え? あ、ちょっと……」


 彼女がお腹を押さえて、僕は「すみませんでした」とすぐに謝った。

 謝れば大抵は問題なく済む。自分が悪くなくても謝っておけば角が立たない。


「どうですか? この家、いやすいですか?」

「そうですね……白くんとあなたがいますから」

「すみません邪魔をしてしまって」


 が、こんなの偽善だ。

 出ていけない、出ていくつもりもないのに謝罪をされても困らせるだけだろう。


「……でも自分勝手ですよね私」

「いいじゃないですか、白兄が誘ったんですから」

「……そうだと思いたいです。あ、いまから一緒にお買い物に行きませんか? 食材が全然足りなくて……あとお金も……」

「あ、はい、行きましょうか」


 なぜか僕に託されているので1万円ほど持って家を出た。




「た、沢山、買ってしまいましたね……」

「でもこれから必要ですからね、悪くないと思いますよ」


 数十分後、大きな袋を僕が持ちつつ帰路に就いていた。

 これから十分な額を振り込んでくれると言ってくれていたし、これは無駄遣いではないのだから遠慮は必要ないと思う。


「……重くないですか?」

「はい、そもそも芹沢さんに持たせるわけにはいかないですから」

「ありがとうございます」

「こちらこそ、これからお世話になります。一応作れますけど、やっぱり女性が作ってくれた方が気分が上がると言いますか……」


 なにを言っているんだろうか、これもまた相手を困らせるだけだというのに僕ときたら。


「……その割には避けられている気がしたんですけ……ど」

「ああ……いや、まあ緊張しているだけですよ。コミュ力や対応力が高いわけではないですからね」


 こちとらずっと非モテを貫いているんだ。

 非モテを貫いているということは異性慣れしていないということ。だというのにいきなり家に綺麗な人が長期間泊まるとなったら、緊張してしまうに決まっているじゃないか。

 少しの間沈黙に包まれ、学校前を通ったときだった。


「おっす!」

「あ、白兄、お疲れ様」


 僕と違って全面的に明るい兄と遭遇。


「さんきゅ! 荷物を持ってやるよ!」

「いいよ、芹沢さんと先に行ってて」

「いいから貸せ。というかいいのか? んー、それなら優香行こうぜ」

「え、でも楓くんが……」

「大丈夫ですよ、ちょっと学校に用事を思い出して」


 荷物は白兄が持ってくれてるしちょうどいい。

 これは言い訳ではなく本当に用事を思い出したのだ。


「……分かりました、気をつけてくださいね」

「はい、そちらこそ」


 またこの別れ方かとは思いつつも学校敷地内、校舎内、教室内へと足を踏み入れる。


「課題のプリントを忘れてたんだよなあ」


 もしこれを忘れたまま明日を迎えていたら――考えたくもないな……。


「ぐすっ……」

「え? って、うわぁ!?」


 いつの間にか知らない女の子に見上げられていた。

 机で顔半分を隠すようにしてこちらを見つめている黒色の瞳。


「あの……」

「うわぁ!?」


 まさか喋るとは思ってなか――そりゃ普通に喋るよなと内側を落ち着かせる。


「……校舎内から出たいんですけど……」

「え? うん、僕も出るけど」

「つ、付いていってもいいですか!?」

「りょ、了解」


 僕が先を歩くと腕を抱いてきた。

 その瞬間に伝わってくる柔らかい感触にドキドキしつつも、彼女を昇降口まで連れて行く。


「あ、ありがとうございました! 暗いの怖くて……」

「あ、学校の中って不気味だもんね。ああいう暗闇に人とかいた――」


 コツ、コツという足音が響く。

 ゆっくりだけど着実にこちらへと近づいて来るそれに。


「ぎゃああああ!?」

「ひゃああああ!?」


 僕は尻もちをついて、でも暗闇の方を直視することしかできなくて。

 先程の女の子は僕の声に驚いて、同じように尻もちをついていて。


「そんな大声を出してどうしたー?」

「あ……高橋先生驚かせないでくださいよ!」

「はぁ? おいおい、まさか暗闇が怖いとか言うんじゃないだろうな?」

「び、ビビりますって暗闇から来たら……」

「適当に散歩だ。そっちのは……げっ」

「え? うわ……」


 涙をだばぁと流し口をパクパクさせている女の子がひとり。

 あまりに驚いたせいかスカートの裾が捲れており、眩しいほどの純白がアピールしてきている。


「……俺は関係ないぞ、後は頼んだ新谷」

「は、はい!? こ、このまま放置していくんですかっ?」

「だーかーら、新谷が相手してやってくれ、じゃあな!」


 あんの○○教師!

 女の子にばっかり優しくするって有名な人なんだから、彼女にも優しくしてやってくれよ!


「ちょっと、大丈夫?」

「あぅあぅあぅ……」


 放置……はないようなあ。


「スカート捲れてるよ?」

「ひゃぅ!? み、見ないでください!」

「ごめんね、僕はこれで帰るから気をつけてね」


 課題のプリントもくしゃくしゃになってしまっているし全部高橋先生のせいだ。

 今度ガツンと言ってやろう。相手が教師とか関係ないしね。

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