第二話
『間もなく発車致します。扉にお気をつけ下さい。』
月末の電車には、シワだらけのスーツを着たサラリーマン達が疲れた顔をして乗っている。ある者は缶ビールを片手に、またある者は崩れるように眠っている。僕にはスーツと言う名の服を着て重労働を強制させられた奴隷達のように感じてしまう。こんな虚しい想像をしている時、電車は大きく揺れながらレールの上を走り出した。
大きく揺れる電車の中、ふとある考えが頭をよぎった。
『三年後、この仕事をしている自分に誇りを持っていられるだろうか?』
僕は自分が出すであろう答えが分かっていが、その選択肢を選ぶだけの勇気が無いことも分かっていた。分かっているのに、考えることを止められない。三年後の自分が後悔している姿がはっきりと思い描ける。
『間もなく学園前駅でございます。右側の扉が開きます。ご注意下さい。』
電車内のアナウンスとともに我に返る。
『やめよう…こんな馬鹿馬鹿しいことを考えるなんて時間の無駄だな。』と自分の中に生まれた小さな苗木に蓋をした。
翌朝、いつも通り六時半に起きてシャワーを浴び、しっかりと朝食を食べ、7時半の電車に乗り営業所に向かった。営業所までの道程ですれ違うサラリーマン達の表情がどことなくほころんでいるような気がした。『無事に月末を乗り越えることができたんだろうな。』と勝手な想像を膨らませた。
『僕はどんな顔をしているんだろう?』
近くのビルに駆け寄り、窓ガラスに映った自分の顔を見てみる。
月初めだというのに『憂鬱』そのものだ。希望の欠片もない表情をしている。
この表情を見てはっきりと答えを出した。もう、心の中の苗木はその成長を止めることなく異常ともいえるスピードで大きくなり、力強く蓋を突き破り巨大な姿を現した。地面に伸びた沢山の根っ子は僕の意思の強さを反映しているんだろう。どんなに強い風が吹いても倒れないほど地面に張り付いている。
営業所まで早歩きで向かい、いつも通り所長に朝の挨拶をしに向かった。
「おはようございます。所長、会社を辞めさせていただきます。」突然の言葉に営業所内は静まり返った。入社して以来、感情をほとんど表さなかった僕が突拍子もないことを大声で叫んだのだから------
「お、おい、お前何を言ってるんだ。自分の言っていることが分かっているのか?気は確かなのか?」驚いた表情で必死に言葉を口から出している。
「すいません、もう決めたことなので、引継ぎだけして辞めます。」間髪入れずに言葉を返した。所長に付入る隙を与えないように勢いをつけて。
正直なところ、勢いに任せなければこんな大それたことを言う勇気なんて僕にはなかったというのが真実だ。でも効果は絶大だった。普段から目立たない僕が必死に訴えてる姿は相手に威圧感とともに真実味を持たせたのだろう。
納得はしていない表情だったが差後に所長は「もう意思は変わらないんだろ?」と話し、僕が離職することを認めてくれた。
帰り道、朝見たガラスで自分の表情を確認してみた。数時間前の僕とは別人の顔だった。清々しさに満ち溢れた表情をしている。
一ヵ月後、ささやかな送別会をしてもらい会社を辞めた。