「 人生に無駄なことはないに越したことはないのかもしれないが往々にしてその無駄なことを楽しむために人は生きているのかもしれないってそろそろ気づいた方がいいよ?(5 」(省略形サブタイトル)
立ち止まることのできない九条は吠える。
「本当に、本当に少年は苛立たせてくれる……何も知らないクソガキがっ! 私はこの実験の為に今日まで生きながらえてきたんだ! この身と心を汚水につけて、私と私の両親の敵を討つために! 私はそれだけの為に……ここまでッ! それをっっっっ!」
九条は叫び、襟をつかむ双治の手を左手で払い、そのまま殴りかかった。
右の拳で双治の頬を、左の拳で双治の横っ腹を、さらに右の拳で双治の――と交互に突き出される拳にしかし、双治はそれを避けず防がなかった。
ただ、聞く。
九条の叫びを、薄っぺらな言い訳を、殴られながら。
「なのに、なぜ少年は邪魔をするッ。関係ないことだろう! この世界は君の世界ではなく、私や此処にいる絶望を知る多くの者たちの世界だっ! なのに何故だ。どうして少年はひざを折らないっ。少年は何故立ち続けるっ。なぜ私たちの夢を……希望を壊そうとする!」
言葉と同時に拳がめり込む。頬に腹に、腕に脚に、パワードアームが生み出す圧倒的な撃力が、たった一人の少年の意思をくじくために振るわれ続ける。
「嘘を吐き、思考と行動の間には齟齬があり、矛盾にまみれた言い訳を盾とかざしてここに立っていることなんて、自分自身が一番承知しているさ! だが! だとして、それが何だというっ! 人など大小の差はあれ、どこか矛盾した行動をとっているものだ。それが人間だ。それが私だ! 本音と建て前なんて言葉でも表せないような肥溜めで輪舞曲を踊るように、いつだって堂々巡りなんだよっ!」
双治の頬が切れた。服の内側で皮膚が裂け、シャツを、学ランをぐっしょりと濡らし始めた。
でも、止まらない。
九条の過去から生まれる使命感が、振るう拳を止めさせない。
「母と父が貶められて、私自身も武骨な手で引き裂かれ……それでも復讐を望むなと? 自分の望みを叶えるために手に入れた駒に情が湧き、ならばそれを糧に慎ましく生きていけと? ふざけるなッッ! それが出来ていればとうにしている! ミリアは大事だ。どこぞの糞の様な男が作らせた命であっても、あの子を愛していると、あの子の笑顔を見ているだけで涙が出るほどだと、私は感じている! けれど! 私のもとに集まってくれた連中にそのことは関係ない! 彼らにだって私と同じかそれ以上の絶望があったんだ! それをいまさら……止めてくださいなどとどの口が言えるんだッ!」
と、その時だった。九条の右こぶしが、俯く双治のこめかみに打ち込まれる、その直前。
「……ンなんだから、あんたのパンチは軽ぃんだよ。明確な意思ってもんが欠けてっから、全然痛くねぇんだ」
パワードアームに包まれる凄まじい威力の拳は、双治の光る左手に捉えられていた。
「な……っ!」
九条は呻くように喉を鳴らして拳を引く。だが、動かない。どうにか双治の拘束から抜け出そうと空いた左で殴り掛かるが、そちらも簡単につかまれてしまった。
パワードアームが生み出す力を完全に押さえつけて、宙乗双治は立ち続ける。
「こんな状況になってんだ、確かにあんたは復讐に取りつかれて生きてきたのかもしれねぇ。世界をぶっ壊して、星をふっ飛ばして、みんな無かった事にしようとしたのは間違った方法だったかもしれないけど、それだけヒデェことをされたんだよな。気持ちが分かるなんて簡単には言えねぇけど想像するだけで辛いのは伝わってくる」
「なら――!」
「――けど本当は、そういうの全部、計算ミスだったんだろう? 巨大なアクリルケースの牢獄の上から見ただけで四、五十人だもんなぁ」
「! だったら、何だという……?」
九条は、双治が何を言っているのか分からないといった風だった。
顔をあげ、九条にただまっすぐな視線をぶつける双治は、一つの言葉をそっと叩き付ける。
「だってよ、本当に復讐を果たしたいなら、こんなに多くの仲間なんて作らなかったろ?」
瞬間。
ガツンッ、と。
歯車にプラスドライバーでも突っ込んだように九条の動きが止まっていた。
「な……何を、言っているんだ、少年?」
さっきまで荒れていた思考が真っ白になっていた。双治の言う事が理解できない。
だが双治が言う通り――復讐とは、そういうものだ。規模が大きくなれば危険は増す。だから、復讐を考えるときはたとえ同志であろうと最低限の人数で臨むべきだし、数十人の人間など、集めることが出来たとしても集めてはならないものだ。それが世界を壊すという突拍子もない物なら、特に途中で逃げ出す者が出てもおかしくなく、一律した復讐心を年単位で保持できる集団など皆無に等しいのだから。
ならば何故、九条は研究所の職員として五十名近くも人を集めたのか。
簡単だ。確率を上げたかった。
組織を裏切ってくれる人間を見つける為、裏切って自分たちを売ってくれるように。
なのに――職員の誰一人として裏切ることなく、ここまで来てしまった。
それが、計算ミス。
「なあ、高校生でも分かるぞ、そんな事。だったら、おつむの出来が素晴らしい科学者様には俺以上に理解できていたはずだ。けど――逆に言えば、あんた、人を見る目は最高だって事なのかもしれねぇよな」
こんな大それた計画にずっと付き合ってくれる人間を見つけられた、という意味で。
「誰かに止めてほしかったのに、当てが外れたな。イカレ科学者?」
生真面目で意固地。それでいて中途半端なのに、とても暖かい優しさを持つ連中。九条が集めたのはそんな連中だった。
九条は双治の言葉を否定するために首を横に振る。
「ち、ちがっ、私は……そんなこと……ッ!」
けれど、肝心な言葉が続かない。図星を指された表情と態度が、何よりも雄弁に語る。
双治は九条が浮かべる表情を見て、駄目押しとばかりに右腕にはまったパワードアームを握り壊した。痛みに九条の表情が歪み、傷ついた手から血が流れる。そして、双治は最後の一つを口にした。これで終わりだ、そう宣告するように。
「俺のLinkerって能力は、本当だったら人間みんなが持っていたはずの力だと、俺は教わった。それがどうして今に受け継がれていないのか、進化のお話はちんぷんかんぷんだが、俺としちゃあこんな能力すたれて正解だと思うね」
それが、『矛盾の判別』という力。
「俺のこの眼は……Linkerの眼は矛盾が見える。それが世界に開いた穴でも、世界の傷でも――人の心の中でも。ンなもん、人間には過ぎた力だよなぁ」
「ッ、だから、なんだというっ。私は、私の――ッ!」
双治は震える九条の言葉を無視して、ゆっくりと虹色に似た不思議な光を強く揺らめかせた。そして顔の位置まで持ち上げると拳を作り、しかし作った拳を解いて九条に手のひらを見せ付ける。
「この能力にはもう一つ、不思議な力があってな。それが『矛盾の強制的な修正』ってやつなんだよ。簡単に言えば、空間に空いた世界の穴を無理やりつなぎ合わせる様に、人の心も無理やり嘘のない感情へと塗り替える力だ」
そして何の躊躇もなく、双治は九条の顔をおもむろに掴んだ。
「だから変えるぞ、お前の矛盾を。強制的にあんたの中の一番に、修正してやる」
九条の目が驚きに見開いた。
(気持ち悪さが、無い? あの日以来、男に肌を触られると目を回すほどだったのに)
そして、九条の両手がだらりと落ちた。
潰されていないパワードアームから力が抜けていく。
「少年は嘘つきだな……結局言葉なのだから」
「俺は『やめろ』なんて一回も言ってねぇよ」
互いに最後の最後までまっすぐに睨み合いながら、軽口を叩きあう。
「ここにあるデカイ機械と、閉鎖空間は俺が何とかしてやる。感謝しろ」
「ふん。馬鹿をいうな。矛盾だらけだったとしても、他人の夢を一つ潰すんだ。それくらい無償でやっていけ」
「ハンッ。減らねぇな、科学者ってやつは」
「こんな口でも、減ってしまったら科学者はやっていけないんだ」
九条は顔を掴まれたままの状態で視線をずらし、双治の背後にいるミリアに目を向けた。ミリアは不安げに、心配そうに、泣きそうになりながら、九条を見ていた。
「なあ、少年。ミリアの事だが――」
「黙れよ、イカレ科学者。その言葉はダウトだ。自分の気持ちに素直になりやがれ」
その言葉と一緒に双治の左手から、虹色に似た純白という矛盾した光が放たれた。
凄まじい勢いで世界を塗りつぶしていく光の中で、九条の意識は段々と遠のいていく。
「そしたらきっと、周りの連中だって考えを変えるさ。まあ、それでもまだ訳の分からねぇ事をする奴が出てくるなら、何度だって俺は来るぞ」
すでに顔を掴まれているのかどうかもはっきりしない意識の奥で、双治の言葉だけが九条の耳にはっきりと響くのだった。
「なにしろ俺はLinkerだからな。矛盾があるなら、何度だって修正してやらぁ」
次回 「 宙乗双治とエル・サウシスって二人はもう法律的に結婚できる年齢なんだからこういっちゃあ何だけどもっとアダルティックな展開でもよかったんじゃねとか思ってるそこの君って実は異性との触れ合いがある人間であって逆の状況の人たちは異性との触れ合いが極端にないからそれがキャラクター同士のふれあいであっても性的なニュアンスが含まれていると無意識に拒否反応を示しちゃうって知らなかったでしょ?w」




