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「 人生に無駄なことはないに越したことはないのかもしれないが往々にしてその無駄なことを楽しむために人は生きているのかもしれないってそろそろ気づいた方がいいよ?(4 」(省略形サブタイトル)

【五】


 むくり、と起き上がりつつ宙乗双治は「あー、痛てぇ。一トンのパンチがすごく痛いことを、今日初めて理解した双治さんですよ……ッ」と、口にたまった血を吐き出した。――いや、実際にはスピードや重量も加算されんだから、もっと大きい撃力なのか? とかぼやきながら立ち上がって、こちらに背を向けている九条を見る。 


「で、まあ、とにかく。あんたは自分の娘が大事……ってことでいいんだな?」


 かわって、背後から投げかけられるその問いかけに、九条は言葉を返せなかった。それは九条だけではなく、その場にいる風流と流星、現状の把握もままならないミリアも、言葉一つ発する事ができなかった。常識的に考えれば、地べたに横たわる人間を殴りつけて、その下の地面に亀裂を走らせるほどの衝撃を受けた人間が「あー、痛てぇ」の一言で起き上がれるはずがないからだ。双治は周囲の反応に当たりを付けて鼻を鳴らす。


「……って、おいおい。なんだ、もう忘れちまったのか、いかれ科学者。俺は――普通の人間じゃないんだぞ?」

 ため息が聞こえたのは気のせいではない。

「……Linker、か」


 九条はコントロールパネルから手を放すとゆっくりと振り返った。顔に浮かぶのは焦りか、苛立ちか。


「実に恐ろしい。人間の枠を逸脱している」

「だからこそなんだろうさ。今の人間から力がなくなっちまったのはよう」

「ふん……なら、少年のものも含めて完全消滅してくれていればいいものを」

「全部なくならねぇのは、テメェのような馬鹿が出てくるからじゃねぇか?」

「ふん。少年の口からは嫌味意外に吐き出せるものがないのか」

「むかつくって?」

「ああ、腹立たしいね」

 言葉と同時。かしゃ、と白衣の内側からパワードアームが展開された。


「だからまた殴るって? カルシウムが足りてねぇだけだろうに」

 双治の両目と左手の陽炎のような光が復活し、轟と揺らめきを強くする。


 月さえ見えない曇天の闇を引き裂く野外ライトの下、対峙する二人。

 互いに握るは己の希望と、変えられない願い。

 初めに動いたのは、白衣を揺らす九条だった。

 

 九条は走ったり、大声を上げたりはしなかた。

 ただ、歩く。

 AMレンズでの警戒は怠らず、十数メートルほどの距離を、ゆっくりと。

 双治は、それを待ち受けた。


 待ち受けて、けれど、ただ待つことはせずに口を開く。

 気付いているのだ。

 これが最後(クライマックス)であると。

 二人ともに分かっているのだ。


「で、返事を聞いてないんだが、やっぱりテメェは娘が大事ってことでいいのか?」

「何を言うかと思えば……バカなのか、少年? 大事だよ。当たり前だろう。だからこそ、この実験にも巻き込まないよう細心の注意を払ってきたんだ」

「へえ、そうか。そりゃよかった」

「よかった?」

「ああ、よかったよ。ようやくはっきりと、()()()()()()()()()()()()()


「……、なに?」

 九条の眉が訝しげに動いた。僅か足を出す速度が落ちる。


「見たかったのは、それだ。少し青みがかった紫色。それが案外に綺麗に見えるってーのが嫌になる、人が作り出せる矛盾――()()()()

「嘘、だと?」


 九条の訝りの度合いが強くなった。視線に映る慎重さが大きくなる。


「私が嘘をついていると、君は言うのか。この私が、ミリアを大事に思っていないとでも?」

「と、違う。逆だ、逆。そうじゃねぇ。言ったよな、何でお前は自分の娘を泣かせることが出来るんだ、ってよ。そしたらお前は、多くの人間が世界を壊すことを望んだからだと、言葉は少し違うが、そう言った」

「ああ。言葉はだいぶ違うが、確かに言ったな」

「でも、心はそれを望んじゃいねぇってことも、お前は自分で語ってンだよ」

「なに……?」


 その時、訝るように(ひそ)めていた九条の眉が、ピクンと僅か跳ねた。

 双治の胸に苛立ちが募っていく。


「お前は、人の命に敏感なんだろうさ。なにより、人の気持ちに敏感なんだろうよ。だから、余計な人間である俺たちまで逃がそうと考えるし、多くの人間が望んだことだからと、実験をやめることが出来なかった。本心では、こんな実験やめちまいたかったのに、やめることが出来なかった……違うか? じゃなければ、この状況でちびっ子以外の俺たちまで助けようなんて、普通は考えつかないんじゃあないか?」


 双治は一歩、知らず寄ってしまう眉根に気付かず、足を出した。

 九条の歩みは止まらない。互いに、ゆっくりと距離を詰めていく。


「逆……そういう事か。少年はまだ私に情に訴えかけているのか。だが、その考えこそ違う。私は、私の意思でこの実験を――」

「違う? 何が違うって言うつもりだよ。人間個人の意思が社会的圧力で歪むなんて、高校生の(ガキ)なんかよりよっぽどあんたの方が理解しているはずだ」

「……」

「あんたは、自分ンとこに集まってくれた連中に途中でやめようって言えなくなるくらいに真面目で、それでも娘だけは大切だから自分勝手な実験に巻きこまない様にと考えるくらいちびっ子の事が大好きで、さらに言えば、途中でこの実験をぶっ壊そうと現れた俺達の事まで考えるほど優しい奴だった。ただ、それだけだ。違うってんなら、何でさっき俺にとどめを刺さなかったんだよ。究極のツンデレ姫か?」


 そしてまた一歩、双治は九条へと足を出した。


「ああ、自分で言ってて反吐が出るな。お前は、正真正銘の大馬鹿野郎だ。諦める事は出来ない? そうじゃねぇ。諦めてるから世界を壊そうとしたんだ。なのに、諦めきれねぇから自分の娘と、邪魔しに来た俺たちまで助けようとしてんだろ」


 一歩ずつ双治の足が九条に近づくにつれて、その両目が、その左手が、轟々と燃える様に、虹色に似た光をさらに(たぎ)らせていった。それは、九条が張り合わせた薄っぺらな言い訳を、一枚一枚はがしていく行為だ。もう迷わないように、もう戸惑わないように、綺麗に重ねて作った本心を覆い隠すための鎧を、破り、剥がして、はだけさせる行為だった。

 他人から向けられる、自分という形を見せつけられる言葉。


 しかし。

「違うと言っているだろう!」


 それを知って、九条はまだこの場に立っていようと足を踏ん張って見せる。


「私は決意してここにいる! 世界を、この世に存在する数多の人の命を犠牲にして、私は、私達は復讐を成し遂げる為に……ッ! それを知りもしない君に、何が分かるという!」


 咆哮にも似た激情の吐露。それは知り得る者にしか理解できることのない爪痕。


 だが。

 しかし。

 それでも。


 双治の言葉は止まらない。

「何が分かる、か。確かに、お前の事情は分からねぇよ。完全に分かっちまったら、もしかしたら俺だってあんたの背中を押してるかもしれない」


 九条の目の前まで足を進めた双治はそう呟くと、九条の胸ぐらを片手でつかんで、額が付きそうになるくらいに引き寄せて睨んだ。


「けどな、分かりたくもねぇことが分かっちまうんだよ、俺の眼は! お前は、一人で考えた結果で世界を壊すんじゃなくて、途中でやめようと言い出せないだけの臆病者だ。ウジウジしてるだけの馬鹿野郎なんだよ! 決意してここに居る? よくも言えたなくそったれ! だったら何で、あのちびっ子を見捨てて実験をさっさと始めなかった? 矛盾してんだろうが!」

「――ッッッ!」


 言われて、九条は痛そうな顔で歯を喰いしばった。


 だって。

 九条は確かに口にしていた。

 自分の気持ちの中で、考えてしまっていた。

 ここ数日の間にも何度か、それを考えて、口にだして、迷ってもいた。それは三日前に取材をしに来た記者が帰った後の所員との会話であったり、その夜にあったミリアとの通信の中であったり、今日の実験直前の物思いであったり。その度に気付かないふりをして、ミリアの為だとうそぶいて、言い訳ばかりを張り付けて――だからどうしたと言わればそれまでだが、それを言えるなら、九条はミリアなど気にせずとっとと実験を始めていた。


 だから、九条の口は明確な反論を紡ぎだせない。

 だから、九条の視線は双治の瞳から逃げている。


 それでも――。

 九条は止まれない場所まで到達している。当の昔にブレーキレバーは壊れていて、どんなに自分が矛盾しているかを突きつけられても、止まることなどできはしないのだ。


次回 「 人生に無駄なことはないに越したことはないのかもしれないが往々にしてその無駄なことを楽しむために人は生きているのかもしれないってそろそろ気づいた方がいいよ?(5 」(省略形サブタイトル)

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