第三話 「 世界旅行と言っても本当に世界を旅する人なんて冷たい目で見られるよw(1 」(省略形サブタイトル)
【一】
並行時空領域世界――TB‐GYU3900328。
双治が暮らす世界の2030年。秋。
そこは車がパイプの中を走ったり、空中の信号機に渋滞したりすることはない時代ではあるが、けれど実際に工場をはじめとする多くの労働がAIに任されるようになるような、そんな時代。
けれど、それは双治の世界の技術発展速度がそういった時代にさせたのであって、他の並行時空領域世界――つまり、|双治が暮らす世界以外の世界では、技術発展速度が異なる世界も数多くある。もちろん、何が違うのか分からないほどの同一性を持った世界も多数あるし、他の世界にはLinkerではない別の宙乗双治も、神隠しに遭っていない家族が笑っていられるところだってある。
そんな、双治が暮らす並行時空領域世界――TB‐GYU3900328より、次元空間にある次元壁を四つほど乾の方向へ渡った先にある並行時空領域世界――TB‐GYU3900332、つまりは今現在に宙乗双治という少年がエル・サウシスという女の子に襲い掛かられようとしている世界とは違う世界で、その出来事は起こっていた。
双子姉妹の悲鳴という形で、世界を轟かせるほどに。
【二】
のどかと言うに相応しい秋の田んぼに、米粒をたわわと実らせた稲穂が黄金の絨毯でも広げた様なきらめきを遥か遠くまで揺らめかせるそこは、紅葉した山に囲まれ、清涼な小川が走り、十五分も自転車を漕げば真っ青な海が視界を埋める綺麗な場所だった。
総人口千人弱。
人数的に小さなこの町の名前は【ふくろう町】。
そんな『THE・田舎』であるここは今まさに稲刈りの時期であり、町ぐるみで事業展開をするように、老若男女分け隔てなく、鎌を片手に腰を曲げて、尻を突き出すという大変な格好で、それは一斉に始まっていた。いや、そんな大変な格好をしていたから、こそ――。
「「ぅわっきゃぁっ!」」
どこか不思議な雰囲気を纏った二十歳ほどの二人の女の子はあられもない声を揃え、自分の尻を押さえて飛び上がることになる。と言っても、別に少女たちが猿の情念に取り付かれたとかではない。まだまだ人生的経験値が少ない女の子の尻を、あらゆることを知り尽くした玄人の指がそっと撫で上げただけだ。
「ふぁっほっほっ、今日も良い臀部をしておる」
まったく同じタイミングで飛び上がったサイドポニーないしサイドテールという髪型の双子姉妹が尻を押さえて真っ赤に染まった顔を振り向かせてみれば、そこには少なく見積もっても百を超えるだろう腰の曲がった元気な白髭爺様が、スケベな手つきで指をワキワキと動かしていた。
双子姉妹はお姉さん的切れ長の目を怒らせて睨み付ける。
「「そろそろ出るとこきっちり出てもらいますよ、町長ッ!」」
しかし、町長である白髭爺様は悪びれた素振りも見せず、ふぁっほっほと笑うだけだ。
「それじゃよ、それ。若いおなごの羞恥に染まる赤い顔、ワシ、大好き」
「「やっぱり今日という今日は警察に突き出してあげますから覚悟して――」」
その時だった。
ずどむんっッッッッッ! と、強烈な轟音が稲を揺らした。
気づけば、白髭爺様の頭が稲を刈り取ったばかりの乾いた田んぼに突き刺さっている。
「もう爺様ったら、嫌ですよう。毎日毎日そんなことしていると、本当に嫌われてしまいますからね?」
言いながら白髭爺様の背後|(?)から現れるのは、爺様と同じく少なく見積もっても百を超えているだろう婆様だ。
普通、婆様から放たれた跳び回し蹴りで人間の頭が地面に埋まるというのは存外ショッキングな出来事であるはずだが、周りの人間の視線は呆れ半分、暖かな目になっている。何故って、爺様が双子姉妹の尻を触って婆様が撃退するというのは、婆様が言うとおり、日々の慣例になっているからだ。
だが、何もこの惨劇じみた笑劇ないし喜劇じみた怱劇は、双子がこの町に生まれてからずっと続いている訳ではない。
たった、一年。
彼女たちが町に現れたあの日から、たった一年の事なのだ。
一年前。
年の稲刈りも一日の佳境に差し掛かり、町の人達が揃って腰の痛みと戦っていた頃。
トンボ舞う虚空が異変に見舞われたのは、突然のことだった。
ぎゅわん、という奇妙な音とともに中空の空間が渦を巻いて捻じれた直後、強烈な閃光を伴って双子姉妹が空から降りてきたのである! まだ刈り取られていない、黄金の草原を思わせる稲穂の上にゆっくりと、見る者を呆然とさせるほど奇妙な可愛らしさを誇示しながら、シルクのような白い肌と、光り輝く金色の髪を人々に印象付けて。
一時の静寂が辺りを包むのも無理はなかった。
誰かが息を飲む音が大きく聞こえ、後退りする恐れが場の緊張感を上げていた。
誰も彼もが出来事に躊躇い、空から降りてくる姉妹に近づけない。
けれど、しかし、それでも。
その場でただ一人。
動く者の影があった。
白い髭をうんと蓄えた町長、その爺様である。
一切の戸惑いや神妙な面持ちを見せず、小躍りでもしそうな感さえ醸し出しながら小走りに駆けよって、爺様はこうのたまったのだ。
『うひょひょい、おなごじゃっ! 天女様がワシに尻を揉まれに降臨なされたぞい!』
直後。『そんな訳あるかあ!』と、町の人間からの総突っ込みが秋の空を揺らしたのは、近年稀にみる一体感だった、と今では良い思い出である。
その後、我に返った男性陣が慌てて白髭爺様の愚行や淫行の阻止に走り、女性陣が空から降りてきた少女たちを保護すべくバリケードのように取り囲んだあと、気を失っていた姉妹を安全で落ち着ける場所へと運び、面倒を見て、起きた時に話を聞き、しかし裂けた空に吸い込まれたという理解のできない言葉に優しい眼つきで頷いて、そうこうしているうちに姉妹たちは町の一員になっていた。
姉妹たちが暮らしているところは白髭爺様とその妻が住む家で、そこから町に唯一ある小中高が纏まった学校にも通っている。
別の世界から飛ばされてきた女の子二人が稲作稲刈りを手伝うのは生きて行くために郷に従うという理由が大きいが、元の世界ではもうすでに修業したはずの学校まで通っているのは白髭爺様がどうしても行きなさいと言ったからであり、しかしそれは優しさではなくただ単に金髪サイドテールの双子姉妹に学生服を着せたうえで尻を撫でたいという、爺様のいまだ衰えない欲求の表れでしかなかった。
それからだ。白髭爺様は隙さえあれば彼女たちの尻を狙い、しかし触ったら婆様から激烈というほどのお仕置きを貰うという事を繰り返しているのは。
けれどその一年で、別の世界から飛ばされてきた姉妹は、安心することができたのは確かだった――。
早朝の稲刈りの手伝いを終え、尻を触った爺様をとことんまで痛めつける婆様を気の済むまで眺めた姉妹は、お世話になっている広い日本家屋に戻っていた。
未だ稲刈りで姿の見えない婆様が用意してくれていたヒノキ作りの桶に湯を張って、使っている畳敷きの部屋まで移動する。手拭いを濡らして首から肩、胸から腹、足の先までをゆっくりと。互いを拭き合う姉妹はそれと無く頬を染めていく。漏れる吐息は熱く、絡まる視線は妖しく、零れる呟きの中に弟の名が浮かぶのは、二人の想いが残るから。
「「そう、ちゃん……」」
双子ならではのシンクロ感がさらに互いを焦らし、二人の左手が相手の胸の膨らみをなぞるように、あるいは弾くように拭っていく。鼻先が触れるほど近くで見つめ合い、けれど同じ形の唇が触れ合うことはない。
「風流姉さん……あたし、もう」
「流星姉さん……私も、もう」
互いが相手を姉さんと呼び合う不思議な二人は、互いに湿った音を大きく響かせて――……。
溶け落ちそうな甘ったるい息を吐き出し、稲刈りの手伝いで掻いた汗を心地の良い疲れで洗い流す二人は見つめ合った。
「……いつ、会えるかな?」
「……いつ、会えるだろう?」
肩を寄せ、互いの胸を押し付けて、頬の触れ合う至近でいつものように問う、願い。
この世界に飛ばされてからほとんど毎日の同じ質問は、けれど、答えが出ることがない事を、風流も流星も分かっていた。
でも、だからこそ。
「「きっと、いつか。会えるよね?」」
希望は捨てない。
自分の金髪を頬に張り付けて、余韻で朱に染まる鼻の頭に口づけ合う。
ぎゅーっ、と裸のまま抱き合って、もう一度汗を拭いてから、学校の準備を始めた。
やたらと丈の短いスカートとストライプのショーツを履いて、セーラー服を着る。少しだけ色の薄い赤いスカーフを胸元に巻き、サイドテールを形作ると、お勝手へ行って歯を磨き、早朝婆様と一緒に作った弁当を持って玄関を出た。
田んぼではまだまだ刈られていない稲穂に向かう町の人たちが、腰を曲げ、鎌を振るう姿が遠くまで見える。行ってきますと声をかければ、優しい笑顔と行ってらっしゃいの言葉が返ってくる。暖かい町だ。たった一年だが、二人はこの町を気に入っていた。
だが、それ以上に。
弟に会いたい。
だから、風流と流星は心のすべてを町の人間に許す事は出来なかった。
いつか自分たちは弟と再会して町を出ていく。
それが自分たちの希う望みなのだから、と。
次回 「 世界旅行と言っても本当に世界を旅する人なんて冷たい目で見られるよw(2 」(省略形サブタイトル)