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「 宙乗双治とエル・サウシスって二人は性的なニュアンスが含まれていると無意識に示しちゃうって知らなかったでしょ? 」(省略形サブタイトル)

 秋も中ごろに差し掛かり、残暑という言葉も懐かしい響きを持った、晴れ渡った朝。

 窓から見える空には、上空の強い風でちぎれた雲が急ぎ足でどこかへと駆けていく。街のあちらこちらに赤や黄色の蜻蛉(とんぼ)が悠々と舞い、青い屋根の上では三毛猫が欠伸をして、どこか遠くの方では誰かが『おはようございます』とあいさつをしている。


 それは、どう考えても気持ちのいい朝だった。

 今日が休日であれば、惰眠を貪っていたくなるのは致し方のないことだ。


 だが、そんな中で宙乗(そらの)双治(そうじ)という少年は、朝から口うるさく叱られている。いや、愚痴をこぼされていると言った方が正確かもしれないが。とにかくそれは面倒なほどに喧しい。


「ねぇ、双治は馬鹿なのかな? それとも阿呆なのかな? それ以上に間抜けなの?」


 むっつりとした顔でぷりぷりしているのは、オーロラピンクの長髪を朝日に煌めかせるバイオロイドのエル・サウシスで、怒っている場所は白という色が際立つ病室である。つまり、宙乗双治という不思議な力を持つ少年は、入院していた。ぷりぷりの理由としてはこれ以上はない。


「あんなにぽこぽこ殴られれば、いくらLinkerだって痛いに決まってるんだよ」

「左脚、左肩、肋骨、鼻――この骨折は『痛い』の範疇に入るのでしょうか?」

「入るわけないじゃん」

「ですよね、ならもっと俺を労わってくれてもいいのでは?」

「は? 双治みたいなカッコツケは傷口に辛子とか塗り込まなくちゃ分からないのかも」


 それはもう拷問の域ですが? と双治は体中に包帯を巻きながら青くなった。

 だが、エルのぷりぷりは収まることはないようで、


「しかも最後のあれ……『だから変えるぞ、お前の矛盾を。強制的にあんたの中の一番に、修正(リセット)してやる』とか……ああ、今考えると恥ずかしすぎる。それもあの顔で」


 キリッ、とエルはその時の双治の表情を真似た。いかにも『俺、格好良いですよね』と言わんばかりの凄まじいどや顔だ。見せつけられる双治の口元がヒクつく。


「あ、あの時は別に、そういうことを考えてたわけじゃ、ねぇし……」


 だが、終わらない。

「キリッ」


 エルは『あの時』を真似し続ける。

「キリッ!」


「だから、俺は……」

「キリッ……!」


「いや、だから……」

「キリリッッ……!」


「……ッ」

「キリリリッ……!」


「ごめんなさいすみません恥ずかしいからそのどや顔やめてくださいっ!」


 双治はベッドの上で身もだえた。あの時、別に格好つけたつもりはないが、宙乗双治は何度も繰り返されると自分が恥ずかしい事をやっていたのではないかと思ってしまう小市民だった。

 その身もだえっぷりを満足するまで眺めるエルは、ハアとため息をつく。


「……ねぇ、双治。自分をもっと大切にしよ?」


 声のトーンがいくらか下がっていた。廊下から看護師だろう会話が聞こえてくる。

 双治は枕を背もたれにして体勢を整えた。


「大切? 俺が死ぬ気だったとでも言いたげだな」

「そうじゃないけど……でも、もっと簡単に済ませる方法もあったよね、って」

「……、そうか?」


 空とぼけるように双治は視線を泳がせた。ベッドから見える窓の外。呆けるように息を吐く。

 エルの言う通り、能力を使って強制的に矛盾を修正(リセット)してしまえば、あんなに殴られる必要なんて微塵もなかった。そんなこと、双治にだって理解できる。けど、それだけじゃ駄目なんじゃないか、とあのときは思ったのだ。


(エルの言いたいことは分かる。でも、あの女の言い分も……)


 とは言っても、九条という科学者の言葉に同情したわけではないし、それを理解できたわけでもない。ただほんの少しだけ『一年前に自分の身に起きた社会からの攻撃』という、辛い出来事と重なる部分を感じていたことは間違いなかった。だから殴られたのか、と言われればそれもまた理由にはならないものだが、しかし、あの時のもやもやを解消する手立てを双治は『殴られる』という方法以外で用意出来なかった。


(馬鹿で、阿保で、間抜け。まあ、その通りなんだろうな。じゃなきゃ、あんな滅茶苦茶痛いパンチもらってない)


 そう考えると、案外自分というやつは恥ずかしい奴なんじゃないかという気がしてならない双治。折れていない方の腕を持ち上げて痒くもない頭を掻くと、やるせない気持ちになる。

 ぽんぽんと自分の足の間を叩いて、下唇をとがらせるエルをベッドの上に呼ぶ。骨折のない右側に寄りかかってくる小さな体を支えながら、


「悪いな、馬鹿で」


 ぽふっとエルの頭に手を置いた。

 髪を梳く様に頭を撫でられながら双治を見るエルは、それでも不満気だ。


「心配したんだよ?」

「まあ、こっちの世界に帰ってきてすぐにぶっ倒れちまったしな」

「二人になって気が抜けたのはわかるけど……焦ったんだから」

「そうか、それはごめんなさいだ」


 双治は崩れた笑顔で謝った。

 こっちの世界に戻ってきてすぐという事は、倒れた双治をエルが一人で入院させたという事で、一人で入院させたという事は、一人きりで家族の様な人間の心配をしなければならないという事だ。それは双治にだって、少し考えればどれくらいの負担をかけたのか想像できる。一年前から、その想像ができない程度のぬるま湯に浸かった生活を送っていないのだから。

 オーロラピンクの髪を撫でながら、双治は慣れない天井を見るでもなく眺める。


「でも、びっくりだよな」

「だねー」


 撫でられるままのエルは、窓から入り込む秋の朝日を浴びながらそれに同意した。主語のない会話。気持ちのいい空間だ。


「でも、ずっと向こうにって訳じゃないんだし、ハロウィンが終わるまでの一か月くらいすぐだよ」

「そりゃなあ。姉ちゃんたちにも色々あるだろうし、一年も向こうで生活していれば色んなしがらみだって出来るかあ」

「そーだよ。向こうの加速器は壊したし閉鎖空間も消したけど、それで全部が解決しましためでたしめでたしになるわけじゃないんだから。あの九条って人やミリアって子の事を考えれば、むしろこれからが大変なんじゃないかな?」

「これからが、ねぇ?」


 双治は視線をエルのつむじに向けて、そこをピンポイントで撫でた。やはりされるがままのエルは状況にまどろむように体をモゾリと動かして、自分がフィットする場所を探し当てる。


「あの親子の仲を取り持つことは見た感じ簡単だろうけど、あれだけの人数を集めて置いて『実験は失敗しました。私は研究から手を引きます』じゃ、可能性は低くても、納得してくれない人も出るかもしれない。まあ、だから双治は加速器を壊したんだろうけどさ」

「えっと、まってエル姫様。だから、ってどういう意味かな?」

「あれ、双治はそこまで考えてあの加速器壊したんじゃないの?」


 胸元から、信じられない物でも見るようなエルの視線が向けられた。

 その視線に双治はたじろぐ。


「いや、あれ大きかったから、そのなんだ、とりあえず壊しとこうって……ええっと、あの機械は壊してよかったんだよな……? あれ? 大変なのってそれの所為?」


 双治がしどろもどろに言った途端、エルの視線がとても残念な人を見るものに変わった。「これだから双治は双治なんだよ……」と、なんだかとても残念感が伝わる言い回しをしてくださる。


「いい? LHC系の加速器って、そもそも一企業がどうにか出来るようなものじゃないって、知っといた方がいいんだよ?」

「……あー、それは技術的な面でってことか?」

「違う。まあ、それも少しはあるだろうけど、主に問題になるのは金銭的な面と、それに絡む利権、あとはあの加速器本体を設置できる土地の問題だね」


 言われ、頭に疑問符しか飛ばない双治。当たり前だ。ちょっと不思議な力を持っているとはいえ学力的に普通の高校生(より些か下)の知識しかもっていない一般的な少年である宙乗双治に、そんなこと言われたってわかるはずがない。


「ええ、っと。要するに?」

「……。要するに、その分野には秀でているけど、それがあれば掃除ができるわけでも、料理ができるわけでも、介護ができるわけでもない本体価格だけで数千億円から一兆円近くかかる超巨大な精密機器を、もう一度初めから作りましょうってなるには、色々あるんじゃないかなって話し。あの世界がどんな世界なのかはわからないし、LHC系の発展小型機を作れちゃう科学技術の進展速度には目を見張るものはあるけど、直ぐにどうこうって事にはならないはずだよ。それこそ、世界中を巻き込むような大プロジェクトだからね。LHC系の加速器を造るって」


 世界中という言葉に頬肉がぴくっと反応した。双治の背中が汗でぬれるなか、エルは続ける。


「それを、だよ? 九条ってあの科学者は実験中に壊しちゃった。直接手を下したのは双治だけど、はたから見ればそんなこと関係ない。ならその責任はどこに行く? 一様『実験』って名前がついてるんだから失敗の可能性があることを考慮してはいても、一回の実験の失敗に掛けていい損失予想額はきっと上回ってるよね。加速器一台丸々パアになったんだもん。ではでは、ここで問題だよ。もし、双治が国から任された超ビッグなプロジェクトに失敗して、一兆円の損失を出したら、どうなると思う?」


「いえ、あの、わたくしめにはその金額の単位が想像できなくてですね、その……」

「ちなみに、双治の暮らすこの世界のとある国でなら、数百円の薬で小さな子供が何人か助けられます」


「すみませんごめんなさいしょうしみんそうじさんにはそんなせきにんおえません!」


 双治は危うく骨折している体で土下座しそうになった。エルが寄りかかっていてくれて怪我が悪化せずに済む。単純に計算すればではあるが、百億単位の子供の命が助けられるという事実に双治は鳥肌が立っていた(実際問題ではそう単純ではないが、そこを深く突っ込めるほど双治は擦れていない少年である)。


「はあ、そうか。だとしたら、俺ってすごくいけないことしたってことだよな……」


 やっとエルの話に理解が追いついた双治の顔が気まずそうに暗くなる。だがエルは、いちいちそんなことなど気にしていないようで。


「でも、あれはしょうがないよ。あそこにいた科学者の数は沢山の一言で表せるくらいだったし、ならその中には心変わりしてくれない人も出るかもしれない。でも、加速器さえなければ否応なしに諦めるしかないよね。だから、壊した事を気にする必要はないとあたしは考えるよ。むしろ、双治はよくやったと思う」


 うんうんと頷くと再び双治の胸に頬をこすりつけるようにモゾと動いた。

 双治は思う。これからが大変だという言葉の意味を。

 一年間探していた二人の姉が『残る』と言ったその思いを。


(…………………………、って。んなもん分かるわけがねぇ!)


 つらつらと言い訳じみたことを頭の中で並べ立てる事もしない双治は、結局その思考を放り出した。

大きく息を吸い、一旦止める。体の内側にこびりついてなかなか喉を通って行かない何かを無理やり飲み込むようにつばを飲むと、ふしゅーと奇妙な音を立てて息を吐いた。呼気に押されてエルの髪がいくらか動いたが、反応はなかった。


 のぞき込んでみれば、どうやら寝ているらしい。

 秋の晴れた日曜日に朝日を浴びてベッドの上にいればそれもしょうがないかと思うが、些かに寝つきが良すぎるだろうと、双治はエルの髪を撫でながら笑った。


 朝日を横顔に受けながら背もたれにしている枕に体を預け、双治も目を閉じる。

(にしても気持ちの良い朝だ。こんな時くらい、全部忘れて眠っちまってもいいかもな)


 目を閉じると、エルの髪から甘い匂いがふわりと香り、一気に双治の意識は頭の奥に隠れていった。姉たちを見つけたと言ってもまだ両親の捜索が残っているが、今日のこの時だけはと誘われる甘い香りの睡魔に抗えずに、世界の矛盾を修正(リセット)する少年たちは静かな寝息を立てはじめた。この数時間後にエルの端末が災害警報を知らせる事になるが、今はただ、すやすやと。

 秋の朝日の中、白い病室のベッドの上で。


                                       了


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