第八話
カンボジアに着いて初めての食事-----何を食べるかとても迷う。
「この近くで夕食を摂れるレストランはありますか?」とりあえずフロントの女性従業員に聞いてみることにした。
「どのようなお食事をご希望ですか?中華、和食、イタリアンとございますが?」
「えっ、和食も食べられるんですか!」おもわず大声を出してしまった。
「はい。少し遠いですが日本食のレストランもございます。」
「へ〜和食もあるのか、すごいな。でも、折角だからカンボジアの人が普段食べているような食事がしたいな。」
「分かりました。それでは、こちらのタプロームレストランはどうでしょうか?この辺りに住んでいる人もよく食事をしていますよ。」どんな料理なのか分からないが、現地の人が集うレストランということが決め手になった。
「じゃあ、そこに行ってみます。詳しい場所を教えて頂けますか?」
「ホテルを出て、川沿いに数分歩けば見えてきますよ。」
「ありがとう。」僕は、場所を詳しく聞きホテルを出てレストランに向かった。
ホテルの前を流れる泥で濁った川を数分歩いたところにタプロームレストランはあった。
『これがレストランなの?』という外見だった。レストランというよりは、日本の大衆食堂といったほうがしっくりくる建物だった。
入り口にドアのようなものはなく開けっ放し、レストラン内はプラスチック製の白い丸テーブルが十個ほど無造作に並べてある、レストランにとって必要最低限のものしかないさっぱりしたレストランだった。
適当なテーブルにつくと、従業員が僕のテーブルにやってきてメニューを置いていった。
メニューの文字はほとんど読めなかった。現地の言葉の下には英語で書かれた料理名があるのだが、『肉を炒めたもの』『魚のスープ』等といった簡単な料理方法しか書いていない。
どれにしようかとても迷うが、初日は無難な食事をしたいと思い、好物の魚料理にした。
数分後、魚がスープの中に浸った料理が出てきた。
匂いを嗅いで驚いた。
子どもの頃、ザリガニ取りをしていた川のような匂いがするのだ。
「なんだ、この匂い!」おもわず声が出る。
隣で僕の驚きに気づいた現地の人が声を掛けてきた。
「カンボジアじゃそれが普通なんだよ。外の川で取れた魚なんだ。」
頭の中に泥水が流れる川が浮かんできた。
「マジかよ!あの川から取ってきたのか・・・・」
「川は汚いが、味は最高だぜ。食べてみなよ。」そう言われても、なかなか手が出ない。でも悩んでいても仕方ないし、何よりこれからカンボジアに滞在するのに現地の食事を食べれないままなんて嫌だった。
僕は意を決して魚の身を少し取り口に運んでみる。
想像通りの味が口に広がった。心のどこかで、予想外の味を期待したが儚く夢は散っていった。口の中には、泥臭い味がいっぱいに広がった。
「うまいか?」笑いながら隣の人が話しかけてくる。
「うまいよ。」僕は必死で取り繕いながら笑顔で答えた。この場で『マズイ』と答えるのは気が引けたし、印象が悪いと思いとっさに答えてしまった。
『うまい』と言った以上、すべて食べなければと思い、必死で食べた。
その甲斐もあって、何とか食べきれた。同時に少しこの泥臭い味に慣れたような気がした。
カンボジアでの新たな目標の誕生の瞬間だった。
『日本に帰る前までに現地の食事に慣れる』これが僕のカンボジアでの二つ目の目標になった。
なんとか食事を終え、僕はホテルに帰った。
「どうでしたかお食事は?」
「美味しかったですよ・・・」苦笑いで答えた。
「そうですか、それはよかったです。私もよく食べに行くんですよ。」
「そうなんですね。僕もまた食べに行ってみます。」
「はい、また言ってみてください。」
僕は『おやすみなさい』と声をかけロビーを離れ自室に戻った。
部屋に戻ると、布団に飛び乗った。そのまま少し目を閉じていると、体は疲れていたのだろう、すぐに眠りに落ちてしまった。