第六話
今日はいよいよカンボジアの地を踏む。アンコールワットをこの目で見る時が刻々と近づいてくる。はやる気持ちを抑えながら僕は、忘れ物がないかホテルの部屋をもう一度しっかりと確認した。
「よし、忘れ物はないな。さて、カンボジアに行くか。」思わず笑顔になってしまう。
昨日は不機嫌そうだったおばちゃんも今朝は機嫌がいいらし。ホテル代を支払った後、僕に向かって現地の言葉で見送ってくれた。意味は分からなかったが、表情はにこやかだった。
ホテルを出た僕は、大通りまで出て昨日と同じようにタクシーでスワンナプーム国際空港に向かうことにした。
空港について僕は驚いた、昨日は暗かったのもあって空港全体の大きさを実感できなかったが、今はその大きさにびっくりした。と同時に不安にもなった、こんな大きい空港の中、これから乗る飛行機を見つけることができるのだろうかと――ーー。
しかし、この不安はあっさりと解消された。空港内を歩く日本人フライとアテンダントを見つけることができたからだ。
「あの、この飛行機に乗りたいんですが?」チケットを見せながら尋ねた。
「はい、あ、その飛行機でしたら、エスカレーターで二階に上がって頂いて、右手側にあるゲートからご搭乗頂けます。」
「ありがとうございます。」
言われた通り空港内を歩くとあっさり見つかった。こんなにすぐ見つかるなら聞かなくてもよかったなと、少し恥ずかしくなった。聞くのは一時の恥、と自分に言い聞かせた。
ゲートで少し待つと、搭乗がすぐに始まった。僕が乗る飛行機は、バンコクに来たときとは違って両翼にクルクルと回るプロペラをつけた小型機だった。どっと不安が大きくなった。『おいおい、大丈夫かよ?』と思いながらも、僕には乗るという選択肢以外ありえないのだ。飛行機内は、通路を挟んで両側に椅子が一列ずつ並んでいるだけの本当に狭い機内だった。自分の座席を見つけすぐにシートベルトを強く締めた。
「当機は間もなくカンボジア、シェムリアップに向け離陸いたします。」アナウンスが流れる。不安はどんどん大きくなる。
「いよいよ、離陸か、頼むから落ちないでくれよ。」目を閉じて祈る。
飛行機が滑走路を正面に捉えた。いよいよ離陸のときだ。飛行機のエンジン音がうなりをあげる。と同時に機体の揺れが大きくなり、スピードが上がっていく。ついにそのときがやってきた。離陸だーーーー。でも、飛んでしまえばどんな飛行機も一緒だった。揺れ方もジャンボジェット機とよく似ているし、飛んでしまえば自分がどんな大きさの飛行機に乗っているかなんて分からなくなってしまう。離陸して数分で、不安は消えていった。
数時間のフライトの後、僕はシェムリアップ国際空港に降り立った。
「ついにカンボジアに到着か。」
降りてみると、驚いた。国際空港と銘打っているのに、すごく小さい空港だ。入国審査や、荷物受取所がある建物は一見して小屋に見えた。屋根は岐阜の白川郷のようなワラを使った屋根、壁は白い漆喰を塗ったようである。
「マジで!これが国際空港なの?」建物を見て思わず言葉に出てしまった。
しかし、入国審査に関しては、他国と変わりなくハイテク機器も用意され僕の心の不安を少し消してくれた。入国、荷物の受け取りと順調に済ませ、いよいよカンボジアの土地を踏むときがやってきた。
空港の外には乗客を迎えに来たのであろう車が数台止まっているだけだった。もちろんアスファルトなんかはない。茶褐色の道路上に車が止まっているのだ。周囲は所々、地平線が見えるところがある。日本では北海道くらいでしか見られないであろう地平線がこうもあっさり見えるとは思わなかった。カンボジアの人にとっては当たり前のことなのに、僕にとって地平線は大きな感動を与えてくれた。これから、この国で僕を待っているだろう経験が楽しみで仕方がなかった。