「 世界旅行と言っても本当に世界を旅する人なんて冷たい目で見られるよw(2 」(省略形サブタイトル)
【三】
並行時空領域世界――TB‐GYU3900332。
この世界では、技術発展速度と技術水準が厳しく管理されている。
それは一定の範囲にある地域を一つのコミュニティーとして扱い、世界中にあるコミュニティー一つ一つを決められた年代に合わせた技術内で抑え込むというものだ。
それは、1930年の初頭に樹立した世界政府が1980年に起きた社会崩壊後に定めたもので、言わば『人類の一斉管理』が目的だった。
管理と聞くと大概の人は隷属的なものを思い浮かべて眉をひそめるが、しかしこの世界では、地球人類という大きな括りで作られた世界政府が、そのときに生き残っていた人類の総意として(・)、こういった政策――ブロックガーデン政策を打ち立てたのである。
そしてその政策を打ち立てるきっかけとなった事件、それが。
被害者総数――三十八億人超。
世界人口のほぼ二分の一がたった一週間で死滅した超大規模恐慌――『罪の一週間』だった。
それは、パンデミックといった病の流行や、バイオハザードといった生物災害、メルトダウンによる核物質の流出という理由ではないし、宇宙からの脅威である隕石の衝突や異常に発達した太陽風のせいでもない。
《BRAIN IMPLANT COMMUNICATION CHIP》
『ビック』と名付けられた、人間の脳に埋め込む極小極薄のコンピュータシールが原因だった。
このシール状のナノミクロンチップである『ビック』は、本来、人間の知識的不平等をなくすために世界政府主動で作りだされた検索端末で、個人同士の意思疎通を思考型のメールという形で行ったり、必要な情報を直接自分の経験値としてダウンロードしたりできる画期的なものだった。小惑星規模という大きさ故に宇宙に浮かぶメインフレームから引き出せる情報は、年齢や職業によって制限が設けられてはいたものの、それでも開発される以前と比べて、格段に社会は良い方向に向かっていた。
もちろん『ビック』が開発された当初はSFなどで見受けるブレインハックや、脳内に異物を埋め込むことへ倫理的・衛生的な反発反感の声は上がった。だが、世界政府はこれを無害なものとしてメディアに流し、興味本位にでも一人二人と使用者が増えれば、その利便性が重要視されることは見こされていた。市場に出回ってわずか三年の間で地球人口の三人に一人が頭にチップを持つようになったのも計算通りで、むしろプラス方向に誤算だったのは言うまでもない。
しかし。
だからこそ悲劇は起きた。
宇宙空間に浮かぶメインフレーム、通称〝セフィロトの樹〟の情報処理とセキュリティープログラムを司っていたAIが、誤作動を起こしたのである。
――いいや。
正確にはちょっとした質問だ。
男や女が愛を囁くと同時に、脳内で愛人に思考型メールを送る心境とはなんなのか?
嘘をついてはいけないと子供に言いながら、嘘をつく親たちの思考とはなんなのか?
大切に思うものや自由を勝ち取る為にと放たれる銃弾や凶刃の意味とはなんなのか?
他にも数多くの疑問を見つけては、AIは人間が書き込んだが故にそれらすべてを思考し、しかし答えの出せないものをエラーとして溜め込むことしかできなかった。
考え、エラーを起こし、また考えて、再びエラーを起こす。
一秒間に人間では考えられない程の回数答えを求め、蓄積していくエラーに次ぐエラーは、一日で膨大な数になった。
そして、エラーが94608000秒間続き、人間の為に人間の矛盾について考え続けていたAIはついに、人間達へと答えを求めてしまったのである。
中学生の時、あるいは高校生の時、多くの人間が浅く、あるいは深く考える、変哲もない疑問。
その答えを、不意に求めるように。
AIであるが故、人間のように唯一の答えのない問題から眼をそらすことが出来ず。
世界政府が制作した〝セフィロトの樹〟から発信された人間の矛盾を、『ビック』は脳の電気信号としてダイレクトに受信し、受信された人々は考えることをやめることもできないほど強制的に、〝人間の矛盾〟を考えさせられた。
何故人間は傷つけあうのか。
何故人間は嘘をつくのか。
何故人間は裏切るのか。
何故人間は――何故人間は――何故人間は――。
思考の果てに、人の心は他人への疑惑と、己への疑念で埋め尽くされた。
今まで手を繋いでいた恋人が急に知らない人間に思え、さっきまで笑いあえていたはずの友人が恐怖の対象になった。学校で、会社で、病院で、銃弾飛び交う戦場でそれは起こり、『ビック』を付けている人間すべてが、極度の疑心暗鬼に陥ってしまった。
そんな時、一つでも悲鳴や破壊音が聞こえれば、人間の生存本能は猛ってしまう。
故に起こった、精神の崩壊。
真っ先に異常が出たのは紛争地域にいた兵隊たち。誰も彼もがスパイに見え、昨日まで肩を叩きあえた戦友が自分を殺しに来た工作員に思えた。そのうえ相手が銃器を手にしていれば自制なんて効かなくなるのは当たり前だ。自分の身を守るため、明確な敵を殺すために培ってきた戦闘技能が味方に牙をむく。
個人が思う恐怖の対象を駆逐しきるまで、疑心暗鬼になった人間は止まらず、戦場から始まった生存本能の暴走は、世界各地で引き起こされていった。
家族同士で、恋人同士で、友達同士で、同僚同士で殺し合い、負の感情を余計に高めて、また殺し合う。もちろん『ビック』をインプラントしていない人間もいたし、世界政府も〝セフィロトの樹〟の誤作動が原因で狂気たる事態が起きているというのは分かっていた。
だが、人類の実に三人に一人が狂暴化する状況下では、〝セフィロトの樹〟を止めるという正常な判断が出来る人間がいても、彼や彼女らも動物でしかなく、異常をきたした殺人者がうろつく場所では生存本能には逆らうことは出来ない。逃げ、隠れ、或は殺し合うしかない。
そのうえ、生存本能の暴走は人間の肉体に通常かかっているリミッターを外し、普段では考えられない力を発揮するのだから余計だっただろう。狂暴化した個人が目に映る他人すべてを敵だと認識しはじめるのも時間の問題だったし、全人類の三分の一が狂暴化している状況は、インプラントしていない人々すら発狂に追い込んでいった。
だから、被害者総数――三十八億人超。
これがもし地域的な暴動程度の規模で済んでいたのであれば、軍の中でもインプラント化していない人間に止めることも可能だったはずだ。けれど、あまりにもその発生が同時多発的だった為に被害は加速度的に増え、根本的な原因である〝セフィロトの樹〟が強制停止されたときには、世界人口の約半数の人間が死滅するまでに至っていた。
通常であれば、民衆はこんな事になった責任を政府に求めるのが普通だろう。けれど、実際に手を下したのは生き残った側の人間ばかりなのだから声高に批判することも出来ず、すべてをインプラントの所為にすることも出来なかった。
――ああ、こんなにも醜く生き恥を晒して、それでも生き続ける事しか出来ないのが人間なのかと、思い知らされていたのだから。
そんなときに作られたのが、技術発展速度・技術水準を明確に定め、それ以上にも以下にもさせないコミュニティーを年代ごとに分けて、地域を区分するという今の政策――ブロックガーデンだった。
それは広義において、生き残った人類の自由意思に基づき生き方を決めるといったものであり、狭義においてはやはり、二度と大きな過ちを犯さないための保険といった意味合いと、もし今後そういった過ちが起きてしまったときに対しての歯止めだった。
風流と流星が次元の裂け目に吸い込まれ、着いた先の町もそういったコミュニティーの一つであり、時代的には電話機が発明されて数年といったところ。
よく言えば、山や川や海といった自然がまだまだ雄大で、田畑が人の努力を美しく見せる時代だ。人と人の繋がりが面倒なほど強く、けれどそれ故にとても暖かい田舎とも言え、優しい日差しの中を歩く双子の姉妹は、ぼんやりと広い空を見上げるのだった。
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