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「 目覚ましをかけても起きられないってよっぽど責任感がないんだろうねw(3 」(省略形サブタイトル)

 これが、宙乗(そらの)双治(そうじ)が去年の秋に体験したことのあらましだった。

 話しだけを聞けば、とても心の強い男の子のようにも聞こえるかもしれない。でも、目の前で家族が消えた経験は小さくない傷を心につけるのが当たり前で、双治も変わらずショックを受けてはいた。


 ただ、双治の場合ははっきりと死に別れたという訳ではなかったし、ここではない別の世界と言った馬鹿げた場所であっても、家族が生きている可能性があって、しかもそういった世界に渡る手段があるのだから、落ち込んでいる暇があるのなら助けに行ったほうが建設的だと思っていることは、確かだった。

それに、Linker(リンカー)という特殊な力を持ち、『界先案内人(スペースウォーカー)』であるエル・サウシスも傍らにいてくれるのだ。それが作られた目的であるが故だったとしても、家族を助けるうえで双治にはありがたかったし、なにより自分の意志を支えてくれる唯一無二の存在として、これ以上なく心強く思っていた。


 とはいっても、双治がそういった自分の感情を素直に伝えているか、と問われれば否と答えるしかないのであるが。


 何故って、双治もまだ十八歳だ。

 自分より幼い(ように見える)女の子に対して、感謝の念を伝えるのは照れがある。

 高校に通っている思春期真っ盛りの少年には、難易度の高い事なのだ!



 さて、そんな双治は大きな欠伸(あくび)を漏らしながら、銀杏(いちょう)が並ぶ商店街の通学路をエルと並んで歩いていた。真っ黒な学ランを着込んで、薄いカバンを肩に引っ掛け、本当にかったるそうに足を出す姿は、やさぐれたサラリーマンの様でもある。


「ああ、眠みぃ。大体、朝方四時にまた災害警報って、呪われているとしか思えねぇ。やっと帰ってきて寝れたと思ったら変に懐かしくって胸糞わりぃ夢までセットとくりゃ、こりゃあ完全に呪怨だよなぁ」


 替わって隣を歩くエルは、もともとこの世界の人間ではなかったはずたが、どんな手段を使ったのか同じ学校の制服を着て、双治の学ランの裾をちょこんとつまみながら、こちらも眠そうに文句を言っていた。


「ほーん。双治はわたしが悪いって言いたいんだね? わたしがこの世界に留まらなければ安眠を妨害されないって、そう言いたいんだね? 形だけなら中学生にしか見えない女のお子と同じベッドに眠っていて、私の方が悪いって!」


 上目遣いに涙眼で睨むエルの唇は不貞腐れる様に尖り、頬は薄く染まっていた。

 だが、双治には双治の言い分があるようで、こんな風に言葉を返してみせる。


「まあ、率直な意見としては『お前がやめようとしなかったんだろう。この色情魔(しきじょうま)』と言ってやりてぇだけだよ」

「S、SIKIJO! 色情魔ですとっ! それは双治の方かもなんだよ! わたしは、も、求められたから、だだだ、だからなのかもっ!」

「疲れた体にムチ打って、深夜に二度の次元災害を片付けた俺が、自分から求めるはずがないだろ。しかも二時間だぞ? 唇が腫れて痛いったらありゃしないですよ、オーロラピンク系色情魔殿」

「ッッッッ! そ、それは何かの間違いだしっ! 記憶違いだしっ!」

 エルは胸の横で両手をぶんぶんと上下に振り回し、口をMみたいな形にして(わめ)く。


「それに、途中でLinker(リンカー)の能力を解放した双治が悪いんだもんっ! あ、あんな目で見るのが悪いんだもんっ!」

「お前の方から『能力解放して欲しいかも~』って言ったんじゃねぇか」


 エルはそれまで振り回していた両手を止めて「うっ……」と唸った。しばし考える。言葉じゃ勝てないと結論したエルは、今度は痛そうな顔で内腿(うちもも)(こす)りながら嘘をつき始めた。


「痛いよう……ヒリヒリするよう……歩くのが(つら)いよーぅ」

 しかも大声で、商店街の通学路という大勢の人がいる場所で、こんな嘘を言う。


「朝の六時頃までなんてー、あんなに硬くてー、熱くてー、おっきいイチモ――ムガッ!」


 エルの突飛な行動に焦った双治は、慌てて小さな口を塞ぎ、あたりを見渡して通行人や商店店主に愛想笑いを浮かべた。周りの人たちは見てはいけないものを見る様な目で双治たちを見ていて、幼い子供を連れたお母さんは我が子の耳を塞いでいる。


「わ、わー、何言ってんだろうねこの子ったら。あー、そうか。『朝の六時ごろまで』遊んでたゲームで勝てなかったのを根に持ってるんだなー? ははは、そうだよなー、初心者相手にあんな『硬くて、大きい』金棒を持ったキャラを使うなんて、大人気なかったよなー。つい『熱く』なっちまってなー。負けた時の罰ゲームもデコピンじゃあ『ヒリヒリ』するよなー」


 あはははは、と。場をごまかす笑顔もプラスする。

 双治の言葉を聞いて納得する町の人たちは『なんだ、ゲームか』と呟きながら足を速めたり、今日一日の準備をしたりし始めた。単純思考な住人に感謝しながらも、そんな住人にどこか恐ろしさを感じつつ、町の動きがある程度通常に戻ってからも口を押え続ける双治は、人目を忍んでエルの口の中に指を突っ込んでやった。中で震えるベロをぬちょぬちょと弄繰(いじく)り回しながら、光らないガラス玉のような瞳と、感情の起伏のない真っ平らな声で語りかける。


「おいこらバイオロイド。お前の危機管理能力は故障してんのか? デザイナーベビーだからって調子のってんのかコラ。嘘をつくにしてもお前の見た目で言って良い事と悪い事があるだろう? ああん?」

「あぅ……ほ、ほめんやひゃい……ぇ、うぁ……っ。ゆーひて、くりゃひゃい……ぉ」


 涙目で謝るエルに、双治は息を吐いて口に突っ込んでいた指を抜き取った。ケホエホッと咳き込むエルなどには無視を決め込んで、寝不足の欠伸を漏らしながら学校に向かって足を出す。

 だが、そのとき。

 エルが腕にしがみついてきた。


「て、おい。話を聞いていなかったのか人工生命体。これ以上目立つことを ―― 」


 と、双治の言葉が止まった。次いで頬が引きつる。

 耳に入ったのは、鼻をすすり上げる音。

 だからこそ、引きつるのだ!


「双治、怒った……?」

「あー……」


 見れば女の子の、泣くのを我慢するときの顔が、そこにはあった。

 鼻の頭を赤くして、唇を尖らせるという、子供っぽいぐずり顔。

 双治は足を止め、肩を落とし、鼻から息を抜いて、秋晴れの空を見上げる。


「双治が、怒ったぁ……」

「いー……」


 聞こえてくるのは、今にも溢れ出しそうな涙声。


「双治が怒ったあ……!」

「うー……」


 双治の口元はこの声を聞いているとぴくぴくと勝手に動き始だしてしまう。

 笑いたいのではない。参っているのだ。

 宙乗双治は女の子の涙にどう対処したらいいのか分からない男子高校生なのである。

 そんな双治にしがみつくエルは鼻をすすりながら、目立つなと言われたことを懸命に守るように泣くのを我慢して謝っていた。


「ごめんよぅ、エルが悪かったよぅ。大人しくするから、嫌いになったらいやだよぅ」


 えっぐえぐえぐ、と堪えきれていない涙の端々が喉の震えになって零れ出る。

 盛大なため息を一つ吐き、カバンを持つ手で頭を掻く双治は、あからさまに何かをあきらめたポーズをとると、自分の腕に引っ付いたエルの頭を見下ろした。


「はあ……分かった、分かりましたよ。俺が悪かった。だから泣くな。泣かないでください。つーか、俺は怒っちゃいねぇし、お前を嫌いになったりもしないよ」

「ほんとう?」

「こういうことで俺は嘘をつかない。知らなかったのか?」

「知ってる……けど、双治の顔で怖いこと言われたら、不安になるんだよ」


 双治は「そんな顔してたか?」と内心ショックを受けつつ、エルの頭を撫でた。

「それは悪かったな。でも今度からはあんなこと大声で言わなくていい。しかもこんな誰が居るか分からない商店街の真ん中で」

 くしゃくしゃ、とエルの髪の毛を掻き回して、最後にポンと叩く。


「んじゃ、いくぞ。街での生活もそうだが、学校での生活も大事なんだ。まだ一年以上もあるンだから、わざわざ遅刻して妙な噂されたくねぇからな」


 そう言って、いつの間にか止まっていた足を学校に向けて動かす。

 双治が歩き出せばエルもきちんとついてきて、けれどしがみついた腕を解放することはなく、余計にギュッと力は増していた。


「なあ、歩きづらい」

「やだもん」

「やだもん、て」

「双治は意地悪だから、仲直りのチューしてくんなきゃ信じないもん!」

「おまえなぁ、俺が言ったことまだ分かって ―― 」

「や・だ・も・んっ!」


 ぷくーっ、と。ほっぺたが膨らんだ。

 どうやら拗ねているらしいことにようやく気が付いた双治は、再度ため息を吐いて、念のため周りを見渡してみる。が、やはり誰かに気付かれずコトに及ぶ事は無理だと判断するとヤケクソ気味に咆哮した。


「だーッ! もう怒った。色情ワガママ小悪魔娘が! お前なんかこうしてやるー!」


 うがーっ、と。双治はエルを人攫いみたいに肩に担ぐと、一気に走り出した。

 突然のことに驚くエルは、うひゃあ、と咄嗟にスカートを押さえて膝を曲げる。

 女子が着る制服の構造上、肩に担げばどう考えてもスカートの中が丸見えになるのだが、そんなこと今の双治には関係なく、エルの羞恥に染まる悲鳴など耳に入らない。


「ぎゃわーっ! 見える! 見えちゃうよう! こらーっ!」

「ぬはははははーっ! どうだ小娘、このまま学校まで連れて行ってやるから感謝するんだな! 双治さんタクシーの初乗り運賃は高いことを思い知りなさいコノヤロー!」


 みぎゃー、おろしてっ。おろしなさいなのよぅ! と喚くエルは必死にスカートを押さえるものの、周囲の男どもの視線は熱を持つほどにそちらへと向けられているのだから、エルの必死さが意味をなしていないことは言うまでもない。


「お前はもっと周りの目を気にするべきだ。よって公然猥褻一歩手前の刑に処すことに決めた。明日から少なくとも三日間は周りの目を恥ずかしがりながら生活してみるとよいわーっ! なーははははーっ!」


 と、笑いながら通学路をひた走る。

 もちろん、そのまま学内まで入っていくことはいくら双治でも良心が許さなかったから学校近くの路地裏までで許してあげたが、エルにとっては乙女的な何かが汚されたらしく、肩から下ろすと同時に膝を抱えてさめざめと泣きだした。

 そして、その三分後。


「コノ恨ミ、晴ラサデオクベキカ? 否ァ……断ジテ否アァアアアァア!」


 エルは顔を真っ赤に染めつつも、恐ろしい言葉を叫びながら双治に襲い掛かった。

 もとはと言えば、風が吹けば桶屋が儲かる的なこじつけではあるが、双治の最初の一言がこうなる原因だったのだから、自業自得と言われればそうなのかもしれないが、しかし、高校生の男の子からしてみれば理不尽以外に言葉は見つからず、ただただこの世のままならなさを嘆くのみなのだった。


「なんでこうなるんだーっ!」


次回 第三話

「 世界旅行と言っても本当に世界を旅行する人なんてそう居るものではないなんて当たり前だろ? 196ヵ国の全てを旅するなんて経済的にも時間的余裕も、心身的健康管理も甚だ難しいに決まって……え、なに、パラレルワールド? ああ、中二乙! とか言ってる君って今の量子力学の学者に冷たい目で見られるよw 」 

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