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「 人生に無駄なものはないに越したことはないのかもしれないが往々にしてその無駄な事を楽しむために人は生きているのかもしれないってそろそろ気づいた方がいいよ?w(3 」(省略形サブタイトル)

【三】


 最初の一歩を踏み出したのは、双治だった。ドンッ、と大砲でもぶっ放したような音が大気を振動させて、たった一歩で五メートルを優に超す膂力を見せ付ける。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああっ!」


 Linker能力の一つ――肉体強化。これは、筋肉や骨といった生物学的な機能や能力の向上ではなく、次元という世界そのものを構成するエネルギーを宙乗双治という存在に流し込んで得られる、非常識な力だ。いわば、能力の解放時に限って、宙乗双治は世界の一部ないし世界そのものになっていると言ってあながち間違いはない。そんな膂力から生み出される力はただの物理的な破壊力に加え、虹色の様な光を纏う左手の『次元に触れられる』攻撃であれば、攻撃を受ける側の存在自体に打撃を与えられるのだから、生物に与えるダメージは尋常ではなくなる。

 だが。


「遅いよ、少年」


 ドグシャッ! と。冗談のような音が聞こえた。

 九条の声が双治の鼓膜を揺さぶった時には、視界がぶれていた。


「ぐげ、ガ……ッ」


 突っ込んできた双治の動きを見切り、たった一歩横にずれた九条は、腰の入ったカウンターを双治の顔面にぶち込んでいた。


「双治!」


 声を上げるのはエル。

 それだけでは終わらない。


「まさか、口だけではないのだろうッ?」

 九条は双治の髪を掴んで引き寄せると、そのまま腹に膝を叩きいれた。

「げばああ!」


「私を止めたくて、殴り倒したくて、せっかくこんな壊れた世界までやってきたんだ。もっと暴れたらどうだ、少年!」


 九条はもう一度双治の髪をつかんで引き寄せると、今度は顔面に膝を突き出した。

 しかし、双治は突き出された足を抱える様につかむとグッと腹に力を入れて、


「! そうさせてもらうっ!」

 自分の腰をグルンと旋回させる様にひねり、そのまま九条を地面に叩き付けた。

「ぐふっ……!」


 背中から落ちた九条の呼吸が詰る。そこへ間髪入れずに足を振り下ろす双治。三度踏みつける様に足を振りおろすが、そのすべてを九条は転がって避け、四度目に双治が足を上げた瞬間を狙って九条は足を払い、体勢を崩された双治が九条と同時に体を起こす。互いの拳をぶつけあって、同じタイミングで距離を取った。


「っ、痛ぇ……おいおい、どうなってんだ? どう考えても、白衣を着る種類の人間が見切れる速さじゃねぇと思うんだがなあ」


 変わって九条は、いつの間に装着したのか分からない腕全体を覆う半分機械のようなグローブの調子を確かめる様に、手を開いたり閉じたりしながら答える。


「科学の力だよ。AM(オールマイティ)レンズと言ってね、危険があると知らせてくれるんだ。現在見えている光景から未来に起こりうる結果を割合的な分布として映し出すことでね」

「すげぇな、そりゃ。漫画の世界だ」


「自慢の養女(むすめ)の力作さ。他にも沢山あるんだが、あいにくこんなことになるとは思っていなかったものでね。二種類しか装備をしていない……それよりも、少年こそ頑丈過ぎだろう。補助動作用ではあるが、これはパワードアームだぞ。一トン以上の馬力があるというのに」

「お互い様だ。Linkerって能力が特殊な方法で肉体強化をしてくれてるだけだよ。つか、いつの間に装備しやがったんだ、それ?」


「元々装備はしていたよ。私たち科学者は非力だからね。機材の配置替えを行うのに必要だったんだ。ただ、瞬間展開式というやつで白衣の下に折りたたまれていただけさ」

「ハッ、とんでもねぇな。SF映画野郎」

「ふむ。そうか、少年の世界はこちらの科学技術とのレベル差が大きいようだ……なっ!」


 言い終わるのと同時に九条は土を蹴りあげた。双治はそれをよけて、飛んでくる拳を掴んでそのまま背負い投げる。だが、空中で首に腕をからませられて、逆に放り投げられた。


「クッ――!」


 空中で体をひねることで背中から落ちることを何とか防ぎ、投げられた勢いを殺さずゴロゴロと転がる。ついでのように上から降ってくる一トンの拳をぎりぎりで躱し、飛び跳ねるように起き上がる双治は右拳で殴りかかる。が――。


「まじかッ……!」

 目の前に広がるパワードアームの拳。九条はあらかじめ足の運びが分かっているダンスを踊るようなタイミングでカウンターを放っていた。


「――ッっッッッ」

 首の筋を引き千切る様な強引さで首を傾けて何とか直撃は避けるが、頬が鋭く切れ、舌打ちが自然と漏れた。


(何が非力な科学者だ。本気で殺しに来やがって……ッ!)

 突き抜けているパワードアームに意識を向けながら、ひとまず距離を取ろうと足を下げる双治は、しかし――。

「なあ、聞いておきてぇんだ――がハッ!」


 九条はカウンターで放った拳を引き、ワンツーの要領で双治の脇腹に左拳をめり込ませる。

「余裕だな、少年。こんな時にお喋りか? それとも、私を説き伏せるつもりか」


 双治は右わき腹を押さえて、痛みに顔を歪ませる。その間にも駆動音を唸らせながら迫るアッパー気味の右拳を仰け反って躱し、空いた九条の腹に突き入れる様な前蹴りを叩き込んだ。


「! ぐばあっ!」と、胃の中身を吐き出して数歩下がると膝をつく、九条。

 双治も数歩下がって、足先に残る感触を振り払うように足をブラブラさせる。


「そんなつもりはねぇよ。だんだん楽しくなってきたとこだ。聞きてぇ事は他にある」

「ぐふ……なら、なんだ。これが終わった後の事でも聞いているのか?」

「そうだな、それも聞いておきてぇな」

「ふん、そんな事か……」


 つまらない表情で九条は口に残る嫌なものを吐き捨てて立ち上がった。

「君の後ろで心配そうな顔をしているエル・サウシスに、少年を含めた双子の姉妹とミリアを、この世界以外の場所に送ってもらうよ」

「はあ? まだんなこと言ってんのか」


「当たり前だ。諦めきれるはずがない。確かに、君の所為で世界を崩壊させるという実験は失敗だ。だが、まだ『時』が満ちた閉鎖空間ばくやく姉妹からのエネルギー(てんかそうち)はあるんだ。だと言うのに、なぜ私が諦めなければいけないと――君は思うねッっっ!」


 九条は吐しゃ物で汚れた口元を白衣の袖で拭ったモーションから、膝をついた時に拾っておいた砂利を双治の顔めがけ散弾のように思い切り投げつけた。パワードアームで補助された投擲は小石を圧倒的な凶器に変えて双治に迫る。と同時に九条は、双治へと一気に走り出した。


 ここで――宙乗双治は判断を間違えた。

 飛んでくる砂利から咄嗟に顔を守る双治がそれに気づいた時には腕を、頬を、胸を砂利に抉られ、その勢いで後ろに吹き飛んでいた。


「! げぶっ!」


 双治は背中から地面に叩き付けられ、そのまま背中をこする。

 直後、走り寄ってきていた九条の顔が鼻の先に現れ二人の視線が至近で絡んだ。


「さて……生き残る為だけに下衆をくわえ込んだ大人から、正義感を滾らせるまっすぐな少年に、一つ良いことを教えてやろう」

「――っ!」


 怒りも喜びも映さない凪いだ瞳で世界にある真実を吐露するように――。

「この世界は、優しい理由だけでは動かないものさ」


 振り下ろされるのは、九条の細腕。

 狙い定めるのは、双治の胸。

 結果として。


 ドッッ、ゴォォォォォォオオオオオォォォォォォォンンッ! と。


 人間を殴って発生するものとは到底思えない轟音が、場を揺らした。

 殴りつけた瞬間の衝撃が目で見える様な一撃は双治が横たわる地面に亀裂を走らせ、飛び散る血しぶきは双治が負ったダメージ量を推し量らせるものだった。


 ぐちゃあ、と粘着質な音を尾のように引いて、九条の拳が持ち上がる。

 一切の感情が映らないガラス玉のような瞳が、足元の双治を見下ろした。


「……」


 言葉はなかった。嘲りや侮辱といった言葉の、なに一つが。

 ただ、小さな。その場にいなければ聞こえないほど小さな溜息を、九条は零した。


 依然として厚い雲が覆っている空の下、虫の声さえ聞こえない夜の実験場を、強力な野外ライトが白々しく照らしだす。

 九条は何も言わずパワードアームの展開を解除して、その場に背を向けた。


 ミリアは、九条が今何をしたのか、理解できなかった。

 一時の静寂が場を包み、そのあとで、ようやく。


「「「そうじっ!」」」


 エルの、風流(ながれ)流星(ながる)の、声が上がった。

 慌てていることが足音でわかるような駆け寄り方だった。

 双治の近くに座り込む風流と流星は、吐き出された血に染まるのも構わず声をかける。


「双ちゃん……? ねぇ、双ちゃん!」

「目をあけてよ、双ちゃんっ!」

「「せっかくまた会えたんだから!」」


 金色のサイドテールを揺らして、二人は表情を悲しく歪めた。

 少し離れた場所で、LHC系加速器のコントロールパネルに式を打ち込む九条は言う。


「死んではないよ、恐らくな。だが、早く医者に診せなければその限りでなくなる。だから、と元凶の私が言うのも妙な話だが、少年と、その姉の二人、そしてミリアを連れて、違う可能性を包括する別世界へ飛んではくれないか、エル・サウシス。それが現状でベターな選択だ」


 カチカチ、タタタ、とコントロールパネルに式を打ち込む音が、弟の名を呼ぶ泣き声の隙間を埋める。


「本当に……おねーさんは、本当にそれでいいの?」

「……。それで、とは何を指して言っているんだ、エル・サウシス」


 エルは背後のミリア、それから巨大アクリルケースの上空にある閉鎖空間を見た。


「あたしには、双治みたいな力はない。ミリアって子の心の声までは聞き取れない。あたしはあの子の強い感情を目印に時空跳躍する(とぶ)だけしかできない」

「……、エル・サウシス。まさか、君まで私の行動を止めようと言うのではないだろうね。罪の意識やミリアへの情という物に訴えかける事なら、少年がすでに試みたことだ。それとも、そこの少年に助けるだけの価値がないとでも?」


 九条は、風流(ながれ)流星(ながる)の空間分解時に採取できたエネルギーを、閉鎖空間に向かわせる時空振動パターンと一緒に送り込めるよう、既存のプログラムに手を加えていく。


「そんなこと言ってない。双治はとっても大事な存在だよ」

「なら、急いだらどうだ。その大事なものを失うのはつらいぞ?」

「大丈夫……。あたしは双治のダメージを見て、こんな話をしてるんだから」

「ほう……」

「あたしは質問に答えたよ。だから、おねーさんも答えてくれるかな?」


 九条は溜息を小さく吐きだすと、諦めた様に答えを返した。


「ふん、しつこい子だ……それで? 本当にそれでいいとは何を指している?」

「簡単だよ。おねーさんは、本当にミリアって子とバイバイする気なのかな、って」

「……ああ、そうだよ」

「地球を壊して、この星にある命をすべて殺しつくして、その責任を負わずに自分自身すら殺して、ミリアって子だけを別の世界で生き残らせるんだね?」

「……その通りだ」

「それはつまり、この星に存在する何百億何千億以上の命に対する責任を、あんな小さな子に……自分の娘に、押し付けるってことだよね?」

「……、……」


 その瞬間、瞬き程度の呼吸のつまりが、確かにあった。

 九条は背中を見せたまま、呆れたように言い返した。


「ふん、つまらない感情論だな。ミリアは……あの子は、私よりずっと優秀な科学者なんだ。血も繋がっていない他人の女がこの世界の星を一つ破壊したからと言って、責任の所在が己にあるなどとは考えないだろうよ」

「それは、おねーさん一人の考えなんじゃないかな?」

「ミリアは天才なんだ。はき違えることなどないよ。それに、少年たちの世界がどんなところかは分からないが、ミリアのような天才は、こんな壊れた世界より、もっと温暖な世界で生き残った方がいいに決まっている」

「ふうん。そっか、そうなんだ……」


 エルは、今この現実で何が起きているのか理解できないといった表情のミリアに、ニカッ、と笑顔を向けた。大輪の花という古典的な形容が一番映えるような、そんな顔を。


「おねーさんは、あの子のことが大好きなんだね」

「……」

 

「あたしも双治も、おねーさんが過ごしてきた過去を知らない。おねーさんが話してくれたゲリラっていうのが、この世界にどれだけの不幸をまき散らしているのかも分からない。きっと、おねーさんはとっても嫌なことを経験して、だから世界ごと壊しちゃえって思ったんだよね」


 立ち上がり、弟のことで頭の中がいっぱいになっている風流と流星の手をそっと引いて、その場から離れさせる。双治は大丈夫だから、と。


「けど、そんな世界の中でも居たんだよね。すべて壊れてしまえって思う世界の中でも、別の世界に送ってでも守ってあげたいと思えた人が。自分が死んでも、死なれたくないって思える人がちゃんと、居たんだよね」


 そして、見る。

 九条を、自信をもって、まっすぐに。


「なら、大丈夫だよ。今度の災害も、双治にすら治せない破滅じゃない」


 そのときに眼が――開く!


【四】


「 ―― ああ、地球丸ごと助けてやる ―― 」


次回 「 人生に無駄なものはないに越したことはないのかもしれないが往々にしてその無駄な事を楽しむために人は生きているのかもしれないってそろそろ気づいた方がいいよ?w(4 」(省略形サブタイトル)

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